訳の微妙な陰影を英語に落とす作業は、しばしばパズルを解くような感覚になる。僕が『源氏物語』の一節で「
無碍の境地」という語に出くわしたとき、まず最初に考えるのは語が担う機能──宗教的、詩的、あるいは哲学的な響きだ。
学術的な場では "non-obstruction" や "non-obstruction of phenomena" と訳されることがあり、これは仏教用語としての正確さを保てる。だが英語圏の読者に自然に届かせたいなら、"unfettered openness" や "unimpeded freedom" のような語が感覚的に近い。前者は詩的で余韻を残し、後者は説明的で直接的だ。
訳語を選ぶときは読者層を優先する。学術論文ならば専門用語を選び、文学翻訳ならリズムや響きを重視する。字幕やゲームのローカライズでは短く伝わる "unfettered" や "unhindered" が実用的だと僕は考えている。最終的に、原文の文脈を尊重しつつ、英語として自然に響く方へ寄せるのが肝心だ。