純一は私の肩をつかみ、懇願した。「約束する。これからは毎年のイベント、全部君と過ごす」私は彼の手を払いのけて、苦笑した。「残念だけど、私たちにはこれからはないの」純一は声も出せないほど泣きじゃくり、別れを認めず、私と一緒に海外に行くと言い張った。私は彼に押し切られ、結局了承した。彼は失ったものを取り戻したかのように、私を抱きしめた。私は苦い気持ちで、その最後の抱擁を受け入れた。ある朝、私は静かに荷物をまとめ、最後にドアを開けて純一を見ると、彼はまだ眠っていた。私は小さな声で「さよなら」と告げ、この家をしみじみと見渡した。おそらく、これが最後の一瞥になるだろう。今回の海外行きは、そこで生活を落ち着けるつもりだった。私は一人でタクシーに乗り、空港へ向かった。椅子に座り、搭乗を待っていた。携帯には次々と純一からのメッセージが届いた。【どこにいる?どこ行った?】【なんで返事しない?】最後のメッセージはこうだった。【空港に着いた。どこ?会いたい】私はメッセージを見て、目頭が熱くなった。返事はしなかった。携帯をしまい、彼に最後に会う勇気はなかった。だって彼は、かつて私が深く愛した人だったから。メッセージの通知音は鳴り続けたが、私は見て見ぬふりをした。そしてため息をつき、搭乗口へ歩いた。すると純一の声が私を呼び止めた。「葵、君がいなきゃ、俺はどうやって生きればいいんだ!」彼の声はヒステリックで、全身の力を振り絞った叫びだった。背筋が凍りついたが、私は振り返らなかった。搭乗口へ向かいながら、携帯のメッセージを見た。【葵、君は俺を騙した】苦笑いを浮かべて、私は最後の返信をした。【あなたは何度も私を騙した。だから今度は私の番よ】かつて、純一は「ただの友達の集まりだ」「一花はいない」と何度も嘘をついたが、全部私に見破られていた。騙された時の胸の痛みを思い出す。彼も今、私と同じ気持ちなのだろうか。私は海外に着き、舞踊団の人に迎えられた。割り当てられたアパートは広くはないが、必要なものは全て揃っていた。純一のメッセージは返信しなかった。彼をブロックした。これからの生活に彼は必要ない。残しておく意味もなかった。一年が経ち、私は異国生活に慣れ、多くの新しい友達もできた。
純一はスマホを取り出し、その場で一花に電話をかけた。スピーカーがオンにされ、彼女の声が部屋に響いた。「純一、私のこと恋しくなった?」一花の一言で、純一の顔に気まずさと動揺が浮かぶ。彼は慌てて言った。「やめろよ、一花。そんな冗談はよせ」彼女は予想外の反応に戸惑っているようだった。どうやら二人の間では、これが普通の会話だったらしい。純一は続けた。「一花、これからはあまり連絡を取らない方がいいと思う。俺には彼女がいるから」一花は信じられないといった声を上げた。「えっ……何て?もう一回言って?」純一は深く息を吸い、言い直した。「これからは、もうあまり連絡しないでほしい。わかった?」一花は突然悟ったように笑った。「ああ、そういうこと?あの嫉妬深い彼女がまた文句言ってるのね。気にしなくていいわ。彼女って友達いないから、私たちが仲いいのが羨ましいんでしょ」彼女の言葉ひとつひとつに、純一の表情はどんどん曇っていった。私は、彼らが裏でどれだけ私の悪口を言っていたのか、想像すらしたくなかった。純一は苛立ちを隠さずに言った。「もういい。自分の立場をわきまえろ。葵は俺の彼女だ。君が口を挟む権利はない。もう連絡してこないで。きれいに終わろう」そう言って、純一は一花の呼びかけも無視して、電話を切った。その後もスマホは鳴り続けたが、純一は一切出ようとせず、私に向き直った。「ほら、ちゃんと縁を切った。これからは二人でちゃんとやり直そう。俺、葵の帰りを家でおとなしく待ってる。ほんとに、絶対に」彼は手のひらを胸に当て、まるで誓いのように言った。私はその姿を呆然と見つめた。本当は、出国の日に別れを告げるつもりだったけど、どうやら、それを前倒しする必要がありそうだ。私は口を開きかけて、言った。「でもね、待ってもらう必要はない。私たち、別……」言い終わる前に、純一が私の口を手で塞いだ。見上げると、彼の目は真っ赤で、涙が今にもこぼれそうだった。床にポタポタと音が響いた。純一の涙だった。以前の私なら、きっと彼の涙をぬぐってあげていただろう。でも今回は何もしなかった。ただ静かに見つめているだけだった。純一のような人も、私のために涙を流すことがあるんだろうか?彼は喉を詰まらせながら、私の目をじっと見つめて言った。「葵、一緒に
