「俺がお前に嘘をつくわけないだろ」 修はそう言って、優しく微笑んだ。 「信じられないなら、医者を呼んで直接聞いてもいい」 侑子はじっと修を見つめた。 まるで彼の瞳の奥から、何かを探し出そうとしているかのように。 「修......本当に無事なら、それでいい」 そう言って、彼女は修の胸に飛び込んだ。 ぎゅっと、力いっぱい抱きしめる。 「ずっと心配で、怖かったんだから」 「もう心配するな。俺は大丈夫だよ」 修は彼女の頭をやさしく撫でながら、ささやく。 「お前がいてくれる限り、俺が倒れるわけないだろ?」 侑子は嬉しそうに顔を上げた。 「修......どうして私がいるだけで、大丈夫だって思えるの?」 「―お前は、俺のラッキースターだから」 修は侑子の手を取り、慈しむように指先にキスを落とした。 「お前は俺のミューズだ」 「修......あなたは、私のヒーローだよ」 侑子ははにかみながら、しっかりと修にしがみついた。 「あなたと出会ってから、私の人生は全部変わったの。全部、幸せな方へ」 「俺も、お前のためなら、何だってする」 修はふわりと笑いながら、彼女の頬を優しく撫でた。 「......命だって惜しくない、なんて言うなよ」 「私はちゃんと生きるよ。生きて、生きて、ずっとあなたのそばにいる」...... 夕方になり、修は侑子と一緒に夕食を取った。 侑子は心臓の持病があったため、しばらくは病院で経過観察が必要だった。 本当はずっとここにいたかったけど、侑子が無理をさせまいと、休むようにと促してくれた。 ここ数日、修もまともに眠れていなかった。 だから夕食を食べ終えた後、彼はしぶしぶ病室を後にした。 病院の入口まで来たとき― ふと、若子の姿が目に入った。 若子もまた、車を待っているところだった。 偶然に居合わせたふたり。 お互いに気まずそうに、目をそらした。 一瞬だけ視線が交わったけれど、それ以上、どちらも声をかけなかった。 しばらく沈黙が続いたけれど、若子はついに口を開いた。 「......生検は、受けたの?」 修は顔を背けたまま答えた。 「今はやらない。明日、だな」 「......できるだけ早く受けた方がいいよ。結果が分
「俺のことは気にするな」 千景はあっさりと言葉をさえぎった。 「ここには医療スタッフもいるし、ちゃんと世話してくれる。君は自分のやるべきことをやれ。俺がすぐによくなるわけじゃないけど、君の授業が遅れるほうが問題だ」 「だけど......あなたのこと、放ってなんておけない」 ―ここで見てないと、安心できない。 「俺は大丈夫だ。君は授業に集中しろ。早く単位を取って、時間ができたらそのときに見舞いに来ればいい。ずっとそばにいられても、時間の無駄だ」 「私はそんなふうに思ってない。あなたと一緒にいる時間が無駄だなんて」 「君がいようがいまいが、俺はちゃんと回復する」 千景は淡々と言った。 「今の君に必要なのは、授業に出ることだ......早く卒業して帰国しろ。子どもに会いたくないのか?」 「......」 若子は何も言えなかった。 その一言が、胸にグサリと突き刺さった。 千景はさらに続ける。 「ここで俺の世話を続ければ、授業はどんどん遅れる。そのうち面倒なことになるぞ。そうなったら、いつになったら子どもに会えるんだ?あいつは今も遠藤のところにいる......それでも不安じゃないのか?信じてるとしても、会いたくないのか?」 「......」 若子の胸が、針で刺されたように痛んだ。 ―どうして、子どもに会いたくないわけがある? 彼女は心の底から後悔していた。 あのとき、どうにかしてでも、子どもを手放さなければよかったのに。 けれど、今さら後悔しても遅い。 「冴島さん......私、もしかしたら、いったん帰国して子どもを迎えに行くかもしれない」 「―つまり、学業を捨てるってことか?」 若子は、こくりとうなずいた。 「若子......本当に帰るつもりなら―」 「なに?ダメだと思うの?」 「ダメってわけじゃない。ただ......」 千景は言葉を選びながら続けた。 「今ここで全部を諦めるのは、あまりにも惜しい。それに、たとえ帰ったとして......彼と一緒に、ちゃんと暮らしていけるのか?」 「......」 若子は言葉を詰まらせた。 「もし、それができるって思うなら、今すぐにでも子どもを迎えに帰ればいい。でも、もし無理なら、帰っても結局、揉めるだけだ」 「つま
