竜也をそれ以上相手にせず、琴葉は右棟の広間へ入った。3階へ上がろうとしたちょうどその時、2階から下りてくる紗菜と鉢合わせた。琴葉の姿を認めた瞬間、紗菜の胸の内にどす黒い怨念が沸き上がった。全部この女のせいだ。昨夜、直美にひどく叱られただけでなく、今朝わざわざ竜也のところへ謝罪とご機嫌取りに行ったのに、彼は責めこそしなかったものの、明らかに態度が冷たくなっていた。自分が桑原家でこれほどいい思いをしてこられたのは、直美の後ろ盾はもちろんのこと、竜也を上手く丸め込んで機嫌を取ってきたからだ。それなのに昨夜、琴葉のたった数言で、竜也の心の中にあった「優しくて親孝行な、恩を忘れない健気な子」という自分のイメージは粉々にされてしまった。彼女は琴葉の前に歩み寄った。「琴葉さん。あなたが、おじさんが私に優しくするのをずっと妬んでたのは知ってるわ。でも、ちょっとあることないこと吹き込んで仲違いさせたところで、おじさんの愛情があなたに向くとでも思ってるの?」琴葉は危うく吹き出しそうになった。「ご心配なく。あんな安っぽいもの、誰もあなたと取り合ったりしないわ」その瞳に浮かぶあからさまな軽蔑と見下したような色に酷く自尊心を傷つけられ、紗菜の心に激しい憎悪が燃え上がった。どうして自分だけが、親も何の後ろ盾もなく、竜也夫婦の機嫌を取ってやっと桑原家で裕福な暮らしを与えられる身なのだろうか。それに引き換え、琴葉はどうだ。同じように母親を亡くした哀れな女のくせに、自分が彼女の居場所を奪い、父親の愛情を奪ってやったというのに、この女は成人するなり桑原グループの株式を15%も相続し、いとも簡単に帝都のトップに君臨する名門に嫁いでセレブ妻の座に収まっている。神様はなんて不公平なんだ。琴葉がどこ吹く風でいればいるほど、紗菜の胸の内に渦巻く嫉妬と理不尽な思いは濃くなっていった。桑原家の愛情もどうでもいい?要するに、今は結城家という強力な後ろ盾があるから強がっているだけじゃないか。「琴葉さん」紗菜は一歩歩み寄り、冷笑を浮かべた。「実の父親をないがしろにして、わざと家族の仲を裂こうとするなんて。昨夜のあなたのあんなに意地悪で悪辣な姿、碧斗さんは全部見てたわよね。彼があなたのことをどう思ったかしらね?」名門の家柄というものは、品行を何よりも重んじるものだ
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