窓ガラスを打ち据える雨音が、静まり返った室内でやけに大きく響いていた。 六月。梅雨特有の重く湿った空気が、同棲マンションの寝室に淀んでいる。高校を卒業してすぐに始まった慶吾との生活は、すでに二年余りが経過していた。その間、二人はまだ一度も身体を重ねられていない。 薄暗い部屋の中で、杏莉はひんやりとしたシーツを強く握りしめた。 扉が開く鈍い音とともに、廊下の明かりが細長く床に伸びる。慶吾が寝室へ足を踏み入れてきた。微かに漂うアルコールの匂いと、彼の纏う鋭くスパイシーな香水の香りが鼻をついた。「おい、芋女」 無造作に放たれた冷たい声の直後、強い力で肩を掴まれ、杏莉はベッドへ押し倒された。 背中に柔らかなマットレスの感触が広がる。見上げると、端正な顔立ちに傲慢さを滲ませた慶吾が、杏莉を見下ろしていた。 乱暴な手つきで衣服のボタンが外されていく。布擦れの音が耳元で響き、室内の空気が剥き出しになった肌を冷たく撫でた。(応えなければ――) 杏莉は固く目を閉じ、奥歯を噛み締めた。 これは父の会社を救うための、大切な政略婚約だ。烏丸家からの出資と援助がなければ、真鍋精機はとうの昔に倒産していた。父を安心させるためにも、婚約者である慶吾との関係を深め、妻としての務めを果たさなければならない。彼から向けられる冷淡な態度も、家政婦のような扱いも、すべては応えられない自分が悪いのだ。慶吾を責めるつもりはない。婚約者として、身体を開くのは当然の義務なのだから。 彼の指先が鎖骨をなぞり、下着ごと布が剥ぎ取られていく。 自分から受け入れようと、杏莉は深呼吸を繰り返し、身体の力を抜こうと試みた。頭では痛いほど理解している。「怖い」という感情はとっくに眠っているはずだ。彼に身を委ねて、ただ流されればいいだけだと、自分に言い聞かせる。 だが、慶吾の大きく重い身体が覆い被さり、彼の滾る熱が直接肌に押し当てられた瞬間――。 杏莉の身体は、自らの意思を完全に裏切った。 全身の筋肉が意思に反して石のように硬直する。皮膚に粟が立ち、冷たい悪寒が波のように広がっていく。血の気が引き、指先から急速に体温が奪われていくのが分かった。 呼吸が浅くなり、肺が空気を拒絶する。喉の奥が痙攣したように塞がり、掠れた息が漏れた。(だめ、どうして) 受け入れたいのに。応えなければならないのに。
Last Updated : 2026-09-27 Read more