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記憶の香りと転生令嬢Ⅱ

last update Date de publication: 2025-11-10 09:01:54

 彼女は、少し驚いた顔をして——すぐ、また演技に戻った。

「ふふ、あなたのような方に理解できるかしらね?」

 見下すような、底意地の悪い表情を浮かべる貴族の少女。残念ながら似合ってない。

 あー、これは『悪役令嬢』ってヤツだな。物語の悪役を真似した令嬢。

 この世界に「悪役令嬢」なんて概念はない。それをここまで再現してる時点で、やっぱり異世界からの持ち込みだ。

「……ただ、あの香りが……気になって仕方ないのよ」

 急に、声のトーンが変わった。演技の仮面が、一瞬だけ剥がれたような。

「甘くて、でも静かで……芯のある香りだったの。忘れられないの」

 それは遠い何かを思い出しているような、そんな表情。

「まるで、昔の……記憶みたいな……」

 彼女は、ぽつりとそう呟いた。その瞬間、瞳の奥に迷いと緊張——そして、懐かしさが見えた。

 また切り替わる。観察者としての俺。

 そして彼女の視線は薄暗い棚の奥、誰の手にも届かない場所に置いてある小さな香水瓶を真っ直ぐに見ている。視線の軌道、0.7秒で一直線。迷いがない。

 そこに置いてあるのはラフェルトNo.4旧型。この世界にはない、淡い花の香りの香水。

 この香水、曰く付きなんだよな。そもそもこの国の香水じゃない。帝国の魔導院が作った、ある存在をあぶり出すための香り。

 でも100%確実じゃなかったから、結果大変なことになったそうだ。転生者狩り、って呼ばれた事件。

 記録にはもう、思い出したくもないほどの大惨事だったと公式に記されているのだから内容は推して知るべし。

 で、この少女。鼻孔の動き、通常の2.3倍拡張してる。この香水への反応が異様だ。まさか店外から、開けてもいない瓶の僅かな残り香を嗅ぎ分けて来たのか?

 感覚が鋭すぎる。これは……やっぱりスキル持ちだな。

 ——我に返る。

 俺は棚の奥から、空瓶になった旧型サンプルを手に取った。蓋は開いてない。それでも、ほんのわずかに瓶口から漂う香りの残滓を——彼女は確実に感じ取ってる。

「ちょっと、これ……試してみますか?」

 俺は瓶をそっと差し出した。彼女の瞳が、ゆっくりと瓶へ向く。瞳孔が1.4ミリ拡張した。蓋を開けてないのに、瞬間、彼女の目が見開かれる。

「……これ、だわ」

 確信のこもった声だった。まるで、記憶をなぞるような響き。

「……お客様、香りの識別、かなり得意なんですね。ここまで分かる人、滅多にいませんよ」

「え? あ……ええ、まあ、子供の頃から鼻だけは利くというか……でも別に、訓練したわけじゃ……」

 言いながら、彼女は自分の鼻先を押さえた。本人も気づいてない。しかも押さえ方が1.7秒、意識的というより反射的。

 つまり、常時発動型の能力。希少な感覚系スキル。しかも香り特化。この国じゃ、相当重宝されるぞ、それ。

「きっと、『そういう体質』なんですね。ちょっと特別な」

 俺なりのエール。この言葉が、彼女の自信につながればいいんだけど。

「……あなたの名前は?」

 彼女は、つい口を突いて出たかのように尋ねた。聞かずにはいられなかったように。

「フィンです」

 俺は名乗った。ただそれだけなのに、彼女の顔がぱっと明るくなった。

 その瞬間、わたしの脳内で鐘が鳴った。いや、比喩じゃなくてマジで。カランカランって——

(隠しルート……来たわねッ!!)

 心の中でテンション爆上がり。だって、わたしがずっと探してた香りを——あの地味店員が完璧に察して出してきたのよ!選ばれし運命の出会いってやつじゃない!?

 しかも見て、あの態度!無愛想で無関心で無頓着!これは攻略対象のクール系寡黙男子パターン!

 でも、冷静に考えると——彼の観察眼、尋常じゃない。わたしが演技してるって一瞬で見抜いてたし、転生者だってことも確信してる感じだった。

(もしかして……この人も?)

 心臓がドキドキしてるのは、恋だけじゃないかもしれない。

「フィン」

 短くて、覚えやすくて。でもなぜか、とても印象に残る名前。

「わたくし、エレナ・シルヴァーバーグと申しますの。また……お邪魔させていただいてもよろしくて?」

 今度は、素直に出た言葉だった。

「また……お邪魔させていただいてもよろしくて?」

 エレナが、期待に満ちた目でそう聞いてきた。今度は演技じゃない。本心からの言葉だ。

「ええ。店は、毎日やってますから」

 俺はいつもどおり無表情で答えたつもりだったけど——なんか、ちょっとだけ嬉しかった。

「やったー!」

 エレナは素の声を漏らして喜び、それに気づいて咳払いした。

「……ではまた今度、お邪魔させていただきますの」

 俺は彼女の背中を見送りながら、小さくため息をつく。

「……また、変な客だったな」

 でも、嫌な感じはなかった。むしろ——ちょっとだけ、楽しかった気がする。きっと、また来るだろうな。

 そして、視線を向かいの建物に移す。そこに立つ人影の存在には、とっくに気づいていた。

 私——ハクアは、向かいの屋上で双眼鏡を構えていた。あの視線と目が合った瞬間、思わず身を隠してしまう。情けない。

 なんで私があんな雑貨屋を監視してるのよ。あの後、あの男の行動パターンを調べて、ここが勤務先だと突き止めた。でも、それだけじゃ終われない。気になって仕方がない。今日も転生者を完璧に読んでいた。あの静かで鋭い観察眼。

 「観察による、静かな殺気」

 あれは、暗殺者にとって最もやっかいで、最も美しいものだった。偶然にしては、できすぎている。

【極秘報告書:観察対象No.173】

 標的:転生者個体エレナ・シルヴァーバーグ

 観察対象:フィン・アルバ=スヴァイン

 香水店での件に続き、本日も観察継続。

 転生者個体エレナ・シルヴァーバーグが来店。

 ——そう、私が狙うはずだった標的その人。

 驚いたのは、フィンが即座に正体を看破した様子を見せたことだ。

 演技も、転生者であることも、全部見抜いてた。しかも優しく対応してる。

 転生者の危険性を知らないのだろうか?

 あの香水の知識も間違いなく持っている。

 昨日の私への毒仕込みを阻止し、今日は私の標的を保護するような対応。

 偶然にしては出来すぎてる。

 記録者:ハクア(これは絶対に提出できない)

 ※注:個人的興味により追加観察継続予定。

     任務です……あくまでも任務。

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