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第355話

作者: 桜夏
それから二十分ほどが過ぎ、ようやく昼食は終わりを迎えた。

三人は席を立ち、透子が会計のために店員を呼ぼうと呼び出しボタンを押す。

「私が払うわ」

理恵は前に出ようとする親友を手で制して言った。

透子は言った。「だめよ、今日は私がご馳走するって言ったでしょ」

理恵は言った。「どっちみち、透子はお兄ちゃんをご馳走したかったんでしょ。

今日、お兄ちゃんも食べたんだし。もし私に借りを作りたくないって思うなら、今度また二人きりで会う時にご馳走してくれればいいわ」

もともと、基本的なコースだけなら透子にご馳走してもらってもよかった。しかし、まさか、兄は理恵が席を外している隙に、高価な飲み物を三杯も注文していたとは。

まったく遠慮というものを知らない。よりにもよって親友相手にたかる。これでは、理恵が透子に支払わせるわけにはいかない。

その時、店員が個室に入ってきた。しかし、その手には決済端末が握られていない。支払いを押し付け合っていた理恵と透子は、その些細な点に気づかなかった。

店員が来たのを見て、透子は払おうとするが、理恵がそれを許さないとばかりに彼女を引き留める。自分が招待したのだ。相手に支払わせる道理などない。

もみ合っているうちに、力の差で透子は理恵に敵わない。このままではソファ席に押し戻されてしまう。

このままではいけない。そう思った瞬間、透子は驚くべき力を出した。理恵の体を腰のあたりからぐいっと持ち上げ、横にそっと下ろしたのだ。

下ろされた理恵は体勢を崩し、慌てて椅子の背もたれに手をついた。驚いた顔で振り返り、透子の力に目を見張る。

まったく、見かけによらない。あんなに細い腕と足で、自分より体重が重いはずの理恵を持ち上げられるなんて。

先手を取った透子は、すかさず一歩前に出て、ふっと息をついた。耳元で乱れた髪を手で直し、カードを取り出して店員に向かって言った。

「すみません、お会計をお願いします」

店員はカードを受け取らず、微笑んで言った。

「お客様、こちらの個室のお会計はすでにお済みでございます」

その言葉に、透子も理恵も呆然とした。

理恵が思わず口にした。「誰が払ったの?」

まさか、新井蓮司?彼は透子を尾行させていたのだから、ここで食事をしていることを知っていてもおかしくない。

こっそり会計を済ませて、透子を感動させよう
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