INICIAR SESIÓN「それで、話って何なの?」 ガン!とリビングのテーブルに硝子のグラスを乱暴に置き、もみじは誠司を見下ろす。 「……座ったらどうだ」 「いいえ、結構だわ。話が終わったらすぐに部屋に戻りたいの」 「ふん……本当に可愛くない。お前に胡桃の爪の先ほどでも可愛げがあればな……」 鼻で笑うように吐き捨てる誠司。 誠司は疲れた様子でネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを外すとお茶の入ったグラスに口を付けた。 「これからは海外進出も視野に入れている。……海外出張が増えるだろうから、俺の体調面に配慮した薬を用意しておけ。あと、海外の料理は俺の体には少々合わない。だから俺が海外出張の期間は毎食お前が俺のために食事を作って送れ」 「──海外出張ですって?」 「ああ。……ああ、だがお前は着いてくるなよ?英語も喋れないお前が着いて来ても邪魔なだけだ。もみじ、お前は俺のために食事を作り、送るだけでいい」 こう言っても、絶対にもみじは自分に着いて来たがるだろう、と誠司は思っていた。 だが──。 「分かったわ。胃に優しい食事を手配すればいいのね。それと、薬……胃薬でいいかしら?手配しておくわ」 もみじがあっさりと頷いた事に、誠司は驚きに目を見開いた。 「出張が決まったら出国の日と出張期間、あと滞在場所の連携だけして。話は以上ね?もう部屋に戻っていい?」 「あ、ああ──……」 もみじの冷たい態度に戸惑いつつ、誠司が返事をすると、もみじは1度頷いてから自分の部屋に踵を返す。 まるで誠司の事など、もうどうとでも良いと言うように、1度も振り返る事なくもみじは自室に戻ってしまった。 バタン、と扉が閉まる音がして、次いで施錠の音が聞こえる。 誠司が部屋に入ってくる事を拒む音だ。 「──……っ、素直に聞いた振りをして、本当は俺の海外出張に着いてきたいくせに……!俺が出国してからこっそり後をつけて来るつもりだな……!」 絶対にもみじに邪魔はさせない──。 そんな見当違いな事を考え、誠司は1人で息巻いていた。 ◇ 「海外出張ですって……?」 部屋に戻ったもみじは先程誠司から聞かされた内容をもう1度口にした。 「嘘、ね……。今の誠司の会社に、海外進出出来るだけの強みは無い。……十中八九、胡桃絡みだわ」 もみじは、先日誠司のデスクの上に置いてあったプログラムのパン
◇ もみじがデザインコンテストに応募してから、2日ほどが経った。 コンテストの選考には1次審査、2次審査、そして最終審査がある。 最終審査にまで残れれば、TK株式会社や髙守株式会社の重役と対面で面接がある。 そこで今回のデザインに対して、大いにアピール出来る機会が得られるのだ。 「コンテストの結果発表まで、約2ヶ月。……最終審査まで残れれば、対面でアピール出来るのは1ヶ月後くらい、かしら……」 もみじは頭の中でコンテストの審査スケジュールを組み立てる。 「あと2ヶ月ほどで結果が出る……。最後まで残れれば最終審査の時には活動デザイナー名を知らせないといけない……そこで私がSeaだって事はコンテスト主催側にバレるわね」 ──そうしたら。 「デザイン流出の件は、偽のSeaだって事が分かるわ」 もみじは、ぐっと拳を握りしめ強く前を見据える。 あんな半端なデザインが、自分の作品だと思われ続けるのは我慢ならない。 もし、コンテストで受賞できたら。 自分こそが本物のSeaなのだと知らしめる事が出来る。 「私情を挟むのは良くないけど……。胡桃がSeaの振りをするのは我慢ならないわ……!」 もみじがそう言葉を発した瞬間──。 玄関の施錠が解かれる音が聞こえた。 誠司が帰宅したのだろう。 もみじはこの日も変わらず誠司の出迎えに行かないつもりだった。 最早、家庭内別居状態だ。 あの日から殆どまともに顔を合わせていないのだ。 誠司からももみじに話しかけるような事はなかった。 だが、今日は違った──。 「もみじ!いつまで拗ねて部屋に引きこもっている!?話がある、出てこい!」 ガンガン、と扉を強くノックされ、もみじはその音の大きさにびっくりする。 無視を決め込んでしまおうか──。 そうも思ったが、扉を叩く音が大きくなり、もみじは溜息を吐き出してから立ち上がった。 「……何の用なの」 扉を薄っすらと開け、もみじが顔を見せる。 すると不遜な態度で仁王立ちしていた誠司が顎をしゃくり、リビングに来るように告げた。 「話があると言っているだろう。早く出てこい」 「──はぁ……」 小さく溜息を吐いたもみじは、渋々といった体で部屋から出ると、リビングのテーブルに近付いた。 「おい、俺は会社から戻ってきたばかりだ。茶を用意しろ」 「……冷
