子どもは好きじゃないと言っていたはずの暁人が、妊娠や出産の本を熱心に読み込み、舞来の妊婦健診には毎回付き添って、ベビールームまで心を込めて整えるようになった。そして火事が起きたあの日も。暁人は迷うことなく舞来を抱き上げ、炎の中を駆け抜けていった。「暁人――ッ!」和葉はかすれた声で夫の名を叫んだ。けれどその声は、燃え盛る炎の轟音にかき消されていく。「助けて……私、ここにいるの……」暁人の足が、一瞬止まったように見えた。立ち込める黒煙の向こうで視線が交錯し、その瞳に明らかな躊躇いがよぎるのを、和葉は確かに見た。だが次の瞬間、舞来が彼の手をぎゅっと握りしめた。「星山社長、早く外に出ましょう?私、怖くて……」「大丈夫だ」暁人の声は、残酷なほど優しかった。「俺がついてる。家族3人で、必ず無事に出られる」家族3人。その一言が鋭い刃となって、和葉の胸を深々と貫いた。暁人が舞来をかばいながら玄関へ走り出したそのとき、燃えさかる梁がまた1本崩れ落ち、今度は和葉の背中を直撃した。薄れゆく意識の中、彼女の脳裏をよぎったのは、5年前の事故だった。ひどい雨の日だった。レストランを出たばかりのふたりに向かって、制御を失ったトラックが歩道へ突っ込んできた。和葉はほとんど本能で、暁人を突き飛ばしていた。下腹部から全身へと激痛が広がり、暁人が喉も裂けんばかりに自分の名を呼ぶ悲痛な声が聞こえた。目を覚ますと、医師から冷酷な宣告をされた。子宮の損傷がひどく、もう一生妊娠は望めない、と。「別れよう」退院の日、和葉は目を赤くして暁人に告げた。「あなたは星山家の一人息子でしょう。跡継ぎが必要なはずよ」あのとき、暁人はなんと答えたのだったか。彼は和葉を病室の壁に押しつけ、息もできないほど激しく口づけた。「和葉、俺はお前だけでいい!子どもがいないなら、ふたりで生きていけばいい!家のことは俺がなんとかする」一族を説き伏せるため、暁人は本家の仏間で一昼夜正座を続け、家のしきたりに従って数えきれないほど竹刀で背中を打たれた。母親は泣きながら嘆き、父親は怒りに任せて湯呑みを3つも叩き割った。最後には祖父が深々とため息をつき、好きにしろと折れたのだった。熱風の中、結婚式の日の光景がよみがえる。ベールを上げた暁人の目は
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