春とは、巡り逢えぬまま
電話が鳴ったのは、蘇原菫(そはらすみれ)が段野寒夜(だんのかんや)と、別荘のソファで激しく抱き合っている最中だった。
熱気が一気に高まり、彼女は思わず首を反らし、細い首筋をさらけ出しながら長く息を吐き出した。
「や、優しくして……」
その時、寒夜は片手で電話に応答した。向こうからは、焦った声が飛び込んできた。
「寒夜、璃宛が、あなたが身代わりを探してるって知って、泣きながら飛び降りようとしてるんだ!」
その言葉に、重なっていた男の動きがぴたりと止まる。欲望に染まったその瞳も、次第に冷静さを取り戻していく。ただ、何も言わず沈黙していた。
電話の向こうではまだ声が続く。
「彼女、昔あなたと別れたくなくて、死んだふりまでして海外に行ったじゃないか。今さら苦しかったとか言って、こんな騒ぎまで起こして……本当に何考えてるんだか……」
菫には、なぜ彼が黙り込んだのかわかっていた。
七年前、彼の幼なじみである草薙璃宛(くさなぎりおん)が亡くなったという知らせが届いた。
だが、ほどなくして彼は知ることになる。彼女は死んでなどいなかった。新しい名前で海外で生きていたのだ、と。