私の死後、私を憎んでいた夫は狂ってしまった
雪崩に巻き込まれて命を落としてから十日目、夫・三浦達也(みうらたつや)はようやく私のことを思い出した。
それは、彼の初恋の相手・浅野莉緒(あさのりお)が再生不良性貧血を患い、私の骨髄を必要としていたからだった。
彼は骨髄提供の同意書を手に家に戻り、私に署名させようとした。だが、家の中はもぬけの殻だった。
莉緒はか弱く達也の胸にもたれ、こう呟いた。
「沙良は、私のことが嫌いだから、骨髄を提供したくなくて、わざと家出したのかしら?
……やっぱりいいわ、もう少しだけ我慢できるから」
達也は彼女を気遣い、優しく慰めた。
「大丈夫だ、俺がお前を守る。
ただ骨髄を提供するだけだ。命を落とすわけじゃない」
そう言って彼はスマホを取り出し、私にメッセージを送った。
【どこにいようと、すぐに戻ってきて提供同意書に署名しろ。
人は自分勝手すぎてはいけない!莉緒の病気は深刻なんだ、早く骨髄移植をしなければ死んでしまう。ただ骨髄を提供するだけだ、命まで取られるわけじゃない!
もしまだ拒むなら、お前の母親の治療費を打ち切る!】
……達也。
あなたが莉緒を連れてスキー場を離れたあの日、私はすでに死んでいた。
お腹の子と一緒に、雪崩のあと降りしきる雪に埋もれて。
そして母は、私を助けようとして、狼に引き裂かれて命を落とした。
そのことを、どうしてあなたは知らないの……