Mag-log inそれからしばらくは、特別なことは何もなかった。 町が浮いているだけで、みんなはそれぞれいつも通りの生活を送っていたから。 ヴァリエがいる、ということだけが唯一の違いだけど、一日目に二刻で七人にケチをつけたから「突き落とされたくなければ許可なく家から出るな」と言い聞かせてからは平和だった。 シエルたちは巨大ベッドのデザインであれこれやって、ヒロント長老たちは畑であれこれ、ティーアたちは家畜であれこれ。全員町が浮いていることなど気にせずに頑張ってくれていた。 子供たちも、ソルダートに頼んで門の方へは近付かないようにさせれば、町の敷地は高い塀で囲まれているので安全。全員きゃいきゃいと遊んでいる。一応ミュースに見張りは頼んでおいてあるけど、子供たちは全員素直で「危険だから門の方に行ってはいけない」という約束を守ってもらっている。アパルに「法律」で「子供だけで門の方に行ってはいけない」という法を作ろうかという話もあったけど、今の所はその必要もなさそうだ。 平和っていいなあと思う日々。 自分の家はヴァリエがいるので、泣くアナイナを何とか説き伏せて会議堂で寝起き(会議堂にはいつの間にかぼく専用の寝室が出来ていた)している。 ◇ ◇ ◇ コツ、コツ、コツという音でぼくは目覚めた。 んー……? 叩く音は窓からしている。 こんな音、今まで聞いたことないけれど。 コツ、コツ、コツと叩く音は途切れない。 窓を開けると、バサバサッという羽音と同時に何かが入って来た。「うお?!」 慌てて頭を庇う。 入って来たのは、伝令鳥だった。 人が遠くの人間とやり取りするのに使う鳥。手紙を運び、返事を持ち帰る。安い鳥は赤灰色で隣町までがせいぜいだけど、Sランクの町が使う伝令鳥なら相手の居場所が特定できなくても印の気配を感知してそこまで飛んでいくという。 伝令鳥の能力は色でわかる。赤が強い程能力が高い……つまりお高い。この鮮やかな緋色は相当お高い値段の伝令鳥の証。そうでなければ空に浮くこの町のぼくの所までピンポイントで来られやしない。 伝令鳥が少し長めの首を反らすと、そこには手紙。表面には「グランディール町長クレー殿」、裏には洒落たデザインのTの印が押された封蝋があった。 トラトーレ商会長の印だ。「しばらく
ヴァリエとアナイナ、厄介者二人を噛み合わせて追いやることに成功。その逆で気が合いすぎると厄介が二倍どころか十倍になりそうな気がするけど、考えないことにする。 とりあえず試すことは、「町長らしい振舞い方」がスキル「まちづくり」の中に入っているか。「まち」を「つくる」んなら、町長だって町の一部、町長を創り上げるスキルがあっても不思議じゃない。 で、ぼくより年上は全員スキルを扱い慣れた先輩なので、スキルの中の新しい力を目覚めさせる方法を色々聞いてみて。 返ってきた答えは「分からん!」だった。 そこを何とかと聞いてみると、「なんとなくしようと思ったらできた」。……そんなわやわやな。「多分スキルレベルが上がった時だと思う」。……真似できない方法を言わないでくださいもうレベル上がらないんです。「やれるはずだって言う思い込み」。……スキルて思い込みで何とかなるのか? 結局「やれば何となくでできる」というのがみんなの答えだった。 どうしろと。 やればできる……できる……できる。 それでふと思った。 もしかしてぼく、既に、できてるんじゃ? なんでそんなことを確信したかというと、スピティでトラトーレやデレカートと話し合っていた時のことを思い出したから。 何か精神が集中して、話を聞いて、アパルやサージュのフォローを受けながら、町長らしい顔をする。それを二人は後々「初めてとは思えない」「上出来」と言った。今までおままごとでもやったことのない偉そうな態度。それができていた。トラトーレやデレカートの前では。 町長の仮面をつけてるってイメージしろと言われたけど、もしかしてそれは既にあって、ぼくはスピティで無意識の内に町長らしい振舞いをしていたんじゃなかろうか。 アパルは……まだ会議堂か。 よし、町長の仮面をつけて再チャレンジ。「たのもー」 そして。「……完璧だ」 アパルが唸った。「食事作法としてはこれ以上ない程完璧。一回試した時はあれだけグダグダだったのに、一体どんな魔法を使ったんだ?」「魔法じゃない。スキルだ」 あ、やっぱり言葉遣いも変わってる。 仮面を外すイメージをして、アパルを見る。「仮面を被るってイメージで、前から出来てたみたい」「出来てたのかっ?!」 はい。やってみたら出来てました。 偉そうな態度とか苦手意識があったんで、仮面をつ
