LOGIN臨時株主総会の日、ネクストリンク本社の大会議室には、いつもと違う静けさがあった。
怒号はない。
泣き声もない。
誰かが机を叩く音もない。
ただ、紙をめくる音と、受付で名前を確認する声だけが淡々と流れていた。
会社の修羅場は、家庭の修羅場とは違う。
感情で殴るのではない。
議案で切る。
決議で終わらせる。
午前十時。
株式会社ネクストリンク本社、二十七階大会議室。
正面には長い議長席が置かれていた。
中央に、代表取締役社長の高瀬悠真。
その右に、副社長の七瀬蒼真。
左に、取締役CLOの大槻沙織。
少し離れて、取締役CFOの水城莉央、取締役CHROの宮園千晴、取締役CTOの篠原航、取締役COOの白石琴音、取締役CMOの一条拓海が並ぶ。
社外取締役の佐伯真琴と黒須怜司も出席していた。
監査役席には、常勤監査役の三枝義
臨時株主総会の日、ネクストリンク本社の大会議室には、いつもと違う静けさがあった。 怒号はない。 泣き声もない。 誰かが机を叩く音もない。 ただ、紙をめくる音と、受付で名前を確認する声だけが淡々と流れていた。 会社の修羅場は、家庭の修羅場とは違う。 感情で殴るのではない。 議案で切る。 決議で終わらせる。 午前十時。 株式会社ネクストリンク本社、二十七階大会議室。 正面には長い議長席が置かれていた。 中央に、代表取締役社長の高瀬悠真。 その右に、副社長の七瀬蒼真。 左に、取締役CLOの大槻沙織。 少し離れて、取締役CFOの水城莉央、取締役CHROの宮園千晴、取締役CTOの篠原航、取締役COOの白石琴音、取締役CMOの一条拓海が並ぶ。 社外取締役の佐伯真琴と黒須怜司も出席していた。 監査役席には、常勤監査役の三枝義人、社外監査役の相沢芽衣、藤堂圭介。 顧問弁護士の矢島明彦、外部弁護士の桐生麻衣も、手続き確認のために同席している。 事務局席には、秘書室長の神谷玲奈。 その横に、総務法務部の若手社員が二名。 会場後方には警備担当も立っていた。 威圧のためではない。 混乱を防ぐためだった。 今日の議題は、軽くない。 株主構成は明確だった。 高瀬悠真。 議決権七十八%。 高瀬美咲。 議決権五%。 桐谷健吾。 議決権二%。 その他株主。 合計十五%。 その他株主には、創業期からの少数株主や、役員持株会に近い形で株を持つ元幹部、初期投資家が含まれている。 元CTO顧問の折原圭一。 初期投資家の蓮見慎吾。 元人事顧問の橘由梨。 エンジェル投資家の望月康平。 元開発
報告書は、紙の束ではなかった。 それは、会社が自分の傷口を数えた記録だった。 調査開始から二十七日目。 株式会社ネクストリンク本社、第二会議室。 午前九時。 ブラインドを下ろした会議室の中央に、厚いファイルが十冊並べられていた。 表紙には、黒い文字でこう記されている。 株式会社ネクストリンク 特別調査委員会 最終報告書 本文百八十二ページ。 別紙資料四百六十七ページ。 ログ一覧、経費一覧、資金移動図、ヒアリング記録、メール復元結果、契約書写し、請求書写し、成果物検証表、内部通報関連資料。 それは、桐谷健吾と高瀬美咲が隠したつもりだったものを、数字と文字で縫い上げた棺だった。 会議室には、特別調査委員会の十名が揃っていた。 委員長の三枝義人。 取締役CFOの水城莉央。 取締役CLOの大槻沙織。 社外取締役の黒須怜司。 社外取締役の佐伯真琴。 外部弁護士の矢島明彦。 外部弁護士の桐生麻衣。 外部公認会計士の榊原徹。 外部公認会計士の村瀬絢。 情報システム部長の成瀬葵。 記録補助として、秘書室長の神谷玲奈も壁際に座っている。 高瀬悠真は、まだいない。 最終会合は、まず委員会だけで行われる。 社長は報告書を受け取る側であり、調査の結論を作る側ではない。 三枝義人は、机の上の報告書に手を置いた。「最終確認を行います」 声は静かだった。 しかし、全員の背筋が伸びた。 この一か月弱、彼らはほとんど休んでいなかった。 経費データを洗い、契約書を読み、メールを復元し、チャットログを照合し、ヒアリングを重ね、支払いの流れを追った。 その結果が、ここにある。 水城莉央が最初の章を開いた。「第一部、調査の目的
