学生時代からの恋人である、守里 流(ながれ)から突然の婚約破棄!? その理由は彼の会社の御曹司、神楽 朝陽(あさひ)という男の所為だと聞かされた鈴凪(すずな)。 あっさり恋人に捨てられてしまう鈴凪。 怒りにまかせて、婚約破棄の原因である神楽 朝陽に会いに行くが…… 「元カレに復讐するつもりなら……いっそ、世界一の愛され花嫁になってみないか?」 追い詰められた鈴凪に、謎の提案を持ちかける神楽。 どうやら彼も、なにやら訳ありのようで――? 眼鏡を外すとドSに変貌する御曹司、神楽 朝陽 × 明るさと前向きな姿勢が取り柄の雨宮 鈴凪 元カレの流に復讐するため、鈴凪は朝陽の愛され花嫁になりきるはずだったのだがーー?
もっと見る「ええと、お約束はされてますでしょうか? でなければ、ちょっと……」
有名企業の自動ドアをくぐって直ぐ、受付担当の若い女性が困ったような表情で私をその場に引き止めてきた。 当然と言えば当然の足止めを食らって、どうしようかと迷っている時。偶然にターゲットが数人の部下と共に歩いてこちらに向かってくるのが見えた。 すぐ隣の美人は秘書……だろうか? 上司と部下にしては、随分距離も近いように見える。彼に聞いた通り、きっと軽薄で無責任な男に違いない。 「ああ、もう大丈夫です。今日の私は運が良いみたいなので」 「え? あの、お客様!?」 新人であろう受付の女性からの返事も聞かず、私は目的とする人物へと迷いなく向かって行く。 ……この時の自分がちょっとラッキーどころか、完全に幸運の女神に見放されているとも知らずに。 ターゲットの目前に憮然と立ちはだかり、これ以上ないくらいの笑顔を相手に向けた。 「あなたが神楽《かぐら》朝陽《あさひ》さん、ですよね? はじめまして、そして……!」 「は? え、おいっ!? ……っぐ!」 すぐに標的を殴れるようにと準備しておいた拳を、その男めがけて遠慮なく繰り出した。突然現れた女に殴られることなど予想しなかったであろう、その男性は私の拳を顔面で受け止める羽目になったのだが。 それでも私の怒りはとてもじゃないが納まらない。この男の所為で自分の人生が大きく狂わされたのだと思うと、後二~三発ほど殴らせてもらいたいくらいで。 「お、お前はなんてことをしてるんだっ! この男性が誰なのかを知らないのか!?」 「いいえ、ちゃんと知ってますよ。神楽 朝陽、この神楽グループの御曹司様でしょう? 最初に名前を確認したじゃない」 コイツの取り巻きか何からしい男が私に真っ青な顔してわあわあ言ってくるけれど、そんなこと知った事じゃない。私がここまでするのにはちゃんと理由がある、これは立派な復讐なんだから。 「……へえ、じゃあ貴女は俺を神楽 朝陽だと知ったうえでこの暴挙に出たと? 随分勇気ある女性ですね、面白い」 「そう? 私は全然面白くないけれど。こういうのがお好きなら、もっと殴って差し上げましょうか?」 そうは言ったものの、すでに私は数人の男性から身体を拘束されているので実現するのは難しいだろう。 一回だけなのに殴った拳はジンジンと痛いし、ギリギリと複数人に抑えつけられていて窮屈だ。 ……これも全部、元はと言えばこの男のいい加減で軽薄な行動の所為だというのに。薄っすらと意地の悪い笑みを浮かべる神楽 朝陽を、私は負けじとギリギリと睨み返しすしか出来ないが。 ――それでも私が、こんなとんでもない行動に出たのにはちゃんと訳があって。 けれど感情的になって喧嘩を売った相手が、この神楽朝陽でなかったら……そう何度も彼に悩まされ、この胸を痛めなければならない未来が待ってるなんて。 この時の私は、本当にこれっぽっちも想像していなかった。「そう簡単に逃がしてもらえると思ってるのか? この俺にあんな事をしておいて」「いや、あの~……別に、逃げるつもりだったわけでは……」 ない、とも言い切れない。神楽《かぐら》 朝陽《あさひ》の視線が怖ろしくて、どこかに隠れたいと思ったのは事実だから。でもそんな私の気持ちにはお構いなしで、彼は思い切り距離を詰めてくる。 ……いや、ちょっと近すぎないですか? 凄〜く怖いけれど、神楽 朝陽は間違いなく女性にモテる顔をしていて。心臓がバクバクと音を立てているのは恐怖だけではない気がしたが、あえて気付かないフリをする。 そんな私を揶揄うかのように、彼は親指と人差し指だけで私の顎を持ち上げ強引に視線を合わせた。「勤め先、年齢、最終学歴。