美津子の実家も、かつては名家と呼ばれていた。けれど内実は借金まみれで、体面を守るために娘を天野へ差し出したのだという。「わたくしは、お前の父親に嫁いだのではないわ。家に血を入れる器として買われたの」 婚礼の日、夫は彼女の顔より持参金の書類を見ていた。義父母は、最初の食事から跡継ぎを産む時期を口にしたという。 美津子は笑って受け流した。そうしなければ、実家へ送り返され、借金の責任まで背負わされると分かっていたからだ。 その声に初めて、生身の痛みが混じった。「何を着るか、誰と話すか、何時に眠るか。少しでも当主夫人らしくなければ笑われた。意見を言えば、波風を立てるなと黙らされた。わたくしが何を訴えても、扱いにくい女の戯言にされた」 前世の会議室で味わった息苦しさが、胸の奥に蘇った。言葉の意味を、力を持つ側に勝手に決められる恐怖。その構造だけなら、私にも分かった。「このままでは、いつか用済みにされる。心を病んだことにされ、見えない部屋へ追いやられる。そうなる前に、わたくしがこの家のやり方を覚えるしかなかった」「この家では、先代当主へ逆らった女性が『療養』と発表され、それきり誰も名前を口にしなくなったわ」 そこで彼女は学んだのだろう。記録から消される側になる前に、記録を作る側へ回らなければならないと。 美津子が私たちに使った手口は、彼女一人の発明ではなかった。不都合な人間を病人にし、記録から消す。それは天野家が長く使ってきた方法だった。「だから、透を産んだ時に決めたの。この子を、誰にも逆らえない当主にする。完璧で、冷たくて、誰にも弱みを見せない人間に」 透の手が強張る。「僕は、あなたが生き残るための道具だったのか」「道具だなんて。お前はわたくしの証明よ」 美津子は微笑んだ。そこに母親の温度はなかった。 愛情がなかったわけではないのだろう。だからこそ厄介だった。彼女は愛していると信じたまま、透が自分と違う人間であることだけを認めなかった。「わたくしを見下した者たちが間違っていたと、誰にも文句を言わせない形で示す、たった一つの証明」「だから、僕が誰かを大切にす
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