若子は、聞けば聞くほど胸を打たれた。 ヴィンセントは、さらに静かに言葉を重ねた。 「だから、君が藤沢を信じなかったのは正しいよ。 アイツは最初から他の女をかばってた。そんなやつが、どの面下げて君を愛してるなんて言えるんだ? 本当に誰かを愛してるなら、無条件でその人を守るべきだ。相手が正しかろうが間違っていようが、まずは抱きしめて慰めるものだろ? ましてや、あれは君の落ち度じゃなかった。君だって被害者だったんだ」 若子の鼻の奥がツンと熱くなった。 必死にそれをごまかすように、彼女は鼻をこすりながら、絞り出すように言った。 「......まさか、あなたがそこまで見てたなんて」 千景は苦笑した。 「俺だって、思ってなかったさ。 あの時は感情なんか、何も感じなくなってた。 自分が透明になったみたいに、何もかも静かだったんだ。 でも― 君があいつに責められて、泣き崩れた時だけは、どうしても我慢できなかった。 藤沢が君を追い詰めた瞬間、俺はどうしても許せなかった。 ぶん殴ってやりたかった。 ......でも、俺はただの空気で、君のために何一つできなかった」 千景の声には、抑えきれない悔しさと、自責の念がにじんでいた。 若子は胸が締めつけられるように苦しくなった。 それと同時に、じんわりと心が温かくなっていくのを感じた。 「......ありがとう」 ぽつりと、心からの言葉が口をついて出た。 こんなふうに、千景が彼女の痛みを見てくれていたこと。 それを、ちゃんと覚えていてくれたことが、たまらなく嬉しかった。 修は違った。 彼はいつだって、若子よりも別の誰かをかばっていた。 何度愛を語られても― その裏切りは、変わらなかった。 きっと、修と自分の間には、永遠に「他の女」が割り込んでくる。 それが、宿命なのだと痛感する。 「......どうして礼なんか言うんだ?」 千景は不思議そうに尋ねた。 若子は、ぎゅっと胸に手を当てながら答えた。 「だって...... 少なくとも、あなたは見てくれた。 少なくとも、この世界に、私が間違ってないって知ってくれてる人がいるって、思えたから」 ―一人じゃないんだ。 若子の心に、静かな光が差し込んだ気がした
「俺が前に言ったろ?君が俺のために祈ってくれてたって。それ、勘で言ったわけじゃないんだ」 千景の言葉に、若子は小さく眉をひそめた。 「......勘じゃないなら、どうして知ってるの?」 あの時、千景は集中治療室で意識もないはずだった。誰かが彼に教えるなんて、ありえない。 「もしかして、私がベッドのそばに座ってたとき......?」 けれど、ふと考え直す。 若子は必死に思い出してみた。 ―確かに、ベッドのそばに座っていたときは、ただただ彼の手を握りしめていた。でも、祈ったりはしていない。 「たしかに......座ってたときは祈ってなかった。でも......」 若子は息を呑んだ。 「集中治療室の外にいたとき、ガラス越しに......私は......」 「そうだ」 千景は穏やかに言った。 「君は外に立って、ガラス越しに俺を見つめながら祈ってた。しかも、ついでに神様に文句言ってただろ?」 若子は目を見開いた。 「......なんで知ってるの?もしかして、病院の監視カメラを見たの?廊下にカメラでもあったの?」 それくらいしか、納得できる理由が思いつかなかった。 でも、千景は静かに首を振った。 「いや、監視カメラなんか見てない。全部、俺のこの目で見たんだ」 「......でも、あなた、その時はベッドに寝てたでしょう?