深く息を吸い込み、冷たい水をグラス一杯あおって、ようやく少しだけ頭が冷えた。震える指でスマホを操作し、裏のアカウントに切り替えてメッセージを打ち込む。【前回頼んだ件、抜かりはないわよね?】相手はプロの業者なのだろう、返信はすぐに飛んできた。【どの件だ?】沙耶が彼らに依頼した仕事など、数え切れないほどあった。【ホテルと、チンピラよ】あえて詳細を言葉にする必要はない。それは、沙耶が男を使い、ホテルで実花に薬を盛らせてチンピラに襲わせた一件のことだ。今度は少し返信が遅れた。おそらく過去の記録を確認しているのだろう。数分後、ようやく画面が光った。【あぁ、向こうが言ってたぜ。一晩中たっぷり味わえて、女のイキっぷりも最高だったってよ。後からネットで顔写真を確認したが、黒田のところのお嬢ちゃんで間違いねぇってさ】【他の奴に嗅ぎ回られたりしてないでしょうね?】【絶対にねぇよ】そのメッセージを見て、沙耶はわずかに胸をなで下ろした。もっとも、そのチンピラが湊や夜行の底知れぬ狂気におびえ、恐怖で口を割れなくなっていることなど、彼女は知る由もない。彼女が頼りにしていたのは、最初から最後まで自分の手が汚れておらず、間に仲介役を挟んでいるため、どんな捜査が入ろうとも自分に辿り着くはずがないという、歪んだ自負だけだった。――湊さんが言っていた「自分がしたこと」というのは、きっと別の何かのことだわ。そうやって必死に現実逃避でもしなければ、正気を保てなかった。なにせ、彼女が裏で仕出かした悪事など数え切れないのだから。湊の名前が脳裏をよぎるたび、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。長年密かに恋い焦がれてきた湊は、彼女にとって完璧な理想の男性だった。冷酷で、周囲の人間を氷のように冷たく突き放すその孤高な姿が、当時の彼女にはたまらなく気高く魅力的だったのに。いざその冷たい刃が自分に向けられてみると、こんなにも息が詰まるほど苦しいものだなんて思いもしなかった。だが、今は感傷に浸っている暇などない。湊が口にした「もう一人の男」の正体を、何としても突き止めなければならなかったのだ。まずはホテルに直接電話をかけ、防犯カメラの映像を開示するように要求した。しかし、ホテル側は顧客のプライバシー保護を理由に、冷淡に突っぱねた。
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