武士の国ジポングの首都(王都)を「江都」という。他国の王都同様、王(ジポングで言うところの『将軍』)の居城を中心に、城下町が広がっている。 王城――江都城の周りには堀が有ったり、城壁が有ったりする。しかし、城下町には何の防衛機構も無い。「平和だね?」と、いう訳ではない。 実は、城下町自体が江都城の防衛機構なのだ。城下に暮らす領民は、ちょっとだけ涙目になっても良い。 尤も、そこは武士の、武士に因る、武士なりの考え。元より籠城戦となれば、領民を城に押し込めるつもりなのだ。城内には領民を匿う設備や、備蓄がタンマリ有った。まあ、それはそれとして。 現在、江都城内、他国でいうところの「謁見の魔」に、奇妙な「男女」の姿が有った。 歳の頃五十代――もしかしたら四十代後半と思しき男性と、十代前半――もしかしたら十歳未満と思しき女性。 二人は一見、親子。しかして、その実態は夫婦。しかし、只の夫婦ではない。二人の額から「大人の手」と形容できるほど大きな「角」が生えていた。 明らかにティン族。それも、王侯貴族級にデカい。さもありなん、宜なるかな。二人は王族だった。 ティン王国国王ムケイ・ティンと、その妻、王妃マルコ・ティン。 そんなやんごとない身分の二人が今、畳敷きの広間のど真ん中で、武士達に囲まれながら平伏していた。 何してんねん? 居合わせた武士、ジポングの為政者(将軍の近習)達は、二人の正体を知らない。それでも、「絶対に只者ではない」と直感して、二人をジト目で見詰めていた。彼らの主である将軍、徳下良月も「何かトンデモナイのが来ちゃってるぞ」と思いながら、引きつった笑みを浮かべていた。 そんな異様な雰囲気の中、平伏していた男女の内、男性の方が声を上げた。「余――いや、我が王ムケイ陛下から、将軍様宛の『親書』を預かっております」 親書。そこには現況の理由や意味が書いてある――かもしれない。居合わせたジポングの為政者達は、親書の内容に期待した。それを確かめたい気持ちも沸いた。 しかし、その前に「ちょっと気になること」が有った。 今、「余」って言ったよな? 余。とても偉い人が使う一人称である。それを許されている存在は、惑星マサクーンに於いては「王」、ジポングに於いては「将軍」唯一人。その事実は、将軍良月を含め、
奇妙な広間だった。藁を編んだ「畳」という床の上に、髪を結った複数名の中高年男性が座っている。その男達は、それぞれ「裃《かみしも》」と呼ばれる東方の民族衣装をまとっていた。 ここは異国。アゲパン大陸の東端に在る島国。その名も「ジポング」という。 現況は「ジポングの支配者」の居城だ。その中に有る大広間、他国で言うところの「謁見の間」であった。 一見、「変わった謁見の間」である。しかしながら、構造や機能は他国のそれと同じだ。 広間の最奥は「厚畳」と呼ばれる一段高い場所になっている。そのど真ん中に、歳の頃四十後半、或いは五十か? よほど苦労しているのか、年齢を特定し難い老け方をした男性が胡坐を掻いて座っていた。 その男――よく見ると、ちょっとイケメン。「若い頃はさぞやオモテになられた」とは、想像に易い。 しかし、実は一途な愛妻家。奥さん以外の女性に指一本触れていない。 その「貞操観念の権化」というべき男の名は「徳下良月《トクシタ・ラツキ》」という。 良月はジポングの武士を束ねる総大将であり、それ故にジポングを支配する「王」だ。ジポングでは、王のことを「将軍」という。良月は二十二代目の将軍だ。 その良月の前に、奇妙な二人組が平伏していた。 良月と同年代の男性と、十代前半と思しき少女。 それぞれ、ジポング的に「異国の衣装」をまとっている。しかし、奇妙なのは意匠だけではなかった。 男女の頭には「角」が生えていた。それも、「大人の手」と形容するほどデカいやつが。そのデカさは――そう、「王侯貴族級」なのだ。一目瞭然なのだ。 ところが、当人達は全力で身分を偽っていた。「我々は、ティン国王ムケイ陛下から遣わされた使者に御座います」 五十代男性が自己紹介した際、良月を含めた武士達が一斉に首を傾げた。 それ、絶対嘘だよね? 皆、男女の頭に生えた角――「ティン(或いはティンティン)を見ていた。実際、「それ」が一番分かり易い。しかし、例えティンが無かったとしても「普通の使者」とは思わなかっただろう。 ティン族の使者(自称)達の体から、抑えきれないほどの威厳が漂っている。それも、自分達の王(将軍)をも凌ぐほど。 このような偉人が、只の使者のはずが無い。 誰もが「これ、ほんとマジヤバいやつ」と直感していた。そして、「それ」は正鵠ど真ん中を深
