「それは……」湊の言葉がぴたりと詰まる。実を言えば、湊とて大差はなかった。これまでの人生のすべてを、篠宮家の血みどろの権力闘争を生き延び、当主の座を盤石にすることだけに捧げてきたのだ。甘い色恋沙汰などに現を抜かす暇など、ただの一秒もなかった。一瞬、男のプライドから「経験なら豊富だ」と言い張ろうとした湊だったが――じとーっと細められた実花の美しい瞳を前にして、背筋に冷や汗が走った。持ち前の研ぎ澄まされた危機察知能力が警鐘を鳴らし、即座に言葉の舵を切る。「……知るわけないだろう。俺だって、こんなこと初めてだ」湊は改まったように実花を真っ直ぐ見つめた。その漆黒の瞳には、嘘偽りのない誠実さと、どこか臆病なまでの真剣さが宿っていた。「だが、ちゃんと一からお前を口説いてみせる。――実花が受け入れてもいいと思ってくれた時に、俺の恋人になってくれ。……いいか?」不器用なほど真っ直ぐな言葉に、実花の胸がきゅんと甘く締め付けられた。……今すぐにでも、いいよって言ってしまいそうなのに。喉まで出かかったその言葉を、実花は恥ずかしさから胸の奥へと飲み込んだ。それに、少しだけ見てみたい気もしたのだ。あの冷徹で無敵な篠宮家の当主が、一体どんなふうに自分を口説いてくれるのかを。それに、湊がここまで本気で自分に向き合ってくれるのなら――あの沙耶との政略結婚の件も、きっと近いうちにきちんとした筋道をつけてくれるはずだ。湊は、実花を裏切るような人ではない。実花はそう信じて、待つことに決めた。「……うん」実花は小さく頷いた。激しく高鳴る心臓を落ち着かせるように一度深呼吸をすると、強引に話題を元へと戻す。「お祖父様のお見舞い、何か手土産でも用意したほうがいいかしら?」「何もいらない、手ぶらでいい。心配するな」湊の瞳が、ふわりと柔らかく緩んだ。実花の頬にかかる柔らかな後れ毛を優しい手つきで耳の後ろへ払うと、あらかじめ釘を刺すように言い添える。「祖父は温厚な人柄だが、少しばかり頭の固いところがある。だが、それでも会わせておきたいんだ。俺が今、どんな女性に夢中になって追いかけているのかをな」湊は実花の手をぎゅっと包み込んだ。掌から伝わってくる体温は火のように熱く、けれど酷く心を落ち着かせてくれる。「実花は、ただ普段のままでいればい
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