味も分からないまま、カトラリーを置く。「ギリギリ、及第点」 アパルは笑顔できついことを言う。「満点ってどんな感じ?」「笑顔で美味しそうに食べきることかな」 無理! 訳の分からないカトラリーをどれ使えばいいか考えつつ、食事のウィットにとんだ会話をしつつと、いくつものことを同時に行いながら笑顔を出して味わって食べきるなんて無理だから! 涙目の無言の抗議にもアパルは気にしない。「これがランチだ。ディナーになったらもっと色々出て来るぞ?」「勘弁して……」「町長なんだろう?」「影の町長でいい……」「影の町長でも町長なら他の町の町長やギルド長なんかと会食の機会はあるからね、慣れておきなさい」 スキル「まちづくり」に町長らしい振る舞いができるようになるってのないかなあ……。町を造るんだから町長にも何か付与効果が出てもいいと思うんだけど。うん、探してみよう。「まちづくり」の中には町長らしい振る舞いの仕方が入っていてもいいと思うんだ。「お兄ちゃん!」 アナイナが飛び込んできた。「帰ってきたらわたしと一緒にいてくれるって言ったじゃない!」「町長だからね」 どうどうとアナイナを宥めながらアパル。「町長らしい振る舞いを覚えなければみんなが困るんだ」 ぶんむくれたアナイナに説明して言い聞かせる。「で、我が君みたいなのになっちゃうわけ?」「冗談」「そこまではいかなくていいよ」「ってアナイナ、お前に預けたあれは……」「我が君!」 ああ、またあの甲高い声が来た。「町に相応しい町民を作る前に、町に相応しい町長になる。確かに、人を率いるには己がまず動いている姿を見せねばならない……!」「率いてるつもりはない」 どうしてもヴァリエの前ではいつものぼくがでてこない。アナイナの前のぼくでもない。どちらかというと……多分ヴァリエが町長らしいと言いそうな感じの……アパルやサージュの言う「町長らしい仮面」を被ったぼくだ。「あと、ここに入る許可を出した覚えはない」「我が君……」 涙で潤んだ目で見られても心はちっとも動かない。「ヴァリエはわたしが見てるから。誰かに嫌なこと言ったら耳を引っ張るの」「これまで何回引っ張った?」「そだね、七回は」 ヴァリエがここに来てから、そんなに時間は経っていない。それでアナイナのお仕置き耳引っ張りが七回
ヴァリエとか言う女騎士をアナイナに預けて、ぼくはシエルを呼んでサージュ、アパルと共に会議堂に入った。 ヴァリエは涙を流してご一緒したいと願ってきたけど当然却下。ぼくはまだ彼女を町民と認めていない。家ができてないのがその証。町民ではない人間を町に関する相談に入れるわけにはいかない。 で、話し合いというのは当然スピティのトラトーレ商会からの厄介な依頼……厄介俳優ピーラー・シャオシュがねじ込んできた巨大ベッド。「まったこりゃ……厄介な依頼をねじ込んでくれたなあ……」 設計図を見たシエルがガシガシと頭を掻く。ものづくり系ということでファーレとポトリーも入っている。「かなり大きいわね……壁に穴をあける気?」「いや、ベッドを見てから建物を決めるそうだ」「つまり気に食わなきゃ難癖付けられて押し返されるか」「でも押し返されてもこっちは損しないだろ」「まあ町スキルって言うか反則技で作ってるから材料費も製作費も何一つかからないからな。戻されたら名声は落ちるが、トラトーレ氏も無茶な依頼って知って振ってきたんだろ?」「うん。了解したら本当にほっとした顔してたし。こっちに戻ってきても本当にベッド囲むみたいに家作っておいとけばいいかなーと思って引き受けた」「おい、テキトーだな」「テキトーにしとけばいいよ。無茶を言ったのはピーラーで、トラトーレさんも渋々受けたんだし」「いや、テキトーはオレのプライドが許さねえ」 シエル、燃えてる。「グランディールのデザイナーとして、手ェ抜いた物は作りたくない」「じゃあ本気で作るの?」「本気に決まってるだろ。グランディールの名前がつくものに手抜きはありえない」 シエルは巨大ベッドの設計図と睨めっこ。「この大きさだったらもっと足が太くないとダメなんじゃない?」 ファーレ、ものづくりスキルの持ち主として冷静な判断。「強度考えて設計したのかなこれ。単に個人の意見を詰め込んだだけじゃないか?」 ポトリーも眉間にしわを寄せる。「それはそうだろ、敵は「新人潰し」だ」「サージュ?」 割って入って来た旦那にファーレが続きを促す。「「知識」仕入れたんだがな、ピーラー・シャオシュは新し物好きで、ちょっと目の出た才能のありそうな作家にしょっちゅうオーダーするんだと。それ自体は別に問題がないんだが、「自分の見込んだ作家ならこれくらい