アゲパン大陸北方、天壁ピタラ山脈の麓に在る白い城塞都市「王都オーティン」。 ティン王国最古の都市であるが故、オーティンには様々な名所旧跡が存在している。 その内の一つ、都市の中心(王城)から、ちょっと南寄りに「中央広場」と呼ばれる開けた場所が有った。 ピタラ石を敷き詰めた、直径三百メートルの大真円。そこは今、額に角を生やした人間(ティン族)」で溢れ返っていた。それこそ「王都中のティン族が集まっているのでは」と錯覚するほど。 何故なのか? その謎を解く鍵は、人海の中心に設けられた「木(ゲッパク)製の建造物」に有った。 それは、急造した「野外舞台」であった。 舞台の上で、人間(真人間族)が大声を張り上げながら動き回っている。 人間達は皆、「羽織袴」という異国の衣装をまとっていた。頭に髷を結って、腰に打刀を差している。 その格好は、東方の島国「ジポング」に住む「お武家様」のものだ。 お武家様が、鬼(ティン族)の集団に囲まれている。その様子を地球人が見たならば、「お労しや」と手を合わせてしまうだろう。 実際、お武家様方も生きた心地がしていなかった。しかし、彼らは逃げなかった。舞台の上から降りなかった。 そもそも、お武家様達には「鬼(ティン族)を楽しませる」という使命を持っていた。それを果たす為、この国(ティン王国)にやってきたのだ。 お武家様達は、全員「役者」だった。それも、ジポングで最も有名な演劇集団、その名も「ジポング歌劇団」の団員だ。 今日の演目は「甘えん坊将軍」という痛快娯楽現代劇。 物語の内容を簡潔に表現すると、「ジポングの最頂点に君臨する将軍が、あの手この手で色んな人に甘えまくる」といったところ。人気シリーズであるが故に、和数も多く、お約束の展開も多々有った。 しかしながら、今日の話は少々「特殊」な内容になっていた。 舞台の上では、複数のお武家様達が円を描くように並んでいた。彼らは全員内側を向いていた。その円心には一人のお武家様(壮年)の姿が有った。 そのお武家様こそ、物語の主人公「徳俵新之助《トクダワラ・シンノスケ》」。その正体は当代将軍「徳下値吉好《トクシタネ・ヨシヨシ》」である。 当然ながら架空の人物である。 今、新之助(吉好)は単身で敵地(悪代官宅)に乗り込んでいた。そこには悪代官と、その手
惑星マサクーン最大の陸地、アゲパン大陸。その「臍」というべき中央部に在る国、オニクランド共和国。その領土の中心に聳える山脈、オツパイン樅帯。その頂上部に群生するオツパイン樅の木の下で、白い革コートを羽織った貴公子と淑女の姿が有った。 貴公子の名はデッカ・ティン。淑女の名はリザベル・ティムル。 リザベルは、大きな樅木に背中を預けるように立っている。デッカは、リザベルの真正面に立っている。 うら若い男女が大きな樅木の下で向かい合っている。その現場に出くわしたなら、脳内に「仲良く遊びましょ」と、楽しげな幻聴が響き渡ったとしても致し方無し、宜なるかな。 しかし、その幻聴は一瞬で雲散霧消する。現況が醸し出す空気は「ラブラブ」ではなく、どちらかといえば「修羅場」に近い。 二人の間に剣呑な緊張感が漂っていた。しかしながら、それを醸し出しているのはリザベルだけ。デッカの方はと言うと、「訳が分からない」と言わんばかりの困惑顔で首を傾げている。 デッカの視線の先には、彼の右手が有った。それは、リザベルの左手に握られていた。その行為に関しては、デッカ側には何の疑念も無かった。問題は、「その奥に控えた物体」に有った。 二人の手は「リザベルの胸」の辺りに掲げられていた。その行為は、リザベルの方から仕掛けたものだった。デッカには意味が分からなかった。 デッカの頭上に「?」が浮かんだ。そのタイミングで、リザベルが謎の呪文を唱えた。「どうぞ、『お揉み』下さいませ」 「え?」 デッカの首が一層傾いだ。頭上の「?」の数も増えた。しかし、混乱しているのは彼だけではなかった。 この場には、デッカ達の他に、樅の影から二人を見守る護衛者、護衛隊、オニクランド共和国大統領夫婦がいた。彼らの首も一斉に傾いでいた。その困惑の空気は「元凶」にも届いていた。「あ、私としたことが」 マスクに隠れたリザベルの目に、正気の色が戻った。彼女は冷静になった。その上で、現況に対する「彼女なりの最適解」を告げた。「繋いでいては、お揉みできませんわ」 リザベルは、直ぐ様デッカと繋いでいた手を解いた。その行為によって、デッカの右手は解放された。その事実を直感した瞬間、リザベルは頬赤らめながら胸部を突き出した。「どうぞ」 「えっと?」 一体、何が「どう