あとは、そうだな……趣味と特技ってところか」「……はい?」 言われた言葉の意味が分からず、ポカンと神楽 朝陽の顔を見つめた。 ああ、やっぱりかなりの美形だ。これで御曹司という立場なのだから流の言った通り、きっと女性も選り取り見取りに違いない。 そんなことをぼんやりと考えていたためか……「いっ! いひゃい、ちょっ……いひゃいでふ!」「この状況で俺の顔に見惚れてるなんて、随分余裕があるじゃないか。俺は同じことを二度言わされるのが死ぬほど嫌いなんだが、お前はどうして欲しい?」 両頬を思い切り指で引っ張られて、その痛みから逃れようと必死に顔を背けようとする。自分本位な要求ばかりを押し付けてくるこの人を相手にしていることで、流石に眩暈がしそうになりながら。 ……だけど、どう考えても悪いのが自分だということに変わりなくて。このまま彼の滅茶苦茶な要求も、甘んじて受け入れる覚悟を決めようとしてたのだけど。「……で、アンタの返事は?」 そう言ってにやりと笑う神楽 朝陽は、絶対に性格が悪いと思う。私の答えを待っているように見せかけて、こっちが焦っているのを楽しんでいるのだから。 たとえ私がどんな返事をしても、きっとこの男に都合よく言い換えられるに違いない。 それならば……「私の勤め先は堂崎《どうざき》コーポレーションで、そこで営業補佐をしています。歳は先月二十五になったばかりで、最終学歴はW大卒業です。他は……確か、趣味と特技でしたよね?」「……へえ、あんな状態でもちゃんと聞いてたのかよ」 別に神楽 朝陽の質問を聞いていなか
「……すみません、シャツ汚しちゃって」 無言で慰めてくれたいた神楽《かぐら》 朝陽《あさひ》、いつの間にか私は彼のシャツを掴んで泣きじゃくってしまっていたらしく。 申し訳なさから、彼と顔を合わせる勇気もなくそう謝ったのだが……「別に構わない、貴女に請求する迷惑料の中にちゃんと付け加えておくから」「め、迷惑料っ!? いったい何のことですか!」 まさかそんなことを言われるなんて思っていなかった私は、驚きで今度は神楽 朝陽のスーツのジャケットを掴む。 だって、そんな……? すると神楽 朝陽は、かけていた眼鏡のテンプルを指でつまんで外す。眼鏡姿も似合っていたが、外すと彼はまた違った魅力があって。 野生の獣を思わせるような切れ長の瞳が細められて、一瞬だけドキリとする。まるで、自分が獲物として狙われているのかと感じてしまったからだ。「なんの事か、だと? 面白いことを言うんだな。今日・アンタが・ここのロビーで・俺に・何を・したのか、まさかそれさえもう忘れたとでも?」「……そ、それは」 何となく彼の口調が変化したような気がしたが、それについて考えている余裕はなく。 神楽 朝陽が、私が誤解で彼を殴った事について話しているのだということは分かる。実際……この人は流《ながれ》が私を騙すために、勝手にその存在を使われていただけなのだろうし。 流からすれば御曹司を相手に、私が会いに行くなんて思いもしなかったに違いない。だからああもサッサと逃げるように会社の外に出たのだろうから。 しかしいくら流が原因だったとしても、神楽 朝陽を殴ったのは私。その事実はどう足掻いても変わらない。「でも、私にはお金なんて……」 正社員で働いているとはいえ、一人で暮らしのためそう余裕のある生活はしていない。その上、結婚資金として毎月給料日に流《ながれ》に五万も渡していたのだから貯金も無くて。 そんな状態で迷惑料なんて請求されても、どうすればいいのか全く分からない。「アンタの親はもしくは兄弟か姉妹、なんなら祖父母でも構わないが?」「……そんな、家族まで巻き込むんですか?」 神楽《かぐら》 朝陽《あさひ》の言う通り、もし親に泣きつけば少しくらい助けてくれるかもしれない。でもそうすれば、流に婚約破棄されたこともお金を騙し取られたことも全部話さなくてはいけなくなる。 それこそ