私はその迷いに気づいて、気を利かせて言った。「彼女を迎えに行きなよ。私はここらへんで降ろしてくれれば大丈夫」純一は慌てたように、「でも、君はどうするの?いや、やっぱり君を先に送ってく」と言った。私はあっさり笑って答えた。「タクシーで行くから平気よ。ほら、ここでいい。車止めて」前方の道路を指差すと、純一は一瞬迷ったが、結局車を止めた。降りる時、彼は「今日、早めに帰るから」と私に言った。私はうなずき、彼はさらに心配そうに言った。「ここ、タクシー捕まる?本当に無理なら、彼女のところには行かない」私は顔を上げてそう促した。「大丈夫よ。もう行って。遅れたら失礼でしょ」純一の車が走り去り、排気ガスだけが残った。私は手続きを済ませ、スマホの日付を見て指折り数えた。出国まであと5日。家に戻って、動画アプリを見ていたら、浩二とその彼女が熱烈に抱き合う動画が流れてきた。周囲は盛り上がり、純一と一花をからかっていた。浩二が笑いながら純一に言った。「お前もそろそろ本気出せよ。いい女はすぐそばにいるんだから、大事にしなきゃな!」そう言って、彼は一花の方をちらりと見た。一花は顔を赤らめて、はにかんでいた。その動画の中で、純一はどこか落ち着かない様子だった。その時、私のスマホに純一からメッセージが届いた。【葵、あの動画見た?あれ、みんなが勝手に盛り上がってただけだから。怒らないで】私は返信した。【見たよ。ただの冗談でしょ。怒るわけないじゃない】その後、純一からの返信はなかった。結局、彼は早く帰ることもなかった。私は彼を待たずに、夕飯を食べてそのままベッドに入った。翌日、昼近くになって純一が帰ってきた。私は何も聞かず、ソファに座ったまま、「ご飯作ってないよ。食べてないなら出前でも頼んで」とだけ言った。純一は玄関で靴を脱ぎながら、こう言い訳した。「昨日さ、みんな盛り上がっちゃってさ。帰ろうとしても引き留められて……結局、ホテルに泊まったんだ」昔から純一はよく朝帰りしていたけど、私にいちいち説明することなんてなかった。私はただ「うん」と返し、テレビを見続けた。純一は靴を脱ぎ終え、ソファに座ると、眉間を押さえて聞いた。「で、君の出国予定はいつ?」私は口を開いた。「来週の月曜日。チケットはもう取ってあるの」そう言う
彼は信じられないという顔をした。こんなにあっさり断られるなんて、思っていなかったのだろう。しかも「他の人を誘って」なんて、昔の私なら絶対に言わなかった。でも、それは本当のことだった。出国の手続きでまだ済ませていないことがいくつかある。彼の目から、期待の光がすっかり消えていく。口元に浮かべていた笑みも、完全に消えていた。彼は焦ったように聞いてきた。「明日、何の予定があるの?俺も一緒に行こうか?」私は淡々と説明した。「ああ、明日は出国の手続きで、どうしても外せないから。友達の婚約式なんだし、あなたは出席するべきよ。私は一人でも平気だから」純一は私の顔をうかがうようにして、「じゃあ、一花を連れてってもいい?」と聞いてきた。以前なら、私は一花という名前を聞いただけで、怒りがこみ上げてきたものだった。でも今はただ笑って答えた。「いいよ」彼は私の表情から嫉妬の色を探そうとしたけど、何も見つけられなかったようだった。「葵、なんで全然嫉妬しないんだ?」と、彼が思わず聞いた。私は彼のことを不思議に思った。前はあんなに私の嫉妬を嫌がっていたのに。それでも私は言った。「嫉妬なんてする必要ある?彼女はあなたの友達だし、ほかの友達とも親しいでしょ。連れて行くのが自然じゃない?」純一は何度か口を開いたが、結局何も言わなかった。そして、ぽつりと一言。「じゃあ、明日の朝、俺が手続きに付き添うよ」私は少し考えてから、拒まなかった。ちょうど頭がぼんやりしていて運転したくなかったし、送ってもらえるなら悪くないと思った。私が同意すると、純一は手を伸ばして私の手を取ろうとしたが、私はすっとかわした。彼は不満げな顔をして、訝しんでいた。私は説明した。「昨日よく眠れなかったから、少し寝直すね。あなたも休んで」そう言って、彼の驚いた顔を尻目に、私はドアを開けて寝室に入った。翌朝早く、純一は朝食を用意してくれていた。私たちは一緒に朝ごはんを食べたあと、彼は車の鍵を手に取り、私を送る準備をした。私は助手席に座った途端、妙な違和感を覚えた。純一の車に乗るなんて、本当に久しぶりだった。以前、雨の日に傘を忘れて迎えに来てほしいと頼んだ時、純一は眉をひそめてこう言った。「自立した女性なんでしょ?男に頼るなよ。ちょっと濡れるくらい、どうって