デッカとリザベルは、現在「国賓」として、オニクランド共和国の特産品「オツパイン」の群生地を視察していた。 二人にとっては異国の地。二人の身を守る手段は、ティン王国内とは比較にならないほど少ない。 だからこそ、「護衛役」は頑張らなければならなかった。 デッカ専属護衛役、ブラリオ・ツィンコは、その全身に緊張感御漲らせながら、デッカの一挙手一投足に意識を集中していた。その視界には、デッカの隣にいる「イケメン豚面大男」の姿も入っていた。 イケメン豚面大男、オニクランド共和国大統領サイゼル・ポーク。 サイゼルは「デッカ達の案内役」として、オニクランドに付いて、あれやこれやと説明している。 今も、デッカの求めに応じるまま、オニクランドの独産品「オツパイン」に関する情報を提供し続けていた。その会話の内容は、ブラリオの聴覚にシッカリ捉えられている。「オツパインは、私も大好物でして。冬の間は食後のデザートの定番にしているのです」 「そんなに美味しいのですか?」 「はい。それだけでなく、見た目も素晴らしいのです」 「見た目――ですか?」 ブラリオの視界の中で、白い防寒服の貴公子(デッカ)がオツパイン樅を見上げた。その様子は、デッカの隣にいるサイゼルの視界にも映っていた。「樅木の下からでは分かり難いでしょう。宜しければ――」 サイゼルは、牙が突き出た口に微笑みを浮かべた。その僅かに吊り上がった口の端から、表情に見合った優しげな声が漏れ出た。「オツパインもご覧になりますか?」 「はい。オツパインも見たいです」 サイゼルの提案に、デッカは即応で食い付いた。 ここまでの会話に対して、ブラリオは全く違和感を覚えなかった。 ところが、デッカが「オツパインも見たいです」といった直後、異変が起こった。その様子は、リザベル専属護衛役、シア・ナイスの視界にも映っていた。 シア・ナイスは、極度の緊張状態にあった。心の中では戦闘態勢に入っていた。 そもそも、辺境伯量の騎士(騎士団副団長)である彼女にとって、外国とは即ち「敵国」なのだ。脳内で「相手は同盟国」と分かっていても、心は容易に受け入れ難い。 いっそ、斬り捨ててしまおうかしら? シアの心中では、戦闘狂の悪魔が「斬っちゃえ。斬っちゃえば楽になれるよ」と、散々シアをけしかけていた。 そんな折、シア
アゲパン大陸の中央部に「オニクランド共和国」という国が在る。 君主制の国が多い惑星マサクーンに於いて、「珍しい」といえる国民主権の国だ。地球の歴史を鑑みれば「将来有望」と言える。その主要民族は、やはり普通の人類種――ではなく、「オニク族」という亜人種だ。 オニク族。その外観は豚面で大柄、太っちょだ。地球で言うところの「オーク」に近いだろう。その戦闘能力も、オークに勝るとも劣らない。 実際、オニクランドの軍隊は他国が一目置くほど精強だ。新しい戦法を練ったり、武器を開発したりしている。いつでも、どことでも戦争をする準備は整っていた。 しかし、実際にオニクランドから喧嘩を吹っ掛けたことは、建国以来一度も無かった。彼の国には、それを躊躇う「地政学的理由」が有った。 オニクランドは「大陸中央」に位置している。「全方位他国に囲まれている」のだ。 何れかの国と揉めれば、それ以外の国が「これ幸い」と攻め入ってくることは、予想に易いだろう。 戦争する訳にはいかなかい。他国に戦争の口実を与える訳にはいかない。 オニクランドでは「富国強兵」と「他国との友好」は絶対的な国是なのだ。文字通り「国の支柱」だ。どちらかが折れれば国はアッサリ傾く。だからこそ、国民に選ばれし為政者達は、何を措いても「支柱の維持」に腐心する。その為に有効な手段が有れば、迷わず飛び付く。「何か凄い強化してくれるカップルがいるぞ」と聞けば、試してみたくもなる。「では、呼びますか?」 「「「「「そうですね」」」」」 オニクランドの評議会で「デッカとリザベルを国賓として招待する」という議案が賛成多数で可決された。 かくして、デッカ達は二名のお供を従えて国境を渡ることとなった。勿論、それを実現する為のオニクランド側の努力も抜かりなし。 ティン王国との軍事同盟の締結。 デッカ達が外遊中、オニクランド大統領(国家元首)の子ども達(兄妹)が(人質として)ティン王国首都オーティンに滞在する。 今回の件に対する賂、無表情で有名なアリアナ・ティルト侯爵令嬢がにんまり微笑むほどの大量の「黄金色の菓子」——等々。 ティン王国の為政者達が揃って「うむむ」と唸り声をあげるほどの旨味が、湯水のように提供された。それ等を目の当たりにして、ティン王国側でも「オニクランドと仲良くしよう」とか、「