娘より間男を選んだ妻へ、無職の俺が一条財閥の後継者だと知っても、もう遅い의 모든 챕터: 챕터 141 - 챕터 144

144 챕터

石段の眼鏡

 夜明けの少し前、私は物置の前から箪笥を押しのけて地下へ降りた。聴聞の前に帳簿を一緒に取りに行くと、梶谷さんと約束していたからだ。 私は貯蔵庫の木の扉を開けた。石段には誰もいなかった。昨夜、私が渡した毛布が段の上に丁寧に畳んで置かれている。その横に細いフレームの眼鏡が落ちていた。 拾い上げると、片方のレンズにひびが入っていた。梶谷さんは昨夜、レンズを拭く時でさえ毛布の端を使っていた人だ。その人が眼鏡を置いたまま、自分からどこかへ行くはずがない。  石段の上の通路を照らすと、湿った土に靴の跡がいくつも重なっていた。本館の書庫へ向かう跡だけが、引きずったように深く乱れている。誰かが書庫の側から降りてきて、梶谷さんを無理やり連れて上がったのだ。 私は膝から力が抜けそうになり、石の壁に手をついた。昨夜、この人は自分の部屋は危ないと言っていた。それでも私の部屋の入口を心配して、ここに残っていたのだ。 樽の陰を探ると、帳簿は昨夜のまま残っていた。連れていった者たちは、帳簿の在りかまでは知らなかったのだろう。私は帳簿を上着の下に抱え、眼鏡を手帳に挟んで部屋へ戻った。                 * 午前九時の聴聞の間、書記席は空席になっていた。 議長が杖で床を打つより先に、エドモンドが立ち上がった。昨日まで顔に出ていた苛立ちは消え、落ち着いた笑みを浮かべている。「議長にご報告がございます。書記の梶谷は今朝早く、一身上の都合で職を辞し、館を去りました。後任は追って決めていただきたい」 半円がざわめいた。窓側の席のケスラーだけが、表情一つ変えずに座っている。 梶谷さんがいなければ、帳簿を自分の名前で差し出す人はいなくなる。そうなれば、今朝の採決を止めるものは何もない。エドモンドの狙いは、それだった。 眼鏡を見せれば、私が夜の間、別棟を抜け出していたことを明かすことになる。外出の禁を破った者として、私の審査はさらに不利になるだろう。けれど、ここで黙れば、梶谷さんがどこへ連れていかれたのか、誰も確かめようとしない。 私は傍聴席から立ち上がった。係員が私の肩に手を伸ばした。私は構わずに手帳を開き、ひびの入った眼鏡を掲げた。「書記の眼鏡です。今朝、別棟の地下の通路で拾いました」 聴聞の間が静まり返った。「外出を禁じられた身で私は別棟を出ていました。その罰は
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金庫室の扉

 一時間後、係員たちが聴聞の間へ戻ってきた。門の記録に、今朝、館を出た者の名は一つもなかった。書記の部屋も空のままで、梶谷の姿はどこにもないという。 議長の許しを得て、凜が手帳の頁を一枚、係員に託した。昨夜、凜が俺に渡すつもりで書いていたものだ。頁には三本の鍵の家紋と、その家の名が記されていた。 ケスラー家—— 三百年、この館の記録と金庫の鍵を預かってきた家だという。 俺は議長に向き直った。「門の記録に名がない以上、梶谷はまだ館の中にいる。だが、係員がどこを探しても見つからなかった」 半円の誰も口を開かなかった。「係員でさえ入れない部屋が、この館にあるということだ。その部屋の鍵を持っているのは、どの家だ」 半円の視線が窓側の席に集まった。ケスラーの顔から、血の気が引いている。 議長が杖で床を打った。「ケスラー。金庫室を開けよ」「金庫室には十三家の古い証文が納めてある。分家の若造の言いがかりで開けるわけには……」「開けられぬ理由があるなら、この場で申せ」 議長の声に、ケスラーは口を閉ざした。やがて懐から鉄の鍵束を取り出し、重い足取りで席を立った。                 * 金庫室は本館の地下の一番奥にあった。ケスラーの手で鉄の扉が開けられると、湿った冷気が流れ出してきた。 書類棚に囲まれた床の上に、梶谷が座らされていた。両手を後ろで縛られ、頬には殴られた痕が赤く残っている。 見張りの男二人は、議長の姿を見ると黙って壁際に退いた。 凜が誰よりも早く駆け寄り、床に膝をついた。震える指で縄の結び目をほどこうとするが、固く締められていてなかなか解けない。俺は係員の腰の短剣を借りて縄を切り、梶谷の手首を自由にした。 縄を解かれた梶谷が、最初に口にした言葉は自分のことではなかった。「帳簿は……」「心配ありません。ここにあります」 凜が上着の下から紙の束を取り出した。それから手帳に挟んでいた眼鏡を梶谷の手に握らせた。「ひびが入ってしまいましたけど」 梶谷はひびの入った眼鏡をかけ、しばらく凜の顔を見ていた。「よく見えます。これで十分です」 聴聞の間に戻ると、梶谷は書記席ではなく、半円の中央に立った。「評議会書記、梶谷玲司。証言者として、ハルトマン信託の口座監査記録を提出します」 梶谷は帳簿をめくりながら、三十年分の金
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写しと原本