なんていじらしく、愛らしいんだろうか──。 (胡桃が、そんな前から俺の事を好きだったなんて……。それなのに、昔の俺は胡桃を妹扱いして……俺はどれだけ胡桃に辛い思いをさせたのか……) 当時、学生の頃。 誠司はもみじに惚れていた。 胡桃にも懐かれていたが、可愛い妹的な存在にしか思えなかった。 (俺がもみじと付き合いだした時も、胡桃は笑って祝福してくれた……。だが、その時どんな気持ちだったのか……。もしかしたら、胡桃は泣いていたかもしれない……) 長年、ずっと自分への気持ちを胸に秘めていたのだろう。 それを思うと、誠司の胸は切なくぎゅうう、と痛んだ。 「誠司とこんな風に過ごせるようになったのは、事故みたいなものだったけど……。私、あの時の事を後悔した事なんて無いわ。だって、私はずっと誠司が大好きだったんだもの」 胡桃の大きな瞳に涙がいっぱいに溜まり、今にも零れ落ちそうになっている。 無条件で自分を愛してくれている──。 しかも、長年、ずっと──。 胡桃の愛情が、信頼していた田島に裏切られ傷付いていた誠司の心を癒してくれる。 胡桃の暖かい愛に満たされた誠司は、堪らない気持ちになって胡桃を強く抱きしめた。 「胡桃……!俺もお前を愛しているよ……もみじより、ずっとお前が大事だ。大切だ……愛してるよ」 「──嬉しい、誠司……っ、私は誠司にそう言ってもらえるだけで嬉しいわ……!」 感動に打ち震え、涙を流す胡桃の唇を、誠司はそっと塞ぐ。 「待っていてくれ、胡桃……。もみじとはどうにか離婚を──」 自分を抱きしめ、そんな事を言い出す誠司に胡桃ははっと目を見開いて慌てて口を開く。 「待って、誠司……!そんな事をしたらお姉ちゃんも傷付くわ……!お姉ちゃんも誠司の事が大好きなのよ……!それなのに、それなのに……私はお姉ちゃんも大好きなの……っ」 「だ、だが……俺は……」 「私は大丈夫。誠司に愛してもらっているって、確かに感じるから。だけど、お姉ちゃんは……?お姉ちゃんのお母さんはもう居ないし……お父さんだって……私のお母さんに夢中だもの……。お姉ちゃんにはもうすぐ死んじゃいそうな祖父母しかいない。そんな中、誠司まで離れたら……お姉ちゃんが可哀想……!」 咽び泣く胡桃に、誠司は胸を打たれる。 「胡桃……お前はなんて優しいんだ……」 「そんなん
「──は、ははっ、嘘だろう……?」 髙野辺は思わず笑い声を上げ、手のひらで目元を覆うと頭上を仰ぐ。 今回のコンテスト。 一次審査は活動デザイナー名は入力しないよう通達している。 デザイナーの名前、ネームバリューではなく、本人のデザイン能力をしっかりと見るために。 だが、デザイナー名を確認しなくても、見る人が見れば確実に分かる。 髙野辺は、もみじがデザインしたデザイン画を優しく手でなぞると呟いた。 「新島──いや、玖渡川 もみじさん。あなたがSeaだったのか……」 髙野辺は確信を持って呟いた。 応募されたデザインの素晴らしさ。 大胆ながら、どこか繊細さを感じるデザイン。 そして、Seaのデザインにどこか共通する部分がある。 Seaの過去のデザイン画を全て見てきた髙野辺は、確信している。 もみじがSeaなのだ、と言う事を。 「だが──……どうして新島じゃなく……玖渡川……?いや、待てよ……玖渡川ってどこかで……」 もみじは結婚している。 夫の姓を名乗るのが普通だ。 だが、夫の姓「新島」を名乗らず「玖渡川」を名乗るなんて──。 僅かな期待が髙野辺の胸に湧いたが、すぐに「玖渡川」の苗字に意識が持っていかれた。 「待て、待てよ……。確か玖渡川って──」 髙野辺はぶつぶつと呟きながら自分のパソコンを開き、幾つものパスワードを入力して本社の機密データを開いた。 