彼がそう宣言したあと、両手を私の腰に移動させ、しっかりと抱え込むような体勢になった。
漣くんのこめかみに伝った汗が、ぽたりと私の肩へと落ちる。 熱い滴が触れただけで、心臓が跳ねる。「あぁ……んんぅっ、はぁあっ……!」
その瞬間、律動の間隔がさらに短くなる。
下肢から全身へと駆け上がるめくるめく悦び。 刻まれる激しいリズムに翻弄され、もうそれ以外は何も考えられなかった。気持ちいい。気持ちいい。それしかない。
――だめ、こんなの……我慢できない……!
「あぁ、漣くんっ――漣くんっ……やぁあっ……っ、~~~っ……!!」
大好きな彼の名を必死に呼び続ける。
絶頂感がせり上がり、腰が意思に反してびくびくと跳ねた。「ナカ、収縮してる……ちゃんとイけたね。でも、もう少し付き合って」
「っ?」
それで抽送が止むと思っていたのに――
意味を理解したのは、漣くんがつながったまま私のお尻を抱え上げ、自分の脚の上に跨らせたときだった。抱き合いながら向き合う体勢。羞恥と興奮が一気に押し寄せる。
「この体勢だと、いっぱいキスできるね」
「んんっ……ふぅ、はぁあっ、んんっ……!」
達したばかりの身体を容赦なく突き上げられ、その合間に唇を塞がれる。
口の中も、お腹の奥も、彼に支配されている――そう思うだけでどうしようもなく情欲が募った。「ふ、ぁ……あぁ、漣くんっ……」
苦しくて、呼吸さえ上手くできない。
それに気づいた漣くんが唇を解放し、熱十月の中旬。食堂の丸テーブルに荷物を下ろすと、すでに到着していた翠がスマホを眺めながら「えー」と小さく声を上げた。「亮介のヤツ、今日もお昼は図書館で勉強だって。そりゃ国試は大事だけどさ、私や瑞希がいるときくらい顔見せろっての」 ぶつぶつと文句をこぼしながら、器用に親指を動かす翠。 きっと亮介に返信しているのだろう。「……ごめん、翠。私のせいかも」 二週間前の出来事が脳裏をよぎり、胸がずきっと痛んだ。 あの日を境に、亮介は私たちと昼食を取らなくなった。 翠に避ける理由はない。原因があるとすれば――私だ。 もう一度、彼を振ってしまった。 しかも、亮介があれほど「やめろ」と言った義兄との恋愛を選ぶ形で。「なんで謝るの。瑞希は悪くないよ」 翠は即座に顔を上げ、首を横に振った。 事情を話しているから、全部知っているうえでの言葉。だからきっと本心なのだろう。「でも真面目な話、亮介の気持ちも尊重しなきゃね。整理がつくのに時間かかってるんだと思う。それまでは、瑞希とふたりでランチだね」 そう言って、うーんと考え込むような表情をしたあと、にっこり笑う。 その明るさに救われながらも、私は心の底で、翠を巻き込んでしまっている申し訳なさを感じていた。 けれど――こればかりは時間に解決を委ねるしかないのだろう。「……あのさ、翠」「うん?」「あ……いや。今日なに食べるの?」 口をついて出かけた言葉を慌てて飲み込み、私は他愛もない話題に切り替えた。「まだ決めてない。瑞希のお弁当は?」「今日は時間なくて、こんな感じ」 ランチバッグから取り出したのは、梅干しのおにぎりが二つと、ソーセージにアスパラ入りの炒り卵。空いた隙間には冷凍のカリフラワーを詰めて、なんとか形にした。「時間なかったの
「俺はずっと言ってたよな。周りにきょうだいとして認識されている以上、『血はつながってないからいい』とはならないって」「……そうだね」 彼の言葉に、私はうなずくしかなかった。 亮介は、想いを伝えてくれるより前から繰り返し忠告してくれていた。 世間の目は厳しい。理解を得にくい関係だと――私のために。「自分が選ばれなかったから言ってるんじゃない。俺は瑞希の悲しむ顔を見たくないんだ。そんな恋愛、絶対につらくなる」 真剣な声音。険しい表情。 誤った選択をしようとする私を引き留めたい一心なのだろう。語調が自然と強くなる。 そして、抑えきれなくなった感情のせいか、やや捲し立てて彼が続ける。「瑞希の兄貴も兄貴だよ。学生の瑞希と違って、そういうことはよく理解してるはずなのに。