Share

離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた
離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた
Author: 桜夏

第1話

Author: 桜夏
如月透子(きさらぎ とうこ)が離婚を決めた日、二つの出来事があった。

一つ目は、新井蓮司(あらい れんじ)の初恋の人が海外から帰国したこと。

蓮司は億単位の金を注ぎ込んで、特注のクルーズ船で彼女を出迎え、二人きりで豪華な二日二晩を過ごした。

メディアはこぞって、二人がヨリを戻すと大騒ぎだった。

もう一つは、透子が大学時代の先輩の誘いを受けて、かつて二人で立ち上げた会社に戻ると決めたこと。

部長として、来月から新たなスタートを切る予定だった。

もちろん、彼女が何をしようと、誰も気にも留めない。

蓮司にとって、透子はただの「新井家に嫁いできた家政婦」に過ぎなかった。

彼女は誰にも知らせず、

ひっそりとこの二年間の痕跡をあらい家から消し去り、

密かに旅立ちのチケットを手に入れた。

30日後には、

ここでのすべてと、蓮司との関係は完全に終わる。

――もう、赤の他人になるのだ。

【迎え酒のスープを届けろ、二人分】

突然スマホに届いた命令口調のメッセージに、透子は目を伏せ、指先が震えた。

今は夜の九時四十分。

蓮司はちょうど朝比奈美月(あさひな みづき)の帰国パーティーに出席している最中。

かつて彼は、決して透子に外で酒のスープを持ってこさせなかった。

彼女の存在を世間に知られるのが恥ずかしいからだと、家の中だけで飲んでいた。

だからもし、前だったら――

「やっと自分を認めてくれたのかも」なんて、喜んでいたかもしれない。

でも今は違う。

視線は「二人分」の文字に留まる。

――そう、これは美月のためのスープだ。

本物の「愛」の前では、彼は堂々と「価値のない妻」を見下し、さらけ出すことを恐れなくなった。

透子は静かに手を下ろし、キッチンに向かってスープの準備を始めた。

蓮司の祖父との契約も、あと29日で終わる。

カウントダウンの画面を一瞥し、ため息が漏れる。

契約が切れたら、やっと自由になれる――

二年も傍にいたのに、愛は一片も手に入らなかった。

所詮、それが現実だった。

もう、愛する力すら残っていない。

最後の一ヶ月。

「妻」としての仕事だけは、きっちり終わらせるつもりだった。

鍋の中、ぐつぐつと煮立つスープは、彼女が最も得意とする料理。

なにせこの二年、何十回とその男のために煮込んできたのだから。

ふと目を奪われ、胸の奥がじんわりと冷えていく。

三十分後、きっちりと蓋を閉めた保温容器に、スープを二人分詰め、タクシーでホテルへ向かった。

車内で、透子は朝届いた見知らぬ番号からのメッセージを見返す。

【透子、覚えてる?私、美月だよ。帰国したの。また会えてうれしいな。蓮司を奪ったことは気にしてないよ。私たち、ずっと親友だったじゃない?今夜、ご飯でもどう?】

蓮司から歓迎会の話なんて一言もなかった。

透子がそれを知ったのは、美月からの「お誘い」があったからだった。

その文章の行間から滲む「寛大で気にしてないフリ」に、透子は皮肉に口元を歪めた。

奪った……?

違う。蓮司の祖父が反対したんだ。

美月は二億の慰謝料を受け取って、海外に行ったはずだ。どこが「奪った」?