焦るように内容を確認し、そこで目を見開いた。 「──あった。やっぱり、伝説になった世界的なデザイナー。故玖渡川 舞奈と同じ苗字だ……!まさか、新島さんは……」 髙野辺の呟きは、誰もいない社長室に虚しく響いて消えた。 ◇ NEW ISLAND 社長室。 誠司は両手で自分の顔を覆い、俯いていた。 そんな彼の様子をつまらなさそうに見つめていた胡桃は誠司に気付かれないように溜息を零し、誠司に近付いて行く。 「ねえ、誠司……。後悔しているの……?田島さんをクビにした事」 「──……」 胡桃が口にした「田島」の言葉に、俯いていた誠司の肩がぴくりと震える。 「でも、仕方ないわ誠司……田島さんは誠司を裏切ったんだもの……。当然の処罰だと思う。会社の人達もそう言っていたじゃない?」 「……、だが……あいつは長年俺の秘書で……」 「だからきっと、それも彼の計算だったのよ。誠
◇ 「し、失礼……しました……」 まさに、放心状態──。 社長室から出てきた田島は、呆然としつつ、静かに社長室の扉を閉めた。 「田島さん。こちらへどうぞ。雇用契約の手続きと契約書のご説明をいたします」 「──へっ!?あ、わ、分かりました……!ありがとうございます!」 社長室から出てきた田島に、待っていたとばかりに髙野辺の秘書、蒔田が話しかける。 田島はびくりと肩を震わせて振り向いたが、振り向いた先にいたのが自分を案内してくれた蒔田だと分かると、すぐに安心して頷いた。 (こ、これから俺は本当にこの会社で働くのか──?し、しかもこんな敏腕秘書と思われる、この人と一緒に?社長の秘書として……?嘘だろう──) 田島は、何がどうなっているのか。 頭が混乱しきっていた。 だが、誠司の会社で謂れのない罪を被され、首になり。 職を失った田島にとって、髙野辺は救世主のように思えた。 しかも、デザイン会社で働く人間にとって、髙野辺が社長を務めているこのTK株式会社は、雲の上のような存在だ。 誰もが、こんな素晴らしいデザイン会社で働きたい、と思うような会社。 (まさか、俺がこんな素晴らしい会社で働けるなんて……!一時は絶望していたけど、本当に夢みたいだ……) 田島はそっと社長室を振り返る。 (新島社長に、あの奥様は勿体ないお人だ。俺は、あの方に感謝してもしきれない……) 田島は、自分が路頭に迷わなくなったのが誰のお陰なのか正しく理解していた。 そして、刑事罰を受けないように手配すると言ってくれた髙野辺にも、一生かかっても返せない恩がある。 (死ぬまでこの会社のために、俺は尽くそう……!髙野辺社長のお役に立つんだ……!) 田島は、心の中で誓うと拳を握り改めて気合いを入れた。 ◇ 社長室。 田島が出て行った後、髙野辺は自分のデスクに戻り、さきほど端に寄せてしまった本社のデザインコンテストの資料を手元に寄せた。 「今回の優勝者には、うちの専属デザイナーになってもらいたいんだが……そんな素晴らしいデザイナーが果たしているか……」 ぽつり、と呟きつつ髙野辺は資料を捲り、1つ1つデザインを確認していく。 そして、ある応募者のデザインを目にした瞬間、髙野辺の目が驚愕に見開かれ、勢い良くその場に立ち上がった。 髙野辺が立ち上がった事で、椅子が倒
扉から入って来たのは、くたびれたような容貌の男──田島だった。 田島は、何故自分がここに呼ばれたのか良く分かっていなかったのだろう。 不安気な表情で俯き気味に部屋に入って来たが、奥のデスクに座っている髙野辺の顔を見た瞬間、田島の目が驚きにじわじわと見開かれていく。 「では、社長。私はここで失礼します」 「ああ、ご苦労だった」 田島を案内してくれた蒔田は、髙野辺に頭を下げて一礼するとすぐに社長室を退出する。 そんな蒔田の姿と、デスクに座っている髙野辺を戸惑いつつ交互に見やっていた田島は、状況が分からない、と言うように「え?え……?」と声を漏らす。 髙野辺は苦笑いを浮かべつつ、その場に立ち上がりソファに座るよう田島に促した。 「田島さん、突然呼び出してすまない。まずは掛けてくれ」 「えっ、あ……は、はい!失礼します!」 髙野辺にソファを案内された田島は、慌ててソファに向かって歩き、座る。 (ま、待て待て待て……!ここって髙守株式会社の子会社、TK株式会社だよな……!?デザイン関係を専門的に扱っている、国内でも有名なデザイン会社……その会社の社長!?この人が!?) 田島は、信じられない物を見るように髙野辺を見つめる。 以前、もみじと一緒に居る時の髙野辺を見た事がある。 その時、どこかで見た事がある顔だと思ったが、それは当然だ。 (TK株式会社の社長なら、見覚えがあって当然だ!殆どメディア露出が無いが、数年前にこの人が社長就任した時に、あるメディアがこの人の写真を撮ったんだった……!) 不思議な事に、その記事はあっという間に消されてしまったが。 有名なデザイン会社の社長が代わったのだ。 田島はその頃TK株式会社の新社長がどんな人なのか、今後の仕事のために顔を覚えていよう、と毎日毎日ネットをチェックしていたのだ。 そんな努力が実を結んだのだろう。 田島がチェックしていたお陰で、ほんの一瞬だけ髙野辺の写真がネットに出回った。 だが、それもほんの一瞬だけ。 すぐに髙野辺の写真はネット上から消され、その後も何度か写真が出回っていたが、それも長くは続かなかった。 いつの間にか髙野辺の写真はネット上から消え、田島の記憶からも薄れてしまっていたのだ。 (ま、マジかよ!こんな大企業の社長……!?噂では、この会社の社長は本家の血筋だって……
腕を動かし、車椅子を操作する。 もみじは自分の息が上がるのを感じて、苦笑いを浮かべた。 「運動しなきゃ、駄目ね……」 ふう、ふうと息を弾ませながら何とか廊下を曲がったもみじは、きょろり、と周囲を確認した。 廊下を曲がった先は、やはり入院患者の病室がずらりと並んでおり、その病室に掲げられているプレートの名前を一つ一つ確認して行く。 「誠司の事だから、胡桃が入院しているなら、個室かしら……」 あれ程心配そうにしていたのだ。 それに、自ら救急車に乗り込み、胡桃に寄り添っていた。 その姿を見た時、もみじの胸はどれだけ痛んだだろうか。 胡桃は、あんな風に誠司に大切に扱われ。 かた
◇ 場所は変わって、もみじが入院している病室。 ベッドに横たわりながら、もみじは病室の真っ白な天井をぼうっと見つめつつ、ころりと寝返りを打った。 じっとしていると、昼間の事が思い出されて、もみじはぐっと強く目をつぶった。 (……誠司は、胡桃を優先した) あの時の光景を思い出して、もみじの唇が震えてくる。 (私が倒れても、誠司は見向きもせずに……胡桃を大事そうに抱えて……) そもそも、そんなに胡桃が大切なら。 どうして誠司は自分と結婚したのだろう、ともみじはどんどん暗くなってしまう。 (結婚しても……、誠司とはまだ本当の夫婦になっていない……。それに、結婚指輪だって──。会
「しゃ、社長?どうなさったんですか?」 「どうもこうも……!」 誠司は自分の秘書に妻を探せ、と命令をしようとしたがそこで言葉に詰まる。 目の前の秘書、田島は誠司の妻は胡桃だと思っている。 そして、誠司は田島が胡桃の事を「奥様」と呼ぶのを訂正した事は無いのだ。 本当は胡桃が妻ではなく、他の女性──しかも、昼間に追い払った女性が本当の妻だと知ったら。 田島が他の社員に言いふらす事はないだろうとは思うが、田島が胡桃の事をどう思うか。 それだけが、誠司は心配だった。 だが、誠司1人ではもみじを探し出す事は難しい。 人を使って調べさせようにも、もみじの事を妻だと告げねばならないのだ
そして、そんな声はもみじ以外の耳にも、当然入っていた。 それは、近くを歩いていた看護師の耳にも入っていたようで。 「いいなぁ、あそこの個室の奥さん。凄い格好いい旦那さんが、凄く心配して、精密検査やら何やら手配したのよ?」 「ええ?」 「どうやら、奥さん気絶しちゃったみたいで。多分低血圧とか、そう言う類だと思うんだけど、突然気を失ったって血相変えて来たんだから!」 「それ本当!?奥さん、旦那さんに凄く愛されているのね!」 「凄かったわよー、救急車に同乗して、奥さんがストレッチャーで運ばれてる間もぴったり横に寄り添って凄かったんだから!」 きゃいきゃい、と興奮気味に話す看護師の言







