เข้าสู่ระบบ母からの『必要ないのね』というメッセージには、結局返信しなかった。
何を返しても、同じ話を繰り返すことになりそうだったからだ。
それから数日、母から連絡はなかった。
◇
「お母さんから連絡来てる?」
恵から電話があったのは、週末だった。
「最近は来てないよ」
『やっぱり? 私のところに来てる』
「何て?」
『仕事のこととか、ちゃんと相談してって』
佳苗は思わず眉を寄せた。
「恵にも?」
『うん。転職先探してるって前に話したじゃん。それで、応募する前に相談してほしいって』
「それは恵が決めることでしょう?」
『そう言ったよ』
恵がため息をつく。
『そしたら、お母さんの意見なんて聞く価値もないのねって』
「……同じだ」
『何が?』
「私も似たようなこと言われた」
<母からの『必要ないのね』というメッセージには、結局返信しなかった。 何を返しても、同じ話を繰り返すことになりそうだったからだ。 それから数日、母から連絡はなかった。 ◇「お母さんから連絡来てる?」 恵から電話があったのは、週末だった。「最近は来てないよ」『やっぱり? 私のところに来てる』「何て?」『仕事のこととか、ちゃんと相談してって』 佳苗は思わず眉を寄せた。「恵にも?」『うん。転職先探してるって前に話したじゃん。それで、応募する前に相談してほしいって』「それは恵が決めることでしょう?」『そう言ったよ』 恵がため息をつく。『そしたら、お母さんの意見なんて聞く価値もないのねって』「……同じだ」『何が?』「私も似たようなこと言われた」 佳苗は研修の件を説明した。『あー……』 恵は納得したような声を出した。『お母さん、相談されたいんだ』「多分」『でもさ、相談することないのに相談できなくない?』「そうなんだよね」 佳苗も困っていた。 母の意見を聞きたいことがあれば、聞けばいい。 けれど、自分で決められることまで相談する必要はない。『じゃあ、お姉ちゃん』「何?」『お母さんに相談するための相談事、作る?』「何それ」『今日の夕飯、カレーとパスタどっちがいいと思う? とか』 佳苗は吹き出した。「それ、余計怒られるんじゃない?」『だよね』 二人で笑った。 以前なら、母のことで恵とこんなふうに話すことなどなかった。 ◇ その日の夕方。 恵は母の家
それからしばらく、母との関係は落ち着いていた。 連絡は来るものの、以前のように何度も電話が掛かってくることはない。 佳苗も、ときどき自分から連絡した。 これなら大丈夫かもしれない。 そう思い始めた頃だった。 ◇「どうしよう……」 昼休み、佳苗はスマートフォンを見ながら呟いた。 会社から、来月の研修について連絡が来ていた。 一泊二日。 参加は任意だが、今後の仕事を考えれば行っておきたい。 問題は、その日が雄吾の両親との食事の予定と重なっていることだった。「日程変えてもらえるかな……」 まず雄吾に相談しよう。 そう思っていると、母からメッセージが届いた。『元気?』『元気だよ』『仕事忙しい?』『ちょっとね。来月研修もあって』 何気なく返しただけだった。 すぐに電話が掛かってくる。「もしもし?」『研修って何?』「会社の。一泊二日なんだけど」『泊まりなの? どこ?』「まだ詳しく見てないよ」『雄吾さんは何て?』「まだ話してない」 その瞬間、母の声が少し弾んだ。『じゃあ、先に私に相談してくれたのね』「え?」『だって雄吾さんにもまだ話してないんでしょう?』「相談っていうか……今聞いたから」『でも私には話してくれたじゃない』 佳苗は返事に困った。「お母さんから仕事忙しいか聞かれたから答えただけだよ」『そうなの?』「うん」 母の声が少し沈んだ。『何か困ってるんじゃないの?』「食事の予定と重なってるから、雄吾さんと相談しようかなって」『私じゃ駄目
約束した土曜日、佳苗は母と二人で昼食を取った。 前回とは違い、母が選んだのは駅前の小さな和食店だった。「ここ、前に来たことあるの?」「一度だけ。ランチならそんなに高くないし、おいしかったから」「そうなんだ」 注文を済ませると、母は少し落ち着かない様子で佳苗を見た。「雄吾さん、今日は何してるの?」「仕事。午後から打ち合わせがあるって」「土曜日なのに大変ね」「その代わり、平日に休むこともあるから」「そう」 以前なら、そこから雄吾の仕事や収入について質問が続いたかもしれない。 けれど今日は、それだけだった。 ◇「そういえば、これ」 食事の途中、母がバッグから小さな紙袋を取り出した。「何?」「この前、あなたが好きそうなの見つけたから」 中に入っていたのは、焼き菓子だった。「買ってくれたの?」「大したものじゃないわよ」「ありがとう」 佳苗が笑うと、母も少し嬉しそうにした。 こういう関係ならいい。 佳苗は素直にそう思った。「お母さん」「何?」「この前言ったこと、怒ってる?」 母は箸を止めた。「……ちょっとはね」「そっか」「でも、考えたのよ。あなたももう結婚して、自分の家庭があるんだものね」「うん」「いつまでも子供じゃないって、分かってはいるのよ」 母は苦笑した。「ただ、急に何もしてあげられなくなった気がして」「何もしてくれなくていいって意味じゃないよ」「そうなの?」「今日のお菓子だって嬉しいし」 佳苗は紙袋を見る。「何か困ったとき、お母さんに相談することもあると思う」「…&he
