私が研究枠を後輩に譲った後、彼は取り乱した南極観測隊のメンバー名簿が公表されたその日、私は土屋時彦(つちや ときひこ)が残り一枠を彼の後輩の森紗月(もり さつき)に与えるのを目にした。
紗月は弾むように尋ねた。
「じゃあ、夏川さんはどうするの?夏川さんはこの機会のために三年も準備してきたんだよ」
時彦は微笑みながら言った。
「君が初めて南極に行くんだから、むしろ君にこそこのチャンスが必要だ。俺には来年も再来年も南極に行くから、その時に彼女を連れて行けばいいさ」
だが、そもそも南極へ一緒に行ってクジラを撮ろうと言い出したのも、時彦だった。
三日間徹夜して彼の論文の校正を終えたばかりのその画面を見つめながら、私はふと虚しさを覚えた。
泣きもしなかったし、騒ぎもしなかった。ただ、その論文を紗月に送り、ついでにメッセージを添えた。
【時彦の最終稿です。あとは任せます】
それから背を向け、熱帯雨林プロジェクトの責任者のオフィスの扉を叩いた。
【中世古(なかせこ)教授、ぜひチームに参加させてください】
その間、時彦はずっと私にメッセージを送っていた。
【南極観測隊の件、帰ったら話すよ。どんなケーキが食べたい?】
私は返さなかった。ただ、中世古教授からの応募用紙を受け取っただけだった。
南極は氷と雪の世界だ。寒すぎる。もう行きたくない。