三百枚目の借用書
私は宮本奈穂(みやもと なほ)。十歳から十八歳までの八年間、両親に言われるまま、二百九十九枚もの借用書を書かされてきた。
両親からお金をもらうたび、それは必ず借り扱いにされ、成人したら返せと約束させられる。
交通事故に遭い、治療費を支払う段になったとき、六万円足りなかった。
追い詰められた私は、仕方なく両親に頭を下げる。
けれど返ってくるのは、冷ややかな笑みだけだ。
「奈穂、あなたもう十八歳なんだよ。親としての金銭的な責任はもう終わりだ。どうしてもなら、借用書をもう一枚書きなさい」
私は涙をこらえながら、三百枚目の借用書を書きつける。
手術が終わってスマホを開くと、両親の養女である妹の宮本美緒(みやもと みお)のインスタの投稿が目に飛び込んでくる。
海外のクルーズ船で十八歳の誕生日を祝う彼女。取り巻きに囲まれて、まるで小さなお姫さまのように輝いている。
両親からの贈り物は、都心の広いマンション一室と一台のマセラティだ。
そして、私の幼なじみ――藤原涼太(ふじわら りょうた)も、彼女に向ける眼差しは愛に満ちている。
投稿にはこう綴られている。
【最愛の人たちが、私にいちばんいいものをくれた。ありがとう】
私は手の中でくしゃくしゃに握りつぶした借用書を見下ろし、不意に笑う。
すべてを返し終えたら、こんな家族なんて、もういらない。