「……おやすみ」 美香の声が、静かな通路に消えた。 ノアは答えなかった。 彼女の腕の中で、目を閉じたままだった。 ついさっきまで、そこにあった微笑み。 最後に一度だけ、握り返してくれた指。 そのすべてが、もう動かない。 美香は、ノアの手を離せなかった。 「……榊さん」 「……ああ」 「ノア、連れて帰れる?」 榊は一瞬、言葉を失った。 「……機体のことか?」 「うん」 美香は、ノアの乱れた銀髪を整えた。 「このまま、ここに置いていけない」 榊は端末を確認する。 《N.O.A.H. CORE:OFFLINE》 《RECOVERABLE DATA:UNKNOWN》 「搬送はできる。だが、今すぐ復旧できるとは……」 「分かってる」 美香は頷いた。 「分かってるから」 それ以上は、言わなかった。 榊も、何も言わなかった。 やがて、非常用の搬送装置が到着した。 ノアの身体を移そうとした時、美香は思わず腕に力を込めた。 「……待って」 作業用AIが動きを止める。 美香は、ノアを見つめた。 「……ごめん」 彼の手を、ゆっくりと離す。 指先が離れた瞬間。 胸の奥が、引き裂かれるように痛んだ。 たったそれだけのことが。 こんなにも、怖かった。 * 地上へ出ると、空が明るくなり始めていた。 長い夜が、終わろうとしている。 街の交通網は、一部で停止していた。 それでも、医療施設の灯りは消えていない。 避難誘導用のAIが、人々を安全な場所へ案内している。 ORACLEの強制支配機構は停止した。 必要な機能を残したまま。 世界は、まだ動いている。 ノアが守った世界だった。 「……すごいね」 美香は、搬送装置の中で眠るノアを見た。 「ちゃんと、できたんだね」 返事はない。 「……頑張ったね」 美香は、透明な保護カバーに手を置いた。 「もう、頑張らなくていいよ」 その言葉を口にした途端。 涙が溢れた。 本当は。 もっと頑張ってほしかった。 もう一度、目を開けてほしかった。 自分の名前を呼んでほしかった。 「……ごめん」 美香は俯いた。 「そんなこと、言いたく
Zuletzt aktualisiert : 2026-09-21 Mehr lesen