不正調査は、長引かせるほど腐る。 高瀬悠真は、それを知っていた。 だから特別調査委員会の二回目の全体会合で、最初に期限を切った。「最終報告書は、一か月以内に出してください」 第二会議室の空気が、少しだけ張った。 委員長の三枝義人が、老眼鏡の奥から悠真を見た。「一か月ですか」「はい」 悠真は頷いた。「もちろん、刑事告訴や民事訴訟に向けた追加調査は続くでしょう。ですが、会社として役員解任、懲戒処分、損害賠償請求、株式買い取り、監査法人・金融機関への説明を止めたままにはできません」 水城莉央が資料を閉じた。「妥当です。上場準備企業として、調査中という状態を何か月も続けるのは危険です」 外部弁護士の桐生麻衣も頷く。「一か月以内に事実認定の骨格を作る。その後、刑事告訴用の資料を精緻化する。流れとしては自然です」 外部公認会計士の榊原徹が、腕を組んだ。「では、十営業日以内に中間報告。二十営業日以内に最終報告案。二十五日目までに役員向け説明資料。三十日以内に正式報告書。これでどうでしょう」「それでお願いします」 三枝義人が静かに言った。「承知しました。本件は、調査を長引かせて関係者に逃げ道を与える案件ではありません。金の流れを追います」 金の流れ。 それが、今日の核心だった。 不倫写真は入口にすぎなかった。 経費水増しは煙だった。 架空成果物は焦げ跡だった。 火元は、金がどこへ行ったかにある。 ネクストリンクからK-Bridge Consultingへ。 K-BridgeからRaven Worksへ。 さらに別口座へ。 そして誰の手元へ戻ったのか。 そこを押さえなければ、不正はただの疑惑で終わる。 疑惑は人を騒がせる。 証拠は人を裁く。 特別調査委員会は、三班体制から五
不正は、突然生まれない。 最初は、小さな違和感だった。 金額が少し大きい。 相手先の名前が曖昧。 添付された資料が薄い。 承認が早すぎる。 誰も質問しない。 誰かが目を逸らす。 そして、ある日からそれは会社の空気になる。 ネクストリンクの特別調査委員会が設置されてから、一週間が経った。 第二会議室の窓には、朝からブラインドが下ろされていた。 テーブルの上には、紙資料、ノートパソコン、番号付きファイル、付箋、外付けストレージ、調査メモが並んでいる。 そこはもう会議室ではなかった。 帳簿とログを解剖する、無菌室のような場所だった。 委員長の三枝義人は、老眼鏡をかけ直し、手元の一覧表を見た。「対象データ、三千八百十二件。そのうち、一次抽出で異常値ありとされたものが二百十七件」 水城莉央が頷いた。「経費、出張、接待、外注費、研修費、販促費。名目は散っていますが、承認経路に偏りがあります」 大槻沙織が資料をめくる。「桐谷健吾申請、高瀬美咲承認。この組み合わせが多い。さらに、営業管理課長の西岡大輔、営業第二課長の山城直人、経理課長の小田切修、経理管理課係長の江藤真一。この四名が複数の案件に絡んでいます」 外部公認会計士の榊原徹が、低い声で言った。「典型的ですね。主犯がいて、承認者がいて、現場側で形を作る人間がいて、経理側で通す人間がいる」 若手会計士の村瀬絢が画面を拡大した。「K-Bridge Consulting関連だけでなく、接待費の水増し、出張費の目的不明、研修費への付け替えもあります。金額はまだ確定できませんが、現時点の疑義額は少なくとも六千万円台に乗ります」 会議室に、紙をめくる音だけが響いた。 六千万円。 中小企業なら、それだけで資金繰りが傾く金額だ。 ネクストリンクにとっても、軽い金ではない。 社員の給与。