確かに、彼に対する欲はあった。

でも自分から奪いにいったわけじゃない。流れに乗っただけ。

「寛大で善良な女」?ふん。

昔なら信じていたかもしれない。

でも高校に上がってから、全てが嘘だと知った。

遅すぎたけれど――

あのとき、自分はすべてを失った。

人間関係も、居場所も。孤立無援で、陰湿ないじめの標的だった。

……そしてその裏には、美月の影があった。

今日のパーティーには、当時の高校の「友達」も多数出席している。

当然、みんな美月の味方だ。

透子は、あのパーティーに出るつもりはなかった。

どうせ招かれた理由なんて、歓迎じゃなくて公開処刑。

あの頃の「同級生」と顔を合わせる気分にもなれない。胸の奥がざわつく、ただただ不快だった。

だから、スープだけ渡したらすぐ帰るつもりだった。

目的地に着き、個室の前で深呼吸。心を落ち着かせてから、扉をノックする。

数秒後――

扉が開くと、現れたのは蓮司じゃなく、純白のドレスを纏った美月だった。

「透子、来てくれたんだ!みんな待ってたよ〜」

満面の笑顔にきらびやかなメイク。まるでプリンセスのような装い。

首元には、あのネックレス――「ブルーオーシャン」。

一昨日、蓮司が落札したばかりのもの。やっぱり彼女に贈ったのね。

「いえ、スープを届けに来ただけ」

透子は感情のない声で、淡々と答えた。

「え〜、二年ぶりなのにそんなに他人行儀?私は蓮司を奪われたこと、もう気にしてないのに〜」

美月は唇を噛んで、先に「傷ついたフリ」を演じ始める。

……その猫かぶりな態度にはもう、うんざりだった。

透子はスープを置こうと身体をずらす。

だが、美月はさりげなく手を伸ばし、保温容器の蓋に指をかけた。

「来たくないなら、私が蓮司に渡しておくよ〜」

あくまで「優しげ」に申し出てくる。

透子は眉をひそめた。

すんなり引くような女じゃないのに、あまりに「親切」すぎる……

とはいえ、彼女自身もこれ以上関わりたくなかった。

だから、容器を渡そうと手を伸ばした――その瞬間。

「――っ!」

容器が受け止められず、真っ逆さまに床へ。

ガシャン!

蓋が外れ、熱々のスープが床にぶちまけられる。

そして美月はわざとらしく一歩後ろに下がりながら、甲高く叫んだ。

「きゃっ!痛っ……足が……!」

次の瞬間、個室の中からいっせいに視線が集まる。

蓮司がすでに立ち上がり、素早く駆け寄ってきた。

「透子、お前は……スープ一つもまともに持てないのか?」

彼は半身をかがめ、脱いだジャケットで美月の足を拭きながら、怒りに満ちた声で透子を叱りつけた。

「私……」

透子が言葉を紡ぐよりも早く、

「蓮司、透子を責めないで。私が受け取り損ねたの」

美月がしおらしく庇ってみせる。

蓮司は床に落ちた容器の蓋を拾い上げた。

割れてもいない、傷もない――完璧に無傷。

「これ、どう説明する?美月が手を滑らせた?それとも最初から蓋を開けて持ってきた?」

彼は鋭く睨みつける。

透子は驚きで言葉を失った。

この保温容器は頑丈そのもので、普通に落とした程度で蓋が外れるなんてありえない。

けれど、現に蓋は外れていて、しかも傷一つついていない。

「私は開けてない。じゃなきゃ道中こぼれてるはずでしょ」

必死に言い返す。

「言い訳は結構。やったことはやったことだろ」

蓮司の声は冷たく切り捨てるようだった。

彼にとって透子は――金目当てで祖父を丸め込み、

美月を追い出し、無理やり妻の座を奪った女。

信じる理由なんて、どこにもなかった。

蓋を放り捨て、蓮司は美月を抱き上げようと身を屈めた……

そのとき――

視線の端に、赤く腫れた透子の足が映る。

スープを浴びたのは、美月だけじゃなかった。

むしろ透子のほうが広い範囲をやられていた。

眉をわずかにひそめる。何かが一瞬、胸をよぎった。

……でも、それだけだった。

すぐに視線を逸らし、口をつぐんだまま立ち上がる。

透子がどれだけ火傷していようが、自業自得だ。

他人を傷つけようとした報いだと思えば、同情する理由なんてない。

美月を横抱きにすると、彼女は恥じらいながらも、心配そうに言った。

「蓮司、透子の足……」

「気にするな。死にゃしない。勝手に病院行くだろ」

吐き捨てるように答えた。

「お前はモデルなんだ。足が命だろ。そっちが優先だ」
Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた   第422話

