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第2話

Author: 桜夏
蓮司は美月を抱きかかえたまま、大股でその場を後にした。

通り際――

彼の肩が透子にぶつかる。

その衝撃で、透子はよろけてドアフレームに寄りかかる形に。

火傷した足とすねに激痛が走り、思わず壁に手をついて踏ん張った。

個室の中からは、様々な視線が飛んでくる。

蔑み、冷笑、嘲り――

でも、もうどうでもよかった。

ゆっくりと背を向け、壁伝いに体を支えながら、透子はその場をあとにした。

ようやくたどり着いた診療室。

看護師がやって来て、患部を見た瞬間、息をのんだ。

「なにこれ……こんなに酷く……っ!」

足の甲には、いくつもの水ぶくれが盛り上がっていた。

最大のものはまるで小籠包のように膨らみ、他も真珠の粒のように連なっている。

まさに、見るに堪えない有様だった。

「どうやったら、こんなに……?」

透子は痛みに耐え、歯を食いしばったまま、言葉を発せなかった。

顔の筋肉もこわばり、答える余裕なんてなかった。

看護師は薬を塗りながら、独り言のように言った。

「さっきも火傷した子がいたけど……彼氏が大騒ぎして、主治医まで呼んでたわ。ほんのちょっと赤くなっただけなのに、あれくらいならすぐ治るのにね」

その言葉を聞いた瞬間、透子の胸に苦さが広がる。

――あれは、きっと美月と蓮司。

彼は、美月が少しでも傷つけば、世界が壊れるかのように慌てる。

看護師でさえ、二人を恋人同士だと疑わなかった。

「もしあの子が、こんなに酷い火傷してたら、あの男どうなってたかしらね」

看護師の軽口が続く。

透子は自分の足を見下ろした。

膨れ上がった水ぶくれが、薄く透ける皮膚の下に光っていた。

……もしこれが美月だったら。

きっと蓮司は市内の名医を全員集めてでも、治療させたはず。

だけど、相手が透子なら――

一人で病院に行かせ、顔ひとつしかめもしない。

その違いは、あまりにも明白だった。

手元のスマホが震える。

画面には「蓮司」の名前。

今頃、美月のそばにいるはずなのに――なんで電話なんか。

透子はディスプレイを下にして、無言で机に伏せた。

ちょうどその時。

看護師が、最大の水ぶくれを針で潰そうと準備していた。

組織液が溜まりすぎて、自然治癒は望めなかったから。

そのタイミングで――

蓮司が診療室に姿を現す。

「なんで電話に出ない?」

彼の開口一番は、そんな一言だった。

透子はその声に驚き、思わず顔を上げる。

けれど、喧嘩する気も、話す気も起きなかった。

ただ静かに、事実を告げる。

「……マナーモードにしてた。気づかなかっただけ」

彼の視線がスマホへと落ちる。

確かに、スマホは伏せられていて、通知に気づけなかったのも無理はない。

その確認が取れた途端、彼の苛立ちは少しだけ収まった。

そこへ、看護師が振り返り、じっと彼を見つめる。

――さっき、別の女を抱えて大騒ぎしていた張本人。

疑いと皮肉の混じった目で問いかける。

「あなた、彼女と……どういう関係?」

問いかけに、蓮司が答えようとしたその時。

「蓮司、透子は大丈夫?」

美月の声が、背後から届いた。

その瞬間、「俺の妻」という言葉が、彼の喉に詰まる。

唇がかすかに動くだけで、音にはならなかった。

透子は、その一瞬の迷いを見逃さなかった。

乾いた笑みを浮かべて、自分から口を開いた。

「関係ないのよ、私たち」

その言葉に、蓮司は無性に腹が立った。

自分でもなぜ怒っているのか、分からなかったけれど。

「彼女は、俺の妻だ」

彼は睨むように言い放った。

「お前が無理やり嫁いできたんだろ?今さら外で他人面か?」

投げつけるような言葉。

その奥には、苛立ちと混乱が渦巻いていた。

透子は蓮司を見上げ、眉をわずかに寄せた。

戸惑いと、皮肉混じりの感情が入り混じる。

……認めたくなかったのは、あんたじゃないの?

ただ、言葉に詰まってるのが見えたから、助け舟を出してやっただけ。

後ろで、蓮司の「俺の妻だ」という言葉を聞いた美月が、一瞬きょとんとした顔を見せた。

でもすぐに、視線を透子へと向け、憂いを帯びた目で睨みつける。

艶やかなネイルが、ぎゅっと拳に食い込んでいた。

看護師が三人を見比べ、呆れたような声で言い放った。

「関係ない人は出てってください、治療の邪魔です」

「関係ない人」――

その言葉に蓮司が眉をひそめ、何か言い返そうとしたとき。

看護師が体を動かした拍子に、透子の足元が彼の視界に飛び込んできた。

……赤く腫れ上がった皮膚、大きな水ぶくれ。

その生々しい傷跡が、彼の胸にチクリと刺さった。

言葉を失い、彼は一瞬立ち尽くす。

反射的に、美月を外へ制し、自分も壁際へと移動する。

部屋の光を遮らないように――それだけを気にして。

ただ立ったまま、動けなかった。

目の前のその足が、脳裏に焼き付いて離れない。

脚の甲からふくらはぎまで、広がる赤い腫れ。

その上に膨らんだ水ぶくれが点々と並んでいる。

看護師が慎重に針を刺し、滅菌布で液を吸い取るたび、透子の足がぴくりと震えた。

「名義上の妻」

彼女はそう呼ばれていた。

祖父を通して強引に結婚させられた存在――そんな風に、ずっと思ってきた。

けれど今、目の前にいる透子は、

想像よりもずっと細くて、か弱くて……

「しばらくは靴を履かないように。

なるべく歩かず、薬は一日三回」

看護師が指示を出す。

透子は無言で頷き、立ち上がろうとする。

だが、足に走る激痛で、体全体がガタガタと震える。

その瞬間、蓮司がさっと駆け寄り、

躊躇なく彼女を抱き上げた。

「なっ……!」

バランスを崩した透子は、反射的に彼の肩にしがみつく。

でもすぐに我に返り、慌てて手を放す。

「……降ろして」

「しがみついとけ。落ちても文句言うなよ」

彼はあくまで淡々と言うだけ。

そのまま、両腕抱きから片腕抱きに切り替えた。

透子は再び落ちないよう、仕方なく彼の首に手を回す。

もう分かっていた。

この抱擁には、愛情なんて欠片もない。

彼にとってこれはただの「義務」か「後ろめたさ」か。

もしかしたら、祖父に知られて怒られるのが嫌でやっているだけかもしれない。

蓮司が透子を抱えて病室の外に出たとき、

美月が作り笑いを浮かべながら近づいてくる。

「透子、大丈夫?」

その声音が、透子には耳障りで仕方なかった。

何も言わず、目すら合わせない。

わざわざ相手の茶番に付き合う気などさらさらない。

そんな中、蓮司が口を開いた。

「美月、透子の足が酷くてな。自分じゃ歩けない」

美月は相変わらずの笑顔で、さも気にしてない風に言う。

「大丈夫よ、説明なんていらないわ。だって透子は蓮司の奥さんなんだから、抱っこして当然よ?それに怪我までしてるんだし」

その優しさめいた言葉に、透子の胸の奥が、さらに冷たく沈んでいった。

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続きが気になります。
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