オレンジジュースのボトルを乱暴にワークトップに置き、和彦は大きく息を吸い込む。一瞬、頭が混乱したため、落ち着く必要があった。まさか、ほんの一時間ほど前に鷹津から聞いた秦の名を、今度は千尋から聞くとは思わなかった。『なんでそんな奴を、事務所じゃなくて、本宅に呼んだのかと思ったんだ。それで、先生は承知してるのかなって……』「承知も何も、その家は、お前の父親が主だ。ぼくに口出しできる権利はない」『そうだけどさ……。でも、なんかすげー、ムカつく』「お前の食えない父親のことだ。しっかり何か企んでいるんだろ。――手荒なマネはしないが、只では済まさないといった感じだった」 賢吾が、秦について語っていた内容を思い返す。和彦に手を出したことを口実に、秦を利用する気満々といった様子だった。 一体秦の何に目をつけたのか、もちろん和彦にはわからない。だからこそ、わざわざ本宅で会っているということが、秦の存在の重要性を物語っているように感じる。単なるチンピラ相手なら、賢吾のような男は自分の時間を使ったりはしないはずだ。 一方で、利益になると考えれば、賢吾は誰であろうが利用する。〈オンナ〉という和彦の今の境遇は、賢吾の思惑に搦め捕られた結果だ。 和彦は大きく身震いする。自分の周囲で常に、いくつもの思惑が蠢いているのは感じていたが、それがリアルな感覚を伴い、肌を撫でていったような気がした。 その瞬間感じた不快さは、和彦の中からある記憶を呼び覚ます。鷹津に体をまさぐられ、胸元に精を散らされた、あの出来事だ。さきほどまで鷹津に会っていたため、生々しさは例えようもない。 あれもまた、賢吾の思惑が引き起こした事象の一つだ。『先生?』「……なんでもない。お前、疲れているんだろ。早く休め」 千尋には悪いが、半ば強引に電話を切った和彦は、オレンジジュースを注いだグラスと子機を、ダイニングのテーブルの上に置く。 まだ夕方にもなっていないというのに、ひどい疲労感があった。 総和会の人間との会食や、そこで思いがけない提案をされている最中に、今度は鷹
最終更新日 : 2025-12-26 続きを読む