    執事は言った。「……そのような仮定は、確かに難しいことでございますな。もし最初から若旦那様が朝比奈さんとご結婚なされていれば、透子と接点を持つこともなく、ましてや恋に落ちることもなかったでしょう」新井のお爺さんは黙り込み、やがて口を開いた。「つまり、やはりわしの過ちだ。わしが、あの二人の悲劇を自らの手で作り出してしまった」沈痛な面持ちで過去の過ちから抜け出せない主人を見て、執事は小さくため息をついた。「あの時、旦那様もこのような結果になるとはお考えにもならなかったはずです。それに、元々二年間という契約結婚の期限がございました。我々も、若旦那様と透子が互いに愛し合うのが最良の結果で、最悪でも婚姻を解消し、若旦那様が新たにお相手を探せばよい、とそう思っておりました」まさか蓮司が先に透子を傷つけ、その後に愛するようになり、二人がねじれた仲となって、今に至るまで引きずるとは、誰が予想できただろうか。新井のお爺さんはもう何も言わない。過去は変えられず、時を遡ることもできないと分かっている。今さら後悔しても何にもならない。それよりも、未来にどう向き合い、目の前の困難をどう処理するかを考えるべきだ。新井のお爺さんは言った。「この病院の心理カウンセラーに連絡を取ってくれ。近場で治療する方が何かと便利だろう」執事はかしこまり、その場を離れて電話をかけに行った。病室の外で二時間ほどぼんやりと座り続け、十時過ぎになって、新井のお爺さんはようやく帰路についた。執事は、以前と同じ護衛に病室の前を見張らせ、若旦那様が目覚めたらすぐに知らせるよう命じた。……昼休み、旭日テクノロジーの社員食堂で。食事を買い、席を見つけて、透子は同僚と腰を下ろした。彼女は食器を見つめ、視線は動かず、まるで機械のように箸でほんの少しのご飯を口に運んだ。同僚が顔を向けて尋ねた。「透子さん、どうしたの?午前中ずっと、上の空だったわよ」透子は我に返り、彼女に微笑みかけて言った。「ううん、何でもない」同僚は言った。「どこが何でもないのよ。いつもぼーっとしてるし、食事中まで」透子がまだ言い訳を探していると、後方の上から声が響いた。「どうしたんだい?気分でも優れないのかい?」透子が声のした方を見上げると、そこにいたのは駿だった。同僚は状況

  • 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた   第421話

    「あいつは家庭の事情で高校時代に心の病をひどく患い、性格も陰鬱で、もう少しで自ら命を絶つところだった。わしが当時に心理カウンセラーを探してやったのだが、本人がひどく嫌がってな。今回、改めて専門家を探し、あいつをカウンセリングさせるつもりだ」医師は頷き、何気なく尋ねた。「患者さんは高校時代から今まで、ずっと治っていなかったということですか」新井のお爺さんは答えた。「いや、高校を卒業してから徐々に回復し、気持ちも落ち着いてきた。これほどひどい発作は、長年ぶりだ。前回は胃痙攣を起こしただけだった」医師は尋ねた。「先ほど、患者さんは高校時代にカウンセラーを嫌がっていたと仰いましたが、では、どうやって回復されたのですか」新井のお爺さんは言葉に詰まり、唇を引き結んだ。どうやって回復したか……蓮司が言うには、美月が三年間そばにいて、彼を導き、励まし続けたことで、徐々に立ち直ったのだと。「一人の女のおかげだ」新井のお爺さんはため息をついて言った。「同級生だ。あいつが好意を寄せていた女学生だよ」「母親が亡くなってから、心の病を患ったのだ」医師は言った。「それは、失礼いたしました」新井のお爺さんは気にも留めなかった。そもそも事前に話していなかったし、ましてや蓮司の実の母親が、ただの病気ではなく、鬱病で自ら命を絶ったことなど、話すはずもない。医師は続けた。「その女学生とは、その後お付き合いされたのですか?患者さんのご年齢からすると、家庭を築いていらっしゃれば、お子さんがいてもおかしくない頃でしょう。そうなれば、彼の精神状態を安定させる助けにもなります」その言葉を聞き、新井のお爺さんは苦々しく口の端を歪め、視線を落として何も答えなかった。医師はすぐに察し、これは悲しい結末だったのだと、それ以上は何も言わなかった。彼は言った。「当院の心理専門家は、この分野では権威です。一度、患者さんに会わせてみてはいかがでしょう」新井のお爺さんは頷き、礼を言った。医師が去り、蓮司は特別病室へ移された。病室内。ベッドに横たわり目を閉じた男を見つめた。顔色は青白く、頬はわずかにこけ、前回入院してからまだ数日しか経っていないというのに……新井のお爺さんはため息が止まらず、心中は穏やかではない。執事は傍らで、辛そうな

