桜が散るように、想いを手放す
新居の内装工事が終わった日、マスターベッドルームの壁に掛けてあった桜の絵が掛け替えられているのに気づいた。代わりに飾られているのは、ひまわりの絵だ。
藤原景吾に尋ねると、彼はあっけらかんと答える。
「知花がこれがいいって言うから、ついでに変えておいたんだ。
どうせお前、こういうのよく分からないだろ」
だけど、あの桜の絵は、亡き母が私・林莉桜のために描いてくれたものだ。桜の絵がなくなった壁を見つめたまま、しばらく言葉が出ない。
また泣き出すとでも思ったのか、景吾は苛立ったような声を出す。
「たかが絵一枚で、大げさに騒ぐなよ。
知花は内装の手伝いをしてくれてるだけだ。お前よりセンスがいいしな」
後になって知った。変えられていたのは、あの絵だけじゃなかった。
ウォークインクローゼットの棚は、景吾の幼なじみ・逢坂知花の身長に合わせて高さを調整されていたし、キッチンの色も、彼女のお気に入りのミルキーホワイトになっていた。
ベッドサイドのランプも、「明るすぎると眠れない」という彼女の一言で、景吾がわざわざ取り替えたものだ。
ここは、私と景吾の新居になるはずだったのに。結局、私はただ住まわせてもらっているだけだ。
手のひらにある新居の鍵をじっと見つめている私に気づいて、景吾が眉をひそめる。「また何か文句があるのか?」
静かに首を振る。窓の外では、桜が満開に咲き誇っている。ふと、花が散る時は何の音もしないのだと思い出す。
私が彼への想いを手放す時と、同じように。