冷静に、とにかく冷静にならなくては。今ここで取り乱したりすれば、それこそあの女の思う壺だわ。……授賞式の幕が閉じ、舞台裏の静まり返った場所で、レイは長い間、紬を抱きしめていた。紬は慈しむように、そっと彼女の背を叩く。肩に感じていた微かな湿り気が引き、レイが静かに唇を戦かせた。「参ったわ、紬。あなたに負ったこの借りは、一生かかっても返せそうにないわ」紬が思わず目を見開くと、レイは悪戯っぽく微笑んで言葉を添えた。「……恩義の話よ」今回の授賞式が始まる前から、不穏な火種はいくつも燻っていた。そして案の定、結果はレイの予想していた通りの筋書きとなった。けれど、その過程で絶望に沈むことはなかった。一人の、得も言われぬほど興味深い女性と巡り会えたから。自身には何ら利のないことだというのに、紬は最後まで傍に残り、助けの手を差し伸べる道を選び取ったのだ。芸能界という名声と利益が渦巻く場にあって、損得勘定で動くのは至極当然の理。ましてや紬は成哉の妻だ。静観するという選択肢も十分にあったはずだろう。その曇りのない純粋な善意に触れたのは、いつ以来のことだろうか。「ありがとう、紬」レイの声には、偽りのない真実が宿っていた。紬からは彼女の表情を窺い知ることはできなかったが、授賞式の件でまだ心が沈んでいるのだと察し、そっと言葉をかけた。「『花が咲けば、風は自ずから吹く』と言うわ。もし今夜の結果が初めから仕組まれたものだったのなら、無理に手中に収めたところで、そこに価値などないもの」レイは目を細め、どこか遠くを見るように微笑んだ。「……ええ、よく分かっているわ」控え室の扉が鋭く叩かれた。アシスタントが恐縮した様子で扉を開け、声を潜める。「レイさん……西園寺様がお見えです」その言葉が終わるか早いか、剛が傲然と足を踏み入れてきた。彼は陰鬱な眼差しで、寄り添い合う二人の女を射抜くように睨みつける。「レイ、話をしよう」レイは振り返り、口元に一閃の皮肉を滲ませた。「……随分とお早いお出ましね」それから紬に向き直り、優しく諭すように言い含めた。「紬、優一に送らせるから、あなたは先に帰りなさい。私は、この方と少し話をつけなきゃならないの」疎外感に苛まれた剛は、レイの言葉を内心で反芻していた。
Read More