  • 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた   第420話

    そして、蓮司に関する本当の情報を部外者が知る由もない。大輔は毎日ある留置場へ通い、今日は病院へも駆けつけ、さらにはお爺さんまで行った。これらすべてが、一つの事実を示している――蓮司が会社を休んでいるのは、胃病での入院が理由などではなく、勾留されているからだ。もっとも、胃病というのも本当かもしれないし、あるいは別の病気か。いずれにせよ、留置場内で発作を起こし、救急車まで呼ばれたのだ。大した病気ではないはずがない。少なくとも、多少の「期待」は持てる。彼は相手にメッセージを返し、引き続き外で見張るよう指示する。そして、お爺さんたちが帰った後、蓮司の病室を突き止めさせる。連絡を終え、悠斗はパソコンを開く。目はモニターに向けられているが、その視線はどこか宙を彷徨っていた。蓮司は一体なぜ留置場に入れられたのか。お爺さんでさえ、手を出せないとは。いかなる病気で発作を起こしたのか。大輔が朝早くに駆けつけたのは、事前に連絡を受けていたからか、それとも……パソコンのバッグを提げていたが、彼は普段、夜にしか面会に行かないはずでは?しかも、昨夜行ったばかりだ。悠斗は一枚の紙を取り出し、何かを書きつけながら考える。大輔が朝早くに出かけた動機は非常に怪しいが、蓮司の発作とは結びつかない。もし留置場から蓮司の体調不良の連絡を受けただけなら、なぜパソコンのバッグを持っていく必要がある?仕事の報告だとしても頻繁すぎる。あるいは、急ぎの重要書類やプロジェクトの承認が必要で、たまたま蓮司の発作と重なったのか。断定できず、彼は立ち上がると、紙を細かく破ってそばのゴミ箱に捨て、部長室へと向かった。まずは浩司に、今日会社で緊急に目を通さなければならない重大なプロジェクトがあるか探らせる。そして……もう一度、大輔に会ってみるべきか。彼から何か探り出せないか試してみる。とはいえ、大した期待はしていない。前回、相手に騙されたばかりだからだ。柚木グループとのプロジェクトは順調に契約したはずなのに、彼は蓮司が仕事のことで腹を立てて帰ってきたと言った。たとえこの二つが進展しなくても、彼にはすでに事実という切り札がある。新井グループの最高経営責任者である新井蓮司が勾留され、しかもそれはお爺さんでも助け出せない類のものだ。もしこの情報

  • 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた   第419話

    「佐藤から聞かなかったのか?蓮司は問答無用で、すべてを透子のせいにする。朝比奈の言うことなら、まるで主人の言葉を聞く犬のようだ。あのような状況では、無条件であの女を信じるに決まっておる。お前は蓮司が無実だと言いたいのか。透子に戻ってきてくれるよう頼みたいのか。だが、蓮司のどこが無実だというのだ。透子を傷つけたあれらの行いは、誰かに刀を突きつけられて無理やりやらされたとでも言うのか?」執事は小声で言った。「……ですが、もし朝比奈さんがいなければ、若旦那様も透子様にあのようなことはなさらなかったでしょう」新井のお爺さんは言った。「『もしも』などない。朝比奈が帰国したのは事実だ。ならば、あの女は必ずや間に入って事を荒立て、引っ掻き回すに決まっておる。朝比奈は憎むべき女だが、蓮司も同じく憎むべきだ。いとも容易く手のひらの上で転がされ、是非もわきまえず、真相を調べもせずに人を貶め、傷つけるとは。あれでよくもまあ、堂々たる新井グループ本社の最高意思決定者でいられるものだ」新井のお爺さんは言えば言うほど腹が立ち、呼吸さえままならなくなりそうだった。高校時代のあの最も辛い時期を乗り越えさえすれば、もう蓮司のことで心を煩わせることはないと思っていた。確かに、大学に進学し、卒業後に会社へ入ってからも、あやつの仕事ぶりは非常に優秀だった。父親を憎むがゆえに、必死で業績を上げ、そうして順当に後継者として指名され、相手とその隠し子に権力を奪う隙を与えなかった。本来、すべては良い方向へ向かうはずだった。よりにもよって、また色恋沙汰でつまずくとは。新井のお爺さんは必死に気持ちを落ち着かせようとする。この歳になって、安らかな晩年を送ることすらできず、心労と煩わしいことばかりだった。あの隠し子を呼び戻したのも、蓮司の透子への執着が、次第に狂気の域に達してきたからだ。あやつに危機感を抱かせ、重心をすべて会社に向かせたかった。そうすれば、男女の色恋にうつつを抜かす暇もなくなるだろうと。だが、忘れていた。新井家の男は、代々惚れた相手に一途なのだ。お爺さん自身、妻に先立たれてから再婚はしておらんし、あの馬鹿息子の博明でさえ、浮気相手は一人だけだった。大勢囲っていたわけではない。それが蓮司の代になると、死んでも透子に付きまとう始末だ。「半時間ほど前だったか、透子がお

