車は、雨が降り始めた街を猛スピードで突き進んでいく。私は窓に額を押し付け、外を流れる景色をただ眺めていた。空が徐々に暗くなり、重たい黒い雲が街を覆い尽くす。ぽつり、ぽつりとガラス窓に落ち始めた雨粒は、すぐに叩きつけるような豪雨に変わった。オリヴァーは私の肩に寄りかかり、安心しきった様子で深い眠りについている。運転席の男は、さっきからずっと一言も発しない。車内は、不安になるほど静まり返っていた。試しに、小声で呼びかけてみる。「フィリップスさん?」返事はなかった。呼び方を変えてみる。「カイル」今度は、かすかな反応があった。彼は筋張った大きな手で、まるで愛おしむようにハンドルを撫でている。その手の甲に浮き出た青筋が、薄暗い車内でやけに目立った。「ああ」低く、少し掠れた声で彼は応じたが、こちらを振り返りはしなかった。私は少し気まずくなり、言葉を続けた。「あなたの気持ちは尊重するわ。もし嫌なら、いつでも断ってくれて構わないのよ」男は、それでも長い間返事をしなかった。私は無意識に、自分の服の裾を強く握りしめていた。「無理をさせているのは分かってる。でも、私のことは気にしないで。いつでもオリヴァーを連れて出て行けるから」その時、車が赤信号の前でゆっくりと停まった。彼が、初めて顔をこちらに向けた。無駄のない引き締まった顎のライン。まるで彫刻のように、筋が通った高い鼻。ふっと息を漏らすように軽く笑うのが聞こえた。「僕が、なぜあの婚約を十年も保ち続けていたと思う?それとも。僕が十二年前に君に書いた手紙のこと、もう忘れてしまったのか?」胸が、微かに震えた。十二年前。私たちがまだ中学生だった頃。当時、私とカイルはクラスメイトで、とても仲が良かった。それなのに、本当に些細なことで大喧嘩をして、それ以来、私たちは一切連絡を取らなくなった。その後、彼は私に手紙をくれた。でも、怒りが収まらなかった私は、その手紙を引き出しの奥にしまい込んだまま、今日まで一度も開けることがなかった。確か、まだ実家の机の引き出しに眠っているはずだ。信号が青に変わる。カイルの視線が一瞬だけ私の上に留まったが、すぐにまた前方の道路へと戻された。彼はどこか機嫌が良いようで、太い指でハンドルをリズミカルに叩き続けてい
Read more