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第1021話

作者: 夜月 アヤメ
若子は、聞けば聞くほど胸を打たれた。

ヴィンセントは、さらに静かに言葉を重ねた。

「だから、君が藤沢を信じなかったのは正しいよ。

アイツは最初から他の女をかばってた。そんなやつが、どの面下げて君を愛してるなんて言えるんだ?

本当に誰かを愛してるなら、無条件でその人を守るべきだ。相手が正しかろうが間違っていようが、まずは抱きしめて慰めるものだろ?

ましてや、あれは君の落ち度じゃなかった。君だって被害者だったんだ」

若子の鼻の奥がツンと熱くなった。

必死にそれをごまかすように、彼女は鼻をこすりながら、絞り出すように言った。

「......まさか、あなたがそこまで見てたなんて」

千景は苦笑した。

「俺だって、思ってなかったさ。

あの時は感情なんか、何も感じなくなってた。

自分が透明になったみたいに、何もかも静かだったんだ。

でも―

君があいつに責められて、泣き崩れた時だけは、どうしても我慢できなかった。

藤沢が君を追い詰めた瞬間、俺はどうしても許せなかった。

ぶん殴ってやりたかった。

......でも、俺はただの空気で、君のために何一つできなかった」

千景の声には、抑えきれない悔しさと、自責の念がにじんでいた。

若子は胸が締めつけられるように苦しくなった。

それと同時に、じんわりと心が温かくなっていくのを感じた。

「......ありがとう」

ぽつりと、心からの言葉が口をついて出た。

こんなふうに、千景が彼女の痛みを見てくれていたこと。

それを、ちゃんと覚えていてくれたことが、たまらなく嬉しかった。

修は違った。

彼はいつだって、若子よりも別の誰かをかばっていた。

何度愛を語られても―

その裏切りは、変わらなかった。

きっと、修と自分の間には、永遠に「他の女」が割り込んでくる。

それが、宿命なのだと痛感する。

「......どうして礼なんか言うんだ?」

千景は不思議そうに尋ねた。

若子は、ぎゅっと胸に手を当てながら答えた。

「だって......

少なくとも、あなたは見てくれた。

少なくとも、この世界に、私が間違ってないって知ってくれてる人がいるって、思えたから」

―一人じゃないんだ。

若子の心に、静かな光が差し込んだ気がした
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