「ほら、しっかり歩け。ついさっき、俺を襲撃してきた勢いはどうした?」 「そんなものはとっくに、どこか遠くへ飛んでいきました……」 強引に連れてこられた場所は、神楽《かぐら》グループのビルの最上階だった。一般人が入れないようなしっかりとしたセキュリティ、それを解除して彼はどんどん奥へと進んでいく。 【社長室】と書かれた部屋の隣、彼はそこのドアを開けると私に中に入るように言った。「あの、私はどうしてここに連れてこられたんでしょうか」 「さっきまでと別人のようだな。そんなにショックだったか? あの程度の男に裏切られたことが」 ハッキリとそう言われて、傷口を抉られてるような気分になる。神楽 朝陽《あさひ》にとっては【あの程度の男】なのかもしれないが、私にとって守里《もりさと》 流《ながれ》は結婚を考えるほど好きだった男性なわけで。 ショックを受けるなという方が無理があるのではないかと思う。それなのに……「そんなしょぼくれたような顔ばかりするな、この部屋まで辛気臭くなる」 「だったら連れて来なければ良かったじゃないですか、自分が引っ張って来ておいて私に文句言わないで」 落ち込んでることに変わりはないが、こうも言いたい放題言われていてムカつかないわけがない。泣きっ面に蜂の状態なのに、そんな私の傷口に塩を塗りたくるような神楽 朝陽の言動にも腹が立ってくる。 それなのに徐々に言い返すようになってきた私を見て、彼はなぜか楽しそうに笑い始めるではないか。「何がそんなにおかしいんです? 貴方も馬鹿にしたいんですか、彼に裏切られ簡単に騙されてた私を!」「卑屈だな、誰もそんなことは言ってないだろ?」 そう言われても、こっちだって心の余裕がないのだ。信じられない事が立て続けに起こってしまったのだから、卑屈にもなりたくなるでしょう? だけど神楽 朝陽は、そんなことはお構いなしとばかりに強引に私の顔にハンカチを押し付けてきた。「なんですか、これ?」「……見苦しいから、さっさと使え」 そう言われて、私は自分が涙を零していることに気付いた。さっきの場所で、しかも流《ながれ》の前では泣きたくなくて必死で堪えてたけれど……どうやらそれも限界を迎えていたらしく。 気が付いて涙を止めようとするけれど、それどころかどんどん溢れて。あっという間に先ほど渡されたハンカチがぐ
美人で品のある女性の隣を歩いているのは、元婚約者の守里《もりさと》 流《ながれ》だった。 彼は私がここにいる事にも気付きもせず、横にいるキャリアウーマンと言った感じの美女に話しかけていた。 「もう別れた」「俺の本気」とは? クビになるから、私と結婚出来ない。だから別れて欲しいって、流は私にそう言ったよね? 頭の中が混乱する、流の言葉と今の彼の言動は全く一致してなくて。「……へえ、あれが守里 流か。どこがいいんだ? あんな軽薄そうな男の」「…………」 神楽《かぐら》 朝陽《あさひ》の嫌味な問いかけに応えるような余裕も今はない、ただ目の前の現実を理解するので精一杯で。「しかし、隣にいるのは鵜野宮《うのみや》 梨乃佳《りのか》か。まさか、高嶺の花と呼ばれる彼女があんな男を相手するとはな」「いやいや。あんなのは、梨乃佳様の遊び相手に過ぎないでしょうから」 神楽 朝陽の呟きに、取り巻きの一人がすかさずフォローを入れる。 それが鵜野宮 梨乃佳という女性に対してなのか、それとも神楽 朝陽に対してのフォローなのかがよく分からなかったが。 そもそも今の私には他人の事を気にしている余裕などない。だが、この状態を流に見られたくもない。なのに、神様はどこまでも残酷で……「あら、まあ? 何かあったのかしら」 「え? ああ、なんか人が集まって……ん? もしかして、あれは鈴凪《すずな》?」 「あの女性は、流君の知り合いなの?」 「鵜野宮さん」と呼ばれた女性が、彼に笑顔でそう訊ねる。その呼び方に、二人の親密さを感じてどうしようもなく胸がざわついた。 だけどそんな私に、蔑むような視線を向けた流は信じられない事を言った。「いえ、昔の知人に似てた気がしただけで。あんなみっともない女と知り合いなわけがないでしょ? さあ行きましょう、鵜野宮さん」「そう? 案外、流君の元恋人だったりするんじゃないの? ふふっ」「まさか! 俺は鵜野宮さん一筋ですよ」 そう言って笑いながら私から離れていく、昨日までは婚約者だったはずの男。 決して振り向くこともなく、彼はその女性と共に建物の外へと出て行ってしまった。 嫌でも気付かさせられる、元カレからの一方的な婚約破棄の本当の理由。 すぐに解約されたスマホ。そして、渡したお金はきっともう返ってこないのだろう。 付き合った期間は