母の家から帰る途中、佳苗は何度か今日の会話を思い返した。 言いすぎただろうか。 母を傷つけたのではないか。 そんな考えが浮かぶたび、以前の癖がまだ残っていることに気づく。 けれど、言ったことを後悔はしていなかった。 母を嫌いになったわけではない。 だからこそ、我慢を積み重ねて、いつか本当に会いたくなくなるような関係にはしたくなかった。 ◇「ただいま」「おかえり」 帰宅すると、雄吾がリビングにいた。「どうだった?」「ちゃんと話してきました」 佳苗は隣に座り、母との会話を簡単に説明した。「何でも言うことを聞く娘には戻れないって言いました」「そうか」「お母さん、黙っちゃいましたけど」「佳苗はどうした?」「私も黙ってました」 雄吾が少し笑った。「成長したな」「子供みたいに言わないでください」「前なら慌てて機嫌取ってただろ」「……そうですけど」 図星だった。「でも、難しいですね」「何が?」「お母さんのこと、大事なんです。困ってたら助けたいとも思うし」「なら助ければいい」「でも、どこまで?」 雄吾は少し考えた。「佳苗が助けたいと思えるところまででいいんじゃないか」「そんな基準でいいんですか?」「ほかに誰が決める?」 佳苗は黙った。 母親だから、ここまでしなければならない。 娘だから、これくらい当然。 そんな明確な線が、どこかに存在するような気がしていた。「自分で決めていいんですね」「佳苗の母親だろ。俺が決めることじゃない」「はい」 佳苗は少しだけ笑った。 ◇ 数日後、母から珍しく短いメッセージが届いた。『この前はごめんね』 佳苗は驚いて画面を見つめた。 続けて届く。『ちょっと寂しくなってたみたい』 佳苗はすぐには返信しなかった。 母が自分からそんなことを認めるとは思っていなかった。『うん』『寂しいなら、またご飯食べよう』 少しして返事が来る。『来週は?』 佳苗は予定を確認した。『土曜日なら空いてるよ』『雄吾さんも来る?』『聞いてみるけど、二人でもいいよ』『じゃあ二人でいい』 その返事に、佳苗は少し安心した。 雄吾を連れてくることにも、何かを期待することにもこだわらず、ただ娘と食事をする。 それなら、自分も嬉しい。 ◇ けれど、
それから母からの連絡は、ぱたりと途絶えた。 三日経っても、一週間経っても来ない。 佳苗からも連絡しなかった。「気になるのか?」 夕食を終えたあと、雄吾に尋ねられ、佳苗は少し迷ってから頷いた。「気にはなります」「連絡したい?」「……分かりません」 以前なら、母を怒らせたと思った時点で自分から謝っていただろう。 けれど今回は、謝るようなことをしたとは思っていない。「連絡したら、また私が折れたことになるのかなって」「別に連絡することと、言うことを聞くことは同じじゃないだろ」 佳苗は顔を上げた。「会いたいなら会えばいいし、話したいなら話せばいい。嫌なことを言われたら断ればいい」「……そうですね」 距離を取ることと、縁を切ることも違う。 佳苗はようやく、少しだけ肩の力を抜いた。 ◇ 翌日、佳苗は母へメッセージを送った。『元気?』 返事が来たのは一時間ほど後だった。『元気よ』『ならよかった』 それだけで終わらせようとしたところで、もう一通届く。『もう私のことなんて気にしてないと思ってた』 佳苗は画面を見つめた。『そんなことないよ』『だって連絡もくれなかったでしょう』『お母さんからも来なかったよ』 既読がつく。『私が連絡しなかったら、そのままだったの?』 佳苗はため息をつきそうになった。 また試されている。『今日は私から連絡したでしょう?』 しばらくして。『そうね』 返ってきたのは、それだけだった。 ◇ その週末、佳苗は一人で母の家を訪れた。「雄吾さんは?」 玄関を開けるなり聞かれた。「今日は私だけ」「そう」 どこか残念そうだったが、母は佳苗を中へ通した。 お茶を飲みながら話していると、母がぽつりと言った。「昔の佳苗は、もっと優しかったわよね」「そう?」「私が困ってたらすぐ来てくれたし、何でも話してくれたでしょう?」 佳苗はカップを置いた。「昔は、お母さんに嫌われたくなかったから」「……何よ、それ」「怒らせたくなかったし、がっかりされたくなかった。だから嫌でも言うこと聞いてたこと、結構あったよ」 母の表情が固まる。「そんなふうに思ってたの?」「うん」「私はあなたのためを思って――」「分かってるよ」 佳苗は遮るように否定しなかった。「お母さんがわざ