 京都の夜は雨が降り始めていた。 水無瀬紗英は、雑居ビルの三階にある小さな会計事務所で、ひとり机に向かっていた。所長も同僚もとうに帰り、灯りがついているのは紗英の席だけだ。机の上には、角のすり切れた革の書類鞄が置かれている。 紗英の父がこの鞄を紗英に託したのは、亡くなる前の晩だった。一条の本家には決して渡すな、と父は言った。それから十年、紗英は誰にもこの鞄を開けさせなかった。 中にあったのは、横領の濡れ衣を着せられて職を追われた父が、最後まで手放さなかった数字だ。「数字は嘘をつかない」というのが父の口癖だった。今日の夕方、紗英は一条のペントハウスで、初めてその中身を他人に見せた。 あのとき、廊下の奥から小さな女の子がこちらを覗いていた。大人を怖がっているのが一目で分かった。紗英は笑いかけることもせず、ただ目が合ったまま頷いた。女の子は少し考えてから、同じように頷き返してきた。 天井の蛍光灯が、ふっと消えた。 窓の外のビルには灯りがついている。消えたのは、この階だけだ。 扉の向こうで、階段を上がってくる足音がした。一人ではない。紗英は鞄を胸に抱え、机の陰に身を沈めた。 扉の鍵が外からこじ開けられた。黒い雨合羽の男が三人、懐中電灯の光を室内に走らせる。「鞄を出せ。それだけでいい」 光が紗英の顔を捉えたとき、男たちの背後で鈍い音がした。一番後ろの男が声も上げずに床へ崩れ落ちる。 戸口に顔じゅうに古い傷の走る男が立っていた。 傷の男は振り向いた二人目の腕をねじり上げ、床に押さえつけた。その隙に、三人目の男が紗英の腕から鞄をもぎ取った。鞄を抱えた男は窓を破り、外の非常階段を駆け下りていく。「追います」 傷の男が窓へ向かいかけた。紗英は、その背中に声をかけた。「追わなくて結構です。あれは写しですから」 男が振り返った。紗英は立ち上がり、膝についた埃を払った。「原本はペントハウスを出たその足で、別の場所に預けてきました。父の遺言は『本家に渡すな』でした。原本を仕事場に置いたことは、十年間一度もありません」「……そうでしたか」「あなたは一条の方ですか」「真柴と申します。楢崎さんの言いつけで、夕方からビルの下で見張っていました」 真柴は少しの間、紗英を見ていた。それから懐から端末を取り出し、短く告げた。「楢崎さん、水無瀬さんはご無事です
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霧の山道

 夜明け前の森の滑走路は、深い霧に沈んでいた。 俺は滑走路の端に車を停め、着陸灯の向こうを見ていた。後ろには、議長が貸してくれた評議会の車が二台並んでいる。中には係員が五人、待機していた。 昨日の夕方、ケスラー家の車が三台、館を出ていった。滑走路から館までの山道は一本しかない。待ち伏せるなら、その途中だ。 待ち伏せを避けるだけなら、紗英を別の道で運べばいい。だが、それでは奴らは何もしないまま帰っていく。俺が欲しいのは、紗英の無事と、奴らを現行犯で押さえることの両方だった。 霧の向こうから、ジェット機のエンジン音が近づいてきた。 やがて、一条の社用機が滑走路に降り立ち、俺たちの車の前で止まった。扉が開き、タラップが下ろされる。 タラップを降りてきたのは、紺の上着を着た女だった。腕には角のすり切れた革の書類鞄を抱えている。十二時間の飛行のあとでも、女の背筋はまっすぐだった。「水無瀬紗英です」「一条隼人です。来てくれて、感謝する」 紗英は俺の顔を値踏みするように眺めた。「先に言っておきます。私は一条の人間を信用していません」「それでいい。だが、今だけは、俺の言うとおりに動いてくれ」 俺は紗英を自分の車の後部座席に乗せ、自分もその隣に座った。運転は係員の一人に任せた。それから、評議会の迎えの車の運転手に空の書類鞄を一つ渡した。「先に館へ向かえ。この鞄を助手席に見えるように置いてな」 迎えの車が霧の中へ走り出した。俺の車は前照灯を消して車幅灯だけを残し、少し間を空けてその後を追った。係員の車二台も、さらに後ろからついてくる。 隣で紗英が鞄を抱え直した。「囮ですか」「ああ。奴らが欲しいのは、あなたじゃなく、その鞄の中身だ」 紗英は窓の外の霧に目を向けたまま、低い声で言った。「別の道で私を運べば、危ない目に遭わずに済んだはずです。私を囮の後ろに置いて、敵を捕まえる手柄を取りに行くんですね」「捕まえなければ、奴らはまた京都の事務所を襲う。次は写しでは済まない」 俺は紗英の膝の上の鞄に目をやった。「手柄だけが欲しいなら、あなたと原本を前の車に乗せて、そのまま囮にしている。その方が奴らは確実に食いつくからな」 紗英が、こちらを振り向いた。「だが、前の車に置いたのは空の鞄だ。奴らを捕まえるより先に、あなたを無事に館へ届けることを決めていた
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