感情の込もっていない言葉だったが、澪の耳にはどうにも不快に響いた。 今さら、言葉の裏までいちいち考える気にもなれない。夫としての思いやりからの助けてくれたわけではないことなど、とうに分かっている。ただ、取引の材料として差し出しただけだ。征司の冗談めいた言い方には取り合わず、澪は驚くほど冷静に言い返した。「ここまで高価なものだと、所有権をめぐって揉める可能性もあるでしょう。できれば、私のものだと分かるように、書面を作ってもらえる?」この香箱はそう簡単に手に入るものではない。彼女は元々用心深く、いかなるミスも許さない。それに先日病院で、征司とは完全に離婚の話がついている。離婚協議書にも、征司は当然目を通しているはずだ。離婚が目前に迫っている今、征司が金を出して買い戻したこの品を、不倫の償いとして受け取るつもりなら、なおさら曖昧にはできない。「分かった。書面はこっちで用意する」「じゃあ、これで決まりね。いつできるの?」澪はほっと息をつき、顔に喜びが浮かんだ。朝比奈家の品が戻ってくるなら、もうすぐ元夫になる男の恋愛事情に協力し、紗耶とのことを黙ってやるくらい、どうということはない。「家で待ってろ」澪は眉をひそめた。家で?もうすぐ離婚するというのに、まだあの家に帰れというのだろうか。「でも……」別の場所で話そうと口を開きかけたが、その前に電話は切れた。ツーツーツーという音が澪の言葉を遮った。まるで部下を相手にするような、独断的で冷たい切り方だった。しかし澪はとうの昔に慣れっこになっていて、顔色一つ変えずにやり過ごせる。それでも、この香箱の所有権だけは、きちんと明確にしておかなければならない。隣で話を聞いていた伊織は、事情を理解したようだ。「こんな骨董品、買っただけですぐ手元に届くわけじゃないでしょう。手続きだって相当大変なはずなのに、彼もずいぶん手間をかけたじゃない?」澪の瞳にためらいがよぎり、やがて肩をすくめた。「そうでもないわ。本当はおばあちゃんの嫁入り道具の翡翠の帯留を返してほしいけど、彼は紗耶のためにそれを手放したくないのよ。その代わりに、この香箱を寄越して、私を黙らせるつもりなんでしょう」「じゃあ、これはあなたのために金を使ったことになるの?それとも紗耶のため?
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