涙が、気づかぬうちに頬を伝っていた。笑っちゃう話だけど、純一が一花のために私を置き去りにするのは、これで何度目だろう。もう、いちいち数えてなんていられない。気づけば、そういうのにも慣れてしまっていた。通りすがりのカップルが手をつないで歩いている。ふと、昔の私と純一を思い出す。あの頃も、あんなふうだった。車が進むにつれ、その手をつなぐ姿も、私たちの思い出も、次第に霞んでいった。家に着くと、純一からメッセージが届いた。【一花を無事に送り届けたよ。彼女、ずっと吐いてて……今夜は帰れそうにない】スマホの画面を見つめながら、ぼんやりしていた。思えば、純一が私に報告してきたのは、これが初めてかもしれない。以前は、私がたった一言「飲み会は何人くらい来るの?」と聞いただけで、彼は「そんなことまで気にするなんて、めんどくさい」と不機嫌になった。「何でもかんでも報告しないといけない恋愛って、疲れない?」あのとき私は、純一の機嫌を直すのにずいぶんと時間をかけた。彼は何度も「俺のことに口出ししないでくれ」と念を押していた。私はあっさりと返信した。【わかった】すると、純一はさらに説明を重ねてきた。【本当に、あいつがずっと吐いてて……それに、もう遅い時間だったから泊まっただけだ。勘違いしないでくれ】私は淡々と答えた。【わかったよ】そのあとは、彼からのメッセージはなかった。夜、私は何度もトイレで吐いた。酔っていたのは、一花だけじゃなかった。私は普段、ビールばかり飲んでいたせいで、日本酒に慣れていなかった。少ししか飲んでいないのに、すっかり酔いが回ってしまった。深夜まで吐き続け、ようやくベッドに戻った。そのせいで、翌朝には目の下にクマができていた。純一が帰ってきたのは、昼過ぎだった。私はちょうど注文していたお粥を食べていた。以前なら、彼はきっと「そんなジャンクフードやめろよ」と説教されていた。でも今日は、珍しくお粥に興味を示した。「それ、美味しい?」私は驚いたように彼を見つめ、頷いた。彼はテーブルに座り、私の目をじっと見つめてきた。「酔っぱらいの面倒見るのって、本当に大変だよ。あいつがようやく落ち着いてから、すぐに帰ってきたんだ」その言い方に、どこか言い訳じみたものを感じたけれど、私はそれを突っ込まなかった。
「おじさん、今の言葉ってどういう意味?海外って……」純一の声は、一語一語に力がこもっていた。団長は少しも気にする様子もなく答えた。「知らなかったのか?早川は海外に行くんだよ。たぶん、これが俺たちが一緒に食事する最後の機会になるんじゃないかな。もう会うのも難しくなるだろうなあ」彼は私と純一の関係を知らないから、純一が驚いた様子でも不思議には思わなかった。けれど純一は、その言葉を聞いた瞬間、目が真っ赤になった。彼は私の手を取って無理やり店の外へ連れ出した。私は壁際に立ち、無言で彼と向き合った。先に口を開いたのは、純一だった。「海外って……どういうこと?なんで俺に相談してくれなかった?なんで一言も言わなかったんだよ?」彼の声は震えていた。その瞳には、信じられないという気持ちと、どこか怯えのような色があった。私は静かに応じた。「ああ、そのことね。そういえば、その話を聞いたとき、あなたは吉岡さんとディズニーで遊んでたから。わざわざ邪魔するのも悪いかなって思って」私の声は冷たく礼儀正しく、一気に二人の距離を遠ざける。純一は気まずそうな表情を浮かべながらも、私の手を握りしめた。「どんな状況でも、俺は君の恋人なんだ。君の大事なことは、俺にも共有すべきだろ?」私は驚いたように頷いた。昔の私は、何もかも彼に話していた。だけど、あの頃の彼はこう言ったのだ。「そんなこと興味ない。くだらない内容でスマホの容量を使うな」純一はかすかにため息をついた。しばらく沈黙した後、彼が口を開いた。「どのくらい行くつもりなんだ?」私は少し迷ったが、嘘をついた。「二、三年くらいかな」元々彼に知らせるつもりはなかった。ただの偶然にすぎない。「そんなに長く?」純一が驚いた声をあげた。私はうつむいたまま、無言で頷いた。その場に流れる空気が、ぴりっと張り詰める。純一は深いため息をつき、私を見つめて言った。「後で一緒に帰ろう?」何かを期待するように、彼の目がかすかに輝いた。私はそれを断ろうとしたその時、一花が部屋から出てきた。酔った彼女はとろんとした目で純一を見つめ、体をふらつかせながら、彼に寄りかかった。純一は私の反応をうかがいながら、一花を押しのけようとしたが、どうしても離れられない。焦ったように純一が口を開いた。「一花は酔