「……へえ、そうなのか?」 取り巻きの男性の言葉にさして興味がないというように返事をした神楽《かぐら》 朝陽《あさひ》だったが、私はほんの一瞬だけ彼が眉を寄せたのを見逃さなかった。 でも、あの方いうのは……? いいえ! 今は、そんなことはどうだっていい。この場でハッキリさせなければならないのは、元カレの流のことに変わりない。 そもそも今の話が本当なのならば、私の婚約破棄は何のためだったというのか?「でも! 流《ながれ》は貴方の女性関係が理由でクビになるから、私とは結婚できないって……!」「冷静になって、よく考えてみろ。社員の解雇理由に、俺の個人的な女性関係が関わっているわけないだろう? おおかた、その彼氏の浮気相手に子供でも出来たってところじゃないのか?」 そんなことを平気そうな顔で言われて、体中の血液が沸騰するかと思った。 そりゃあ、他人事なのは仕方ない。 でも冗談とかではなく彼はそれを一つの可能性として、流の元婚約者である私に話してくるのだ。 まるで自分にとってはどうでもいい事だ、と言わんばかりに。「一つだけ、きちんと説明しておくが……俺はビジネスにプライベートな事は持ち込まない主義だし、異性との問題を起こした覚えもない。しかも神楽グループは徹底した実力主義で、個々の能力に合わせた給与システムとなっている。もしその男が解雇されるというのなら、それは単なる本人の努力不足だろう」「そんな……」 ずっと流は私に自分は一流企業のエリートだと話していた。結婚して二人で幸せな家庭を作ろうって言葉も、裏が疑うとなく信じて。 だから……… そこで私は、二人にとって大事な約束を忘れていたことを思い出した。「そうよ! 二人で貯めてたはずの結婚資金、あれはどうなったの?」「……はあ? そんなもん、俺が知るかよ」 べつに神楽《かぐら》 朝陽《あさひ》に聞いたわけではないのに、勝手にそんな不機嫌な返事をされても困る。 でもそんなことをいちいち気にしてられる状況ではなくて、私はバックの中からスマホを取り出して急いで指で操作する。 毎月五万という金額を流《ながれ》に渡していた、彼がきちんと貯めてくれると約束したから。 けれど一方的に婚約破棄された上、その事について一言も彼は話さなかったし……もちろんお金も返してもらってない。 私たちが付き合っ
「朝陽《あさひ》さん、この女性はどうしましょう? このまま警察に突き出してやりますか?」 耳元で大きな声を出すのは止めて欲しい。きっと神楽《かぐら》 朝陽にも、充分聞こえてるでしょうし? だけどそんな私の考えを見透かしたように、眼鏡のレンズ越しの瞳がスッと細められたことに気付いた。 多分……というか、間違いなくこの男は性格が悪いのだろう。普段はあまり役に立ってくれない直感が、私にそう伝えてくる。「そうだな、せっかくだから俺にこんな挨拶をしてくれた理由を聞いておくのも有りかな。恨みをかう事は珍しくないが、この俺に直接的な攻撃をしてくる女性は稀だし?」「ですが、朝陽様……」 有無を言わせない目付き、とはこういうのを言うのだろうか? スタイリッシュな眼鏡の奥の瞳は、切れ長でそれだけで相手を圧する強さがあった。 婚約破棄されたことで感情的になってここまで来たが、どうも喧嘩を売る相手を間違えてしまった気がする。だけど……「元々はアナタの所為でしょう? 神楽グループの御曹司ともあろう人が女性に不誠実な所為で、私は流《ながれ》に婚約破棄されたのだから」「……あぁ? 誰の、女癖が悪いだって?」 私の言葉に神楽 朝陽はあからさまに声のトーンを落とす。後ろの取り巻き立ちも「何言ってんだ、コイツ?」と言わんばかりの表情をしてて、ちょっと鬱陶しい。 ……でも、この反応ってちょっと変じゃない?「その、流とは何だ?」「彼を、知らない? 守里《もりさと》 流、彼はこの会社の営業部のエースで……」 そんなはずはない、だって。流はこの人に目を付けられたと言っていた。 だけど急に自信が無くなって。どんどん小さくなっていく私の声を、神楽 朝陽は聞き逃さない。「営業部のエース、守里 流だそうだ。知っているか、濃野《のの》?」「えっと、ああ。あの有名な守里ですか……?」 有名と言われて何となくホッとした。やはり流はこの会社の、優秀な社員で間違ってなかったのだと。 けれどもそう話しかけた男性の表情が、苦虫を噛み潰したようなものだったことに一抹の不安も感じていて。 焦りを誤魔化すために、必要以上に強気な態度に出る。そんなことしても私が拘束されている事に変わりはないのだが。「そうよ、その守里 流! 自分の女性関係の後始末を押し付けて、彼を解雇しようだなんて……貴方はどうか
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