なのに、わざわざ大事な妹を苦労させるなんて」「漣くんのせいじゃないよ」 自分のことを非難されるのは受け止められる。 でも、漣くんだけを責められるのは耐えられなかった。 これはふたりで選んだ未来。だから、つい声を強めてしまう。「――そうだね。亮介が言うように、気持ちだけじゃどうにもならないこともある。つらいことも苦労することもあるかもしれない。でも……私は漣くんと決めたの。一緒にいる未来を諦めないって」「だいたい、なんだよ、その『漣くん』って。兄貴は兄貴だろ」 珍しく、亮介の口調に苛立ちが混じった。 私が『兄』を名前で呼んだことが気に障ったのだろう。 逆撫でする意図なんてなかった。けれど、これが世間一般の感覚なのかもしれないと思うと、胸がちくりと痛んだ。「――っ、ごめん」 私の表情を見て、亮介がはっとしたように目を伏せ、大きく息を吐いた。 おそらく彼自身も、私を攻撃するつもりではなかったのだ。感情のまま口にしてしまい、後悔しているのかもしれない。「&helli
十月に入り、大学の後期が始まった。その直後、私は思い切って亮介に連絡を取った。 三人でランチをすると決まっている日を利用して、「少し早く合流できない?」と切り出したら、すぐにOKの返事。大学の中庭に彼を呼び出した。 到着すると、すでに亮介はベンチに腰を下ろしていた。奇しくもそこは、五月の終わりに彼から告白を受けた場所だった。 あのとき、私は漣くんに拒絶されて心がボロボロで。亮介の優しさにどれほど救われたかわからない。 それから四か月――まさか、漣くんと本当に恋人になっているなんて。未だに信じられない思いだ。「瑞希と会うの、もしかして一か月半ぶり?」 軽く挨拶を交わしたあと、私も彼の隣に腰を下ろす。「そうかも。亮介は変わりない?」「俺は全然。瑞希も……さすがに体調は落ち着いたんだよな?」「うん、おかげさまで」 私はガッツポーズをしてみせ、元気だと強調する。「…………」 当たり障りのないやりとりが一段落すると、会話が途切れた。 横顔を盗み見ると、亮介は言葉を探しているような、どこか焦った表情を浮かべていた。 私との間に気まずさを感じているのだろう。普段なら気にならない沈黙を、必死に埋めようとしているのかもしれない。 いや――もしかすると、私がなぜ呼び出したのか、うすうす勘付いているのかも。 話の内容までは読めていなくても、きっと彼にとって不本意な内容だろうということを。 なら、回り道せずにストレートに言ったほうがいい。「えと……時間が経っちゃうと言いにくくなっちゃうから、単刀直入に言うね」 私は身体を亮介の方に向け、まっすぐにその目を見据える。「私、お兄ちゃんと――漣くんと、付き合うことにしたんだ。だから、亮介の気持ちには応えられない。本当にごめんなさい」 謝罪の言葉とともに、深々と頭を下
「そうだよね。わかってはいるんだけど……それをきっかけに両親との関係が悪くなったらって思うと、苦しくなっちゃうときがあって。ほら、恩を仇で返すみたいなものだし」 不安を言葉にすると、翠はすぐさま首を振った。「それはご両親を信頼しないと。瑞希を実の娘みたいに育ててくれたんでしょ?」 私は静かにうなずく。 間違いなく、ふたりは実子である漣くんと同じように私をかわいがってくれた。「だったら大丈夫だよ。こういうことがあったからって、瑞希のことを嫌ったり、悪く思ったりはしないと思う。優しいご両親なんだよね? だから、あまり思いつめないで」「……うん。そうだね。ありがと、翠」 私には両親と積み重ねてきた長い時間がある。 ショッキングな告白をしたからといって、それが消えるわけじゃない。 必要以上に怯えなくてもいい――翠の言葉を受けて、自然とそう思えるようになった。 お礼を告げると、翠は「ううん」と首を横に振り、少しだけ間を置いてから言った。「――そしたらさ、亮介のことも、もう一度ちゃんと振ってあげてほしいんだ」「え……亮介?」 思わず目を見開く。 普段、この席でよく一緒に食事をしている彼の名前が唐突に出てきて、胸がざわついた。「亮介から聞いたんだよ。瑞希に告白を断られてるけど、聞かなかったことにしてほしいって頼んだって。『カッコ悪いけど仕方ないよな』って、笑いながら言ってた」 私は言葉を失う。 気まずい思いを抱えていた私と違って、翠は亮介と電話や直接の会話を重ねていたらしい。「亮介ね、本当は夏休みの間も瑞希を誘いたかったみたい。でも、断られるだろうって思ってやめたんだって。……でも、ずっと心配してたよ。発表会で倒れたのも見てたわけだし」 あのあと届いた「大丈夫?」というメッセージを思い出す。