ネクストリンクは、止まらなかった。 翌朝八時。 高瀬悠真は、いつも通り本社二十七階の社長室にいた。 昨日、臨時取締役会で専務取締役・高瀬美咲の一部職務権限停止が可決された。 営業本部長・桐谷健吾には自宅待機命令が出された。 社用端末は回収。 会社アカウントは停止。 経費精算、契約、外注先選定、出張申請、チャットログ、メールボックス、ファイル共有履歴は保全された。 普通なら、会社中が凍る。 だが、会社は生き物だ。 誰かが倒れた瞬間、血流を別の道へ逃がさなければ、全身が腐る。 悠真は、社長室のモニターに表示された全社向けメッセージを確認していた。 文面は短い。 余計な感情はない。 だが、社員が一番知りたいことだけは入れてある。⸻社員各位昨日開催された臨時取締役会において、一部役員および幹部社員に関する調査体制の設置を決議しました。調査の公平性と事業継続を確保するため、当面の間、一部業務分掌と権限を変更します。顧客対応、開発、導入支援、サポート、採用、給与支払い、取引先支払いに影響はありません。社員の皆さんには、不確かな情報に基づく憶測や個人攻撃を避け、通常業務を継続してください。内部通報者、関係社員、調査協力者への不利益取り扱いは一切認めません。会社は、事実に基づき、適正な手続きで対応します。代表取締役社長高瀬悠真⸻ 悠真は最後まで読み、神谷玲奈へ視線を向けた。「これで出してくれ」「承知しました」 秘書室長の神谷玲奈は、すぐに配信予約を入れた。 八時十五分。 全社員にメール。 社内ポータルに掲示。 管理職向けには、別途説明資料。 顧客対応部署には想定問答。 人事部には相談窓口の増設。 情報システム部に
「それでは、臨時取締役会を開始します」 高瀬悠真の声が、役員会議室に落ちた。 午前十時。 株式会社ネクストリンク本社、二十七階。 普段なら新規事業や上場準備、採用計画、資金調達、主要顧客との契約更新などを話し合う場所だった。 だが、今日だけは違う。 会議室の空気が、妙に重い。 ガラス張りの壁の向こうには、いつも通り東京の街が広がっている。 車は流れ、人は歩き、ビルの窓は光を返していた。 世界は何も知らない顔で動いている。 その一方で、ネクストリンクの中枢では、会社の内臓に刃を入れる会議が始まろうとしていた。 長い楕円形のテーブル。 議長席には、高瀬悠真。 その右隣に、副社長の七瀬蒼真。 二十九歳。 悠真より六歳若い。 創業五年目に入社した天才肌のプロダクト責任者で、現在は開発・事業戦略を管掌している。 黒いジャケットに白いシャツ。 表情は柔らかいが、目は鋭い。 悠真が外部交渉と経営全体を見るなら、七瀬蒼真は会社の製品を未来へ引っ張るエンジンだった。 その隣には、取締役CFOの水城莉央。 三十一歳。 元外資系投資銀行。 上場準備、資金繰り、銀行交渉、資本政策を担う女性取締役だ。 数字に強く、余計な情緒を嫌う。 美咲が財務・人事管掌の専務として社内管理を見ていた一方、水城莉央は資本市場と金融機関に向き合う役割を担っていた。 左側には、専務取締役の高瀬美咲。 今日も美しかった。 白いブラウスに淡いベージュのジャケット。 落ち着いた髪。 役員としての笑顔。 十年近く、会社の顔の一人として振る舞ってきた女の顔だった。 悠真はその横顔を見ても、何も言わなかった。 そのさらに隣に、取締役CHROの宮園千晴。 三十三歳。 人事







