「昨日のシチュー美味かったなぁ……今日で本当に辞めちゃうの?凪ちゅわん……」 「キモい。オッサンが変な言葉を使うなっ!」 黒石興業でのバイトも最後となった凪に付き添う京極。にじり寄る男たちからそれとなく凪をガードする。 「レシピは岳さんに伝えましたから。きっとまた作ってくれます」 「……岳、さん?」 男たちより先に反応した京極が、凪の腕を引いて部屋のすみに連れて行く。……振り返って男たちを追い払うことも忘れない。 「……どうして岳のことを名前で呼んでいるんだ?」 「それは……そのようにして欲しいと言われまして」 「……君は、頼まれれば誰でも名前で呼ぶのか?」 そうだ、と言いにくい雰囲気ながら、凪は言葉を選んで肯定した。 「恋人に言われたら、やめますけどね……」 壁ドン状態だった腕がだらりと下に垂れた。ひとつ拳で壁を小突き、複雑な表情で離れていく京極。 「凪ちゃん、小麦粉振るったけど、あと何をすればいい?」 「あ……はい!」 岳に呼ばれ、凪は京極の背中を見送りながらキッチンに向かった。 最後のこの日は、翌日から家政婦として採用されている女性への引き継ぎもあり、料理は約束のデコレーションケーキのみ。岳と新しい家政婦さんに手伝ってもらい、ケーキはスムーズに出来上がった。 「短い間でしたが、料理は趣味なので毎回とても楽しかったです」 出来上がったケーキを囲み、凪は黒石興業の社員に挨拶をする。別れを名残惜しむ男たちの涙に見送られ、凪は京極と共に屋敷をあとにした。 門を出たところで、凪は振り返って屋敷に一礼した。バッグの中に、約束した破格のバイト代が入っていて……その金額を思えば頭も下げたくなる。 「え?……黒石一家?」 門の横に、はじめて来た時に見た、小さな表札が無くなっていることに気づいた。代わりに立派な表札が掛かっているが……黒石一家とは? 「ごめん……実は隠してたんだが、黒石興業ってのは表向きの顔でな。実はここ、黒石一家っていう……まあ、そういう団体なんだ」 「冠婚葬祭の葬を担当してるって……」 驚く凪に、京極は頭をポンポンしながらなだめるように笑う。 「ごめんごめん……!京極家と長い付き合いの一家だから心配ないと思ったんだけど、岳がなぁ……若頭の岳が、危険な男でな」 「……若頭、ってことは、極道ってことですか?」
Zuletzt aktualisiert : 2026-10-04 Mehr lesen