私は少し緊張しながら口を開いた。 漣くんが新庄さんと別れたこと。あの交際が、私を守るためのものだったこと。 そして、漣くん自身も長い間私を想い続けてくれていたこと。 そのうえで――ついに、私と漣くんが付き合い始めたことを正直に話した。「本当に!? よかったじゃん!」 第一声、翠は目を輝かせ、小さく声を上げて笑った。「よ、よろこんでくれるの?」「当たり前だよ。だってさ、ずーっと片想いしてた相手に想いが通じたんでしょ? しかも瑞希と同じ気持ちだったなんて……こんなにうれしいことってないよ」 まるで自分のことのように喜んでくれる翠。 その姿に、「よかった」と安堵が込み上げる。「成果発表会のときも思ったんだよね。壇上に駆けつけるの、誰よりも早かったじゃん。『あぁ、瑞希のお兄さんって本当に大事に思ってるんだな』って、伝わってきた」「あ、あのときは本当にごめんね。翠に代読までさせちゃって……」「もう、それ何回謝るの? 気にしてないってば」 私は反射的に胸の前で手を合わせる。 申し訳なさは今も消えていなくて、話題になるたびに謝ってしまう。 けれど翠は肩を揺らして笑い飛ばした。その「いい加減気にしないで」という明るい気遣いが、彼女らしくてありがたい。「――とにかくさ。血はつながってないんだから堂々としてなよ。悪いことしてるわけじゃないんだから」「……ありがとう。そう言ってもらえると、すごく救われるよ。でも……」「なにか、まだ引っかかってる?」 翠が首を傾げる。「新庄さんのことなら、もう別れてるんでしょ? だったら気にする必要ないんじゃない?」「それもあるけど……やっぱり両親のことを考えると、ね」 確かに新庄さんの存在も気がかりだ。漣くんにとっ
――九月末、大学の後期が始まろうかというころ。 研究室に顔を出した帰りに、翠にばったり会った。 「久しぶりだしランチでもしようよ」と誘ったら、ふたつ返事でOK。私たちは学食へと向かった。 暦の上ではすっかり秋だというのに、気候はまだ夏の名残を引きずっている。 冷たい蕎麦をオーダーして、いつもの丸テーブルに腰を下ろす。「にしても偶然だね。瑞希は元気にしてた?」 にこにこと笑う翠は、ノースリーブの腕が少し日に焼けていた。 休み中、海にでも出かけたのだろう。彼女らしい、健康的な輝きがある。「うん、すっごく元気だよ。翠は?」「暑さにはやられてたけど大丈夫。でも本当、久しぶりだよね。『お茶しよう』って言いながら全然会えなかったし」「そうだね……」 夏休みの間もメッセージでやりとりはしていた。 けれどアルバイトが入っていたり、国家試験の勉強を始めたりして、予定がなかなか合わなかった。 だから今日の再会はラッキーだ。胸がうれしさでいっぱいになる。 蕎麦をすすりながら近況を報告し合っていたそのとき、翠がふと箸を止め、じっと私の顔を見つめてきた。「ん? な、なに?」「元気そうでよかったなって思っただけ。でも……瑞希ってすぐ顔に出るから。なにがあったの?」「え……?」 戸惑って曖昧に笑う私に、翠は意味深に口角を上げて、また蕎麦をすすった。 そして、食後のお茶でも口に含むみたいに、さらりとこう言った。「――ただ『元気だった』ってだけじゃないよね。前期の最後はこの世の終わりみたいな顔してたのに、今はまるで別人だもん」 胸の奥がぎくりと震えた。 ……すごい。さすが翠。私のことを一番よくわかってくれている。 あのころ、私は本当に追い詰められていた。