月明かりの果てに
夏目汐(なつめ しお)の夫は、東都の法曹界で「無敗将軍」と称えられる長坂研一(ながさか けんいち)である。
彼らは世間から見れば理想の夫婦だった。
しかし、彼女を自らの手で刑務所へ送り込んだのも、また彼であった。
理由はただ一つ、彼の初恋の人である篠田裕美(しのだ ゆみ)が激情により過失致死、つまり汐の父を殺してしまったからだ。
本来なら彼女の正義を貫くべき夫は、法廷で彼女の対峙する側に座り、彼女が殺人に関与した証拠を提出したのである。
三年間の刑務所生活で、彼女はありとあらゆる苦しみを味わった。
彼が残したのは、ただ一言の「ごめん」、そして「待っている」という言葉だけだった。