月は一人しか照らさない
私は、ヤクザの大物である須崎錦治(すざききんじ)が、彼の愛する女、温井百恵(ぬくいももえ)のために直々に選んだ身代りだ。
結婚三年目、私は八度目となる仇敵による拉致に遭った。
錦治が救出に現れ、交渉は五分も経たないうちに、百恵から電話がかかってきた。
「錦治、私、ゲームで負けちゃって、その場にいる男の人とキスしなきゃいけないの。でも初めてのキスはあなたにあげたいの。
会いに来てくれる?」
錦治はためらうことなく立ち去り、その瞬間、刃が私の腹に突き立てられ、鮮血が噴き出した。
彼の部下たちは、過去七回と同じように金で片づけ、私を病院へと送った。
救急車の中、誰かが、私が百恵が一人前になる日まで生きていられるかどうかを賭けている。
彼らは大笑いし、泣いているのは私だけだ。
ヤクザの大物を救うという任務は失敗し、私はシステムに消されようとしている。
錦治、私はもうその日まで生きられない。