まさか、意識があったわけじゃないよね?」 いくらなんでも、病室の外まで聞こえるはずがない。 すると千景は、真剣な目で若子を見つめながら、ゆっくりと言った。 「若子......君は『臨死体験』って聞いたことあるか?」 「臨死体験......?」 若子はその言葉に小さく震えた。 もちろん、聞いたことはある。 「つまり......あなたは、それを体験したってこと?」 千景は静かにうなずいた。 「そうだ。手術室で俺の体から魂が抜け出たんだ。医者たちが必死に俺を救おうとしてるのを、俺は宙に浮かびながら眺めてた。 体はふわふわして、痛みも感じなかった。ただ、静かに彼らを見下ろしてたんだ......そして、ある瞬間、急に魂が自分の体に戻った」 若子は息を呑みながら、真剣に聞き入った。 千景は少し考えながら、続けた。 「その後、俺は集中治療室にいた。ガラス
若子の脳裏に、またあのレストランでの出来事が浮かび上がった。 あのとき― 西也が倒れた瞬間、若子はそれを修のせいだと思い込んで、怒りにまかせて修を責め立てた。 倒れ込んだ西也はとても弱々しく見えて、あの場面だけを見れば、すべてが修のせいにしか思えなかった。 だけど― 後になって、西也は自ら若子に謝り、レストランで起きたことは、実は彼自身が仕組んだ罠だったと告げた。 そのときは怒りもしたけれど、それでも若子は西也を許した。 だが、さらに後になって、修から教えられた。 あのレストランには監視カメラが設置されていて、当時の映像がすべて記録されていた。 だからこそ、西也は先に自白して、優位に立とうとしたのだ、と。 ......それでも若子は、あのとき西也を信じた。 彼が心から後悔して謝ってくれたと、そう信じたかった。 決して、修の話の通り、あらかじめ情報を掴んで、計算づくで謝ったわけじゃない、と。 だけど― 今日の出来事を思い返してしまうと、若子の胸にまた黒い疑念が生まれる。 もしかして、本当に修の言った通りだったのか? 西也はあのとき、すでにすべてを知っていて― わざとあのタイミングで謝罪して、彼女の動揺を封じようとしたのか? もしそうなら、彼は事前に若子のスマホを覗き見ていたことになる。 だからこそ、修が送ってきた映像を見る前に、先回りして謝罪した― そうすれば、若子は映像を見ても、それほど動揺しなくて済むからだ。 まるで、彼女の心の動きをすべて読み切って、完璧に操っていたみたいに。 そして今回も― 西也は修が警察に通報しようとしている情報を、事前にどこかから嗅ぎつけて、それで急いで国外から戻ってきたのかもしれない。 若子がそんな考えに沈んでいると、千景が静かに声をかけた。 「君の気持ち、分かるよ」 彼は優しい声で続ける。 「何といっても、あの子は君の実の子どもだ。しかも、その父親は藤沢だろ?だから君は、もし遠藤を追い詰めすぎたら、彼が何をしでかすか分からないって、不安になってるんだ」 千景は静かに言った。 「子どもを傷つけることはしないにしても、他にどんな行動に出るか分からない―そう思うのも無理はないさ」 若子は小さくため息をついて、そっとうなずいた
今頃、西也はもう飛行機の中だろう。 しかも、あの子―彼女の大切な息子を連れて。 若子は、自分の実の息子を西也に託してしまったのだった。 ―西也を、そんなに悪く思いたくない。 若子にとって、西也は、すべてを捧げてくれた人だった。 けれど、あの動画に映っていた彼は―まるで別人のように、凶暴だった。 若子は、心の底から恐怖を覚えた。 今、あの子は西也の手の中にいる。 もし、あの西也を刺激してしまったら―何が起こるか分からない。 もしあの時、もっと早く知っていたなら― 絶対に、あの子を西也に預けたりなんかしなかった。 どうして修は、もっと早く教えてくれなかったの? 証拠があったなら、最初から見せてくれればよかったのに。 ......でも。 今さら悔やんでも、何も変わらない。 若子は必死に、自分に言い聞かせた。 ―西也は、あの子に手を出したりしない。 信じなきゃ、ダメだ。 それでも、やっぱり怖かった。 だから、もうこれ以上、西也を刺激するわけにはいかなかった。 若子は千景の病室へ戻ると、眉間にしわを寄せて、いかにも思いつめた様子だった。 千景はそんな彼女に声をかけた。 「どうかしたのか?」 若子は小さくため息をついた。 「......うん、実はちょっとね。でも、どこから話せばいいか分からないの」 「なら、思いついたところからでいいよ。俺もこうして寝てるだけだし。君の心の中に引っかかってること、何でも話していい。安心しろ、誰にも言ったりしないから」 若子はそっと口を開いた。 「さっき......あることを知ったの」 若子は、知ったばかりの出来事を、最初から千景に説明し始めた。 千景は一通り話を聞き終えると、ふっと笑った。 「君の今の恋人、なかなか食えない奴みたいだな」 若子は目を伏せたまま尋ねた。 「......あなたも、西也が事前に情報を知ってて逃げたって、そう思う?」 千景は穏やかに微笑んだ。 「俺には分からないけど、でも、タイミングが良すぎるな」 若子は唇を噛みしめる。 「もし本当にそうなら......誰が彼に知らせたんだろう?本当に修のところに、西也の手下がいるの?」 「その可能性は、ないわけじゃないな」 千景は言った。
「......私には、分からないよ」 若子は静かに答えた。 「あなたが決めればいい。この件に関しては、もう私に口を出す資格なんてないから」 西也があんなことをしてしまった以上― 彼女には、もう何も言えなかった。 修は苦々しい顔で言った。 「俺は、これで終わりにするつもりはない。若子、正直に言うけど― あいつが国内に逃げたんなら、俺はこの映像をアメリカの警察に渡す。 それでアメリカの警察が動けるかどうかは、向こう次第だ。 西也にとっては、これが最後のチャンスだろう。 国内に留まっていれば安全だが、もしまたアメリカに戻ってきたら......そのときは、確実に捕まる」 「これでいいか?」 若子はこくりと頷いた。 「......うん、いいよ」 それしか、言えなかった。 西也があんなことをした以上、修がどんな決断を下しても、若子には止める権利などない。 修の怒りも、苦しみも、正当なものだった。 ただ、胸の奥はぐちゃぐちゃだった。 確かに― 西也は修を傷つけ、命を脅かした。 修が警察に届け出ても、若子には何も言う資格がない。 ましてや、「許してやって」なんて、口が裂けても言えなかった。 でも― それでも、もし西也が本当に刑務所に入ったら。 きっと、若子は耐えられない。 あの映像には、はっきりと映っていた。 西也は、若子を探すために― 彼女を奪還するために、あんな無茶をしたのだと。 きっと、若子が修に隠されていると信じて、必死だった。 その焦りと怒りが、彼をあそこまで追い詰めたのだ。 ―もし、あの夜、自分が外に出なければ。 すべては、自分が引き金だった。 でも。 どれだけ理由があったとしても、西也のやったことは、許されるものじゃない。 過ちは、過ちだ。 だから、償うしかない―それが、当然だった。 修は、動画を閉じ、USBメモリを取り外した。 「若子......まだ、何か言いたいことはあるか?」 修の問いかけに、若子は首を横に振った。 「......もう、何もない」 声は小さく、どこか申し訳なさそうだった。 「そうか」 修は短く返すと、USBメモリを手にした。 「じゃあ、これから警察に渡してくる......俺、行