  • 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた   第418話

    これで、新井のお爺さんは事の経緯をすべて理解した。やはり、すべてはあの女が裏で糸を引き、蓮司が透子を誤解して、次々と彼女を傷つけていたのだ。どうりで、あれほどひどい目に遭わせ、もう少しで命まで落とすところだったというのに、離婚した途端、死ぬほど愛しているなどと言い出すわけだ。憎しみと嫌悪しかないはずなのに、と。つまり、これは自ら進んで憎んだり嫌ったりしたのではなく、誤解から生じた傷つけ合いだったのだ。もしあの女が現れなければ、蓮司と透子はとっくに愛し合っていたのかもしれない。そして今、蓮司はすべての真相を知り、自分が人を間違え、あのような状況で透子を深く傷つけてしまったことに気づいた……大輔は再び謝罪する。「申し訳ございません。社長の体調を考慮せず、軽率にも防犯カメラの映像をお見せしてしまいました」新井のお爺さんは無表情に口を開く。「お前のせいではない。あやつの指示がなければ、お前が見せることもなかっただろう。それも、朝っぱらからな」彼は再び尋ねる。「あやつはいつから調査を?」大輔は答える。「先週末です。社長がハッカーに連絡を取り、ご自宅の削除された防犯カメラの記録を復元させていました。そのハッカーは、以前、透子の新しい電話番号を突き止めた人物でもあります」新井のお爺さんは言葉を失った。先週末、蓮司が電話で、自分が透子に美月を陥れるよう仕向けたのではないかと詰問してきたことを思い出した。彼は一秒目を閉じ、再び開くと、深呼吸して怒りを鎮める。孫が不憫ではあるが、自業自得でもある。もし蓮司が自分より先に死ぬようなことがあれば、それは間違いなく自ら招いたことだ。何を言うべきか分からず、数秒が過ぎた後、彼は大輔に言う。「お前は会社に戻れ。ここはわしらが見ておく」大輔は恭しく腰を折って頷き、新井のお爺さんに別れを告げた。救急室のランプはまだ点灯している。執事は傍らに立ち、固く閉ざされたドアを見つめる。中には、まだ救命措置を受けている若旦那様が横たわっている。執事が口を開く。「旦那様、朝比奈美月という女が裏で画策し、若旦那様と透子様の間に多くの誤解を生んだのでしたら、我々が透子様のもとへ伺い、はっきりとご説明してはいかがでしょう。透子様は物分かりの良い方です。お聞きになれば、きっと若旦那様だけを逆恨みするこ

  • 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた   第417話

    蓮司の体の震えは、瞬く間にさらに大きくなる。悲しみと後悔は制御できず、嗚咽のあまり窒息しそうになる。透子は、自分が彼女を殺そうとしたと言った……そうだ、自分は確かに、もう少しで彼女を死なせるところだった……ほんの数分の差で、それも透子の自力での脱出があったからこそ……「社長……」面会室の窓の外で、大輔は体を弓のように曲げ、今にも倒れそうな蓮司を見つめ、心の中は複雑な感情で渦巻く。透子の濡れ衣が晴れたことへの喜びと、蓮司が後悔する様を見ることへの痛快さ。しかし、実際に人がこれほど苦しむ姿を目の当たりにすると、彼のアシスタントとして、どこか感慨深いものがある。もしあの時、蓮司が透子をもう少し信じて、彼女の説明に耳を傾け、自ら真相を調べていれば。どうして今日のようなことになっただろうか?感情の激動が激しすぎて、自力で落ち着くことができない。大輔はすでに地面に倒れ、胸元の服を掴んで苦しそうに嗚咽する男を見つめる。彼は、社長が少し前に胃病で入院したことを思い出したす。医師は、感情の起伏が激しいと体に障ると言っていた。もしこのまま苦しませておけば、万が一また……彼はすぐさま119番に電話して救急車を呼び、蓮司を最寄りの病院へ運んでもらう。患者の感情は全く制御できず、同時に全身の筋肉が痙攣し、指さえも曲げ伸ばしできない。医師は救急車の中で、直接彼に鎮静剤を注射する。大輔は、まるで硬直した木偶のようになった蓮司を見て、体が本人の制御を離れていることに気づく。この瞬間、彼は本当に慌て、急いで新井のお爺さんに電話をかけ、状況を報告したする。真相のすべてを、一度に社長に見せるべきではなかった。度重なる衝撃に、社長は到底耐えられなかったのだ。一方、新井家の本邸。蓮司が発作を起こし救急車で運ばれたと聞くと、それまで冷たい顔で意に介さない様子だった新井のお爺さんは、よろめきながらも小走りで表座敷から飛び出したす。執事はすぐに運転手に連絡して彼らを送り届けさせる。救急室の外に着くと、新井のお爺さんは急いで走ったせいで両足が震え、まともに立っていられない。大輔は急いで彼を支えて長椅子に座らせ、同時に直立して腰を折り、謝罪する。「申し訳ございません、会長様。すべては僕のせいで、社長の感情の起伏が激しくなり、制御不能となって全身が

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status