母からの連絡は、翌日には何事もなかったように届いた。『昨日買ったもの、何だったの?』 佳苗は少し迷ったが、隠すほどのことでもない。『マグカップとか日用品だよ』『写真見せて』 言われるまま送る必要はないと思った。それでも、これくらいなら構わないかと、昨日撮ったマグカップの写真を送る。『かわいいじゃない』『雄吾さんと色違い?』『うん』『新婚さんって感じね』 母の機嫌はよさそうだった。 佳苗も安心しかけたところで、次のメッセージが届いた。『今度から出かけるとき、どこに行くか教えてね』 佳苗の指が止まる。『どうして?』『何かあったとき心配だから』『雄吾さんと一緒だったよ』『それでも私は母親でしょう?』 また、その言葉だった。 佳苗は少し考えてから返信した。『心配してくれるのはありがとう。でも、出かけるたびに報告はしないよ』 しばらく返事は来なかった。 ◇ その日の夜、今度は恵から電話が掛かってきた。『お姉ちゃん、お母さんに何か言った?』「昨日からいろいろ」『やっぱり』「恵にも?」『位置情報共有しないかって言われた』「位置情報?」 佳苗は思わず声を上げた。『最近物騒だから、家族で共有しておけば安心だって』「それ、断った?」『断ったよ。何で二十四時間お母さんに居場所知られなきゃいけないの』 恵らしい答えに、佳苗は苦笑する。『そしたら、やましいことがなければ困らないでしょうって』「そういう問題じゃないよね」『でしょ?』 恵はため息をついた。『お母さん、どうしちゃったんだろ』「多分、不安なんだと思う」『何が?』
恵が帰ったあとも、佳苗はしばらく動けなかった。 心臓が嫌なほど脈打っている。 あの目。 一瞬だけ見せた、冷たい視線。 前世では最後まで気づかなかった。 恵はずっと、自分から奪うことを楽しんでいたのだ。「……っ」 佳苗は唇を噛み締める。 怖い。 けれど、それ以上に悔しかった。 どうして自分は、あんな人たちのために命まで懸けてしまったのだろう。 テーブルの上に置かれた結婚写真が目に入る。 幸せそうに笑う自分。 悟の腕に寄り添って、未来を信じ切っていた頃の自分。 ――滑稽。 佳苗は震える手で写真立てを伏せた。 もう戻れない。 戻りたくもない。 今度こそ終わらせ
「……今、泣いてるのか?」 低く静かな声が耳に落ちる。 その一言だけで、張り詰めていた感情が崩れそうになった。 佳苗は慌てて口元を押さえた。「な、泣いてません」『嘘が下手だな、お前は昔から』 昔から。 その言葉に、大学時代の記憶が蘇る。 榊原雄吾。 成績優秀、容姿端麗、誰にも媚びない孤高の男。 学生の頃から有名だった。 近寄りがたい人だったのに、なぜか佳苗にはよく話しかけてきた。『また他人の仕事押し付けられてるのか』『断れないのか、お前は』 呆れたように言いながら、結局いつも助けてくれた。 けれど卒業後は一度も会っていない。 それなのに、どうして今。「どうし
「佳苗? 本当にどうしたんだよ」 怪訝そうな顔で、悟がこちらを見る。 その優しげな声に、佳苗は思わず身を強張らせた。 前世でも、この男はこんな顔をしていた。 穏やかで、頼れて、優しくて。 だから信じてしまったのだ。 まさか裏で妹と不倫し、自分を“代理母”として利用していたなんて、夢にも思わなかった。「顔色悪いぞ。熱でもある?」 悟が立ち上がり、額に触れようと手を伸ばしてくる。「っ……!」 佳苗は反射的にその手を振り払った。 ぱしん、と乾いた音が響く。 悟が目を見開いた。「……佳苗?」 しまった、と思った。 前世の記憶が蘇ったとはいえ、今の悟はまだ“何も知らない夫
「……っ、はぁ……ぁっ……!」 全身を引き裂かれるような痛みに、藤倉佳苗は汗で濡れたシーツを握り締めた。 眩しい手術灯。鼻を刺す消毒液の匂い。何度も響く機械音。 苦しい。 息ができない。「もう少しです! 頑張ってください!」 医師の声が遠い。 お腹の奥が裂けるように熱い。 それでも佳苗は必死に意識を繋いだ。(赤ちゃん……) やっと会える。 悟との子供。 愛する夫との、大切な命。 その一心だけで耐えていた。 けれど次の瞬間、医師たちの声色が変わった。「血圧低下!」「出血が止まりません!」「急げ!」 視界がぐらりと揺れる。 寒い。 急激に体温が奪われていく。