地面におろされた女はへなへなと座り込む。「うう……我が君……我が君ィ……」「あと、ぼくのことを我が君とか言うのも禁止」 絶望的な顔をしてぼくを見上げても、彼女が可哀想だとか、そういう考えはちっとも浮かばなかった。「ぼくは誰かに忠誠を誓われるような人間じゃない」「そんな! 我が君はわたくしが唯一の主君と認めた御方! その御方が……!」「グランディールなら入れてくれると思ったんだろ?」 我ながら冷ややかな声だ。「新しい、だけどSランクの町に認められた町。そこなら、自分が入り込めると思ったんだろう?」「いえ、いえ、決して、そのような」「残念ながら」 ぼくはミュースを後ろに従えて、言った。「君は言ったよね。『新しい町には町民の見本となる騎士が必要』と」「は、はい! お任せいただければ、全ての町民を我が君の御為に働く忠義深く誇り高い、この町に相応しい人間へと……!」「それがいらないんだ」「え」 ポカンとする女騎士に、ぼくは、面倒くさいけど、言ってやった。「スキルも、レベルも。この町には関係ない。町が必要で、他のみんなとも仲良くやっていけるなら、それが町民になる資格だ。全町民がぼくの為に忠義深く働く町? そんな町いらない。君は、君の思い込みで町民を改造しようとしているだけだ。ぼくはそんなの望んでいない。今の、わちゃわちゃしてるけどいざって時はこうやって駆けつけてくれるみんなのままでいい。いや、みんなのままがいい。君に躾けられていう通りに動くだけの町は町じゃない。牢獄だ」「町長」「おう、俺も今のままがいい」「ここでなら、穏やかに暮らしていけると思う……!」 町民の同意。「我が……君……」「そして次はぼくからの質問だ。……どうやってグランディールに来た? この宙を移動する町には、ぼくが許可を出した以外にはスキルか飛空獣しか来られないはず。なのになぜ、君はしれっとここにいる? 言葉を交わしたのはサージュだけだったはずなんだけど?」 う、と女騎士は言葉に詰まった。 そして。「申し訳ありません!」 またまた頭を下げた。「わたくしの「追跡」発言条件は言葉を交わすこと。それはつまり、わたくしが言葉を発し、それに反応した言葉が出れば条件は満たされるのです」 ん? 女騎士と初めて出会った時の記憶を掘り出す。 スピティのデ
すぅ、と音もなく浮上するグランディール。 いつの間にか町民が門のところに集まって、外の景色を見に来てた。「あんまり前出過ぎないでね。危ないから」 特に子供が身を乗り出すので、一応危険喚起。「うわ、本当に飛ぶんだ」「こりゃすごいわ」「どっちの方向に移動すればいいと思う? スピティから遠ざかる感じがいい?」「ちょっと待て」 サージュが「知識」でこの辺りの情報を手に入れているらしく、しばらく眉間やこめかみに指を当てて目を閉じていたけれど。「もう少し南西に下ろう。ヒゥウォーンから離れる感じで」 ヒゥウォーンはグランディール(元)停泊地から一番近いCランクの町。ぼくたちがそこへ向かっているように見せかけた所だ。「リュー」「はいっす」 呼ばれて出てきたリュー。「場所の特定っすね?」「この辺り」 サージュが地図で目的地を指す。「任せるっす」 地図に指を当て、目を閉じて集中。「何もないっすね。ここを目的地に移動っすか?」「町長、リューのスキルに合わせることは?」 ……あー。 二人以上の人間がスキルを組み合わせて何かすることを「スキル合わせ」という。リューが「場所特定」で確認した場所にアレが「移動」するっていうのが合わせ。これが使えるようになるとスキルの使い幅がより一層広がるので、「合わせ」やすいスキルの持ち主は結構ありがたがられる。 で、もちろんぼくはスキル合わせなんてやったことがない。そもそもこのスキル、誰かに合わせられるのか? 移動手段だけでも大変そうな気が……。「簡単簡単」 アレがあっさりと言ってくれる。「イメージだよ。リューの頭の中の地図を覗いて、そこに行くって感じ。リューのスキルは合わせやすいから、ここで覚えとけ」 んなこと言われても。 困り果ててるぼくに、リューは笑う。「じゃあ、俺が頭の中でこの地図を広げてるってイメージしてみてくださいっす」 イメージね。うん、イメージ。「で、頭の中で見ている地図が拡大されているって思ってくださいっす」 イメージ……ねえ。 おお? 言われた通りやってみると、頭の中のリューが見ている地図がぐんっと大きくなった。「で、俺が「ここ」って思ってるとこ。分かるっすか?」 分かる。何となくだけど。地図の一点にリューが集中しているのがわかる。「そこまでできたらあとは簡単。そ