「......そうか。あいつ、そんなふうに言ったんだな」 修は皮肉げに言い返した。 その目は、若子の天真さを嘲るかのような光を宿していた。 若子はコクリと頷いた。 「うん......」 「若子、こんな状況になっても、まだアイツを信じるのか?どう考えても、あいつはビビって逃げたんだ。じゃなきゃ、なんで今日、俺が証拠を警察に渡そうとしたこのタイミングでトンズラこくんだよ。こんな都合よく話が進むわけないだろ?」 「......私も、さすがにできすぎてるとは思う」 若子は静かに答えた。 「でも、修......西也が、あなたが動画を持ってるって、どうやって知ったの?監視カメラは、あのとき彼が全部壊したはずだよ。目につくものは全部......もし本当に知ってたなら、もっと前に逃げてたはずじゃない?」 「......俺も、それが分からないんだよ」 修は怒りを押し殺しながら、シャツのボタンを二つほど外した。 激しく上下する胸―怒りで呼吸さえも乱れている。 「きっと誰かが、あいつに情報を流したんだ......俺の近くに、あいつの手の者がいるのかもしれない」 「修......でも、西也は......」 「......まだ庇うつもりか?」 修は、苛立ちを隠さずに言った。 そして、パソコンの画面を指差した。 「お前も、あの動画を見たろ!最初は嘘をついてた。『ただの護衛だ』なんて平然と―でも、実際はどうだ?殺しに来てたんだぞ。あいつが銃を向けた瞬間、もう全部終わってた。証拠は目の前にあるんだ。それでも、まだ信じるのか?」 「......」 若子は、何も返せなかった。 こんなふうになるなんて、思ってもいなかった。 修は、ズキズキと痛む額を押さえ、深くため息をついた。 どんなに偶然に見えたとしても― たとえ、誰かが情報を漏らしていたとしても― もう、結果は変わらない。 アメリカで立件したところで、西也を捕まえることはできない。 あいつは、ずる賢い狐だった。 そして、見事に逃げ切ったのだった。 「若子......もし俺の勘が正しければ、あいつはもう二度とアメリカには戻ってこないはずだ」 修は、低い声で言った。 「信じられないなら、賭けてもいい。あいつがビビってる証拠だ。そうじゃな
若子の苦しそうで、ショックを受けた様子を見て、修は小さくため息をついた。 「これで分かっただろ......まだ俺が嘘をついてるとか、騒ぎすぎだとか思うのか?」 若子は何も言えなかった。 「これだけのことをしておいて、お前はまだあいつをかばうつもりか?あいつがここまで大がかりなことをして、俺を殺そうとしてたって、今も思わないのか?動画には、全部映ってたろ。俺が銃を奪わなかったら、今頃どうなってたか分からないんだぞ?」 修はじっと待っていた。 若子がどんな言葉で西也をかばうのか―それを。 若子は静かに目を閉じ、内側から湧き上がる痛みと衝撃を必死に押し込めた。 長い沈黙のあと、彼女はゆっくりと顔を上げ、修をまっすぐに見つめた。 「......ごめんなさい。私、あなたを誤解してた」 かすれる声で言った。 「私は......こんなに酷いことになってるなんて、思ってなかった。きっと、そこまでじゃないって......」 喉が痛くて、もう何も言葉が出なかった。 全部、勘違いだった。 信じたかったけど― 現実は、残酷だった。 西也は、本当にそんなことをしていた。 あの状況でも、修は西也を殺さなかった。 代わりに、必死で自分を探してくれた。 ―結局、彼は、元夫でありながら、いまも自分を想ってくれていた。 それなのに、どうして、こんなふうになってしまったんだろう。 離婚する前、修のそばには雅子がいた。 そして今は、侑子がいる。 ......でも、この件に関しては、確かに自分が修を誤解していた。 たとえ、修がこのまま警察に通報したとしても、若子には何も言う資格はなかった。 「......」 修は、心のどこかで覚悟していた。 若子は、きっと最後まで西也をかばう。 きっと、あんな映像を見せても、「きっと何か事情がある」と言う― そう思っていた。 だから、彼女がこんなふうに素直に謝るとは思っていなかった。 修は、どう反応していいか分からなくなった。 悲しみと絶望に浸る覚悟をしていたのに― 若子は、またしても彼に希望を与えたのだった。 この世界で、修の心をここまで揺さぶることができるのは―きっと若子しかいない。 修はそっと手を伸ばし、彼女の肩に軽く触れた。そして、