ログインそのままぶらぶらと歩いて、今度は一面の緑の世界に辿り着く。 家畜を飼育する牧草地は、人間の住んでいる場所より広いかもしれないのは、家畜担当組が家畜をのびのび育てられると思った結果、らしい。 実際、あちこちで牛や馬、山羊や羊がのんびりと草を食み、鶏が地面を突き、豚が悠々と昼寝する。 家畜売買業者のゾーオンが連れてきた家畜を全部町に預けてくれて、飼育も担当してくれているので、ティーアやフレディをはじめとした動物関連のスキルの希望者がほぼ放し飼いで様子を見ている。放し飼いだけど寝る時には家畜小屋に戻ってくるそうだ。 家畜たちもこの牧草地が一番安全と分かっているし、お腹もいっぱいになるし、十分に広いので逃げ出すこともない。牧草も食べる端から伸びるので、何の問題もない。 結果、家畜たちはのんびりゆったりと牧草地で遊んでいる。 で、牧草を蹴散らして走り回るのが子供たち。「こーら、豚をまたがない!」 強面のティーアに怒られて、慌てて子供たちが逃げていく。「ティーア!」 声をかけると、ティーアが気付いてこっちに近付いてくる。「町長。様子を見に?」「うん。どう?」「まあ、子供たちが入り込むこと以外は特に問題もなく」「つまり子供が問題と」「ああ」 う~ん。「家畜の数が足りないとかは?」「いや、家畜も子供を生んでいるし、贅沢をしなければ肉や乳がなくなるということもないだろう」「そうか。何かあったらすぐに言って」「ああ、ゾーオンにも伝えておく」 その視線がぼくの顔から頭上に移る。「実物の伝令鳥は初めて見たな。頭に乗るものなのか?」「いや、肩に乗られるとバランスが悪いし肩が凝るんで妥協した結果」「へえ」 ティーアがギリギリエキャルに触れるか触れないかの場所に手を差し出した。 エキャルが首を伸ばして、その指を見る。 じっくり指先を観察してから、頭を戻す。「気に入られてはいないようだな」「いや、多分、今までで一番普通っぽい反応」「普通?」「アナイナにめっちゃ敵意むき出しで……。アナイナの指、突きかけた」「なるほど、確認して敵意がないと分かって頭を引っ込めたんだな」 ティーアは動物操作のスキルを持っている。操作するんであって懐かせるのはフレディのスキルだけど、それでもティーアのことを嫌ってるわけではないらしい
ヨモギを首につけたまま、頭の上にエキャルを乗っけして歩いていく。 畑の方は比較的穏やかで、作業に勤しんでいる人の姿が何人も見える。ヒロント長老がぼくの顔を見て手を振った。「畑の方はどう?」「特にこれと言って問題はないよ。儂のやることも少ないしの」 ヒロント長老は畑の代表みたいなもので、畑で働く人たちを取りまとめている。「新しい人からの苦情とかは?」 にっこり微笑んで首を横に振られたので、それは良かったと顔が緩む。「ああ、一つだけあったか」「何?!」 顔をあげて食いつくぼくに、ヒロント長老苦笑。「子供が遊んで畑に入り込むことが……」「ああ……」 どの町でも子供の遊ぶスペースって言うのはあんまりない。スキルとそのレベルで住む町が決まる世の中では、子供は正式に町の住民ではなく、成長して役に立つのかがさっぱりわからないので基本的な勉強しか教えない。スキルが判明してから本格的な勉強になるんで、ランクの低い町だと子供は下手すると自分の名前しか書けないというパターンもある。 グランディールは近いうちに学問所を作りたいと思っている。子供が増えたんで、みんなに読み書きと計算、あと印の作り方を教えるところがあればいいなあと、何となく。 でもまだ出来てないので、邪魔にならない限り町の中を歩き回ってもいいという許可を出してあったけど、畑に入り込まれるとなあ……。「畑に柵作る?」「そうですな、柵があれば入ってはいけないことが分かる」 ぼくは柵の形を考えて、スキルを発動。 畑を取り囲むように、子供には背の高い柵を作った。出入り口も簡単な鍵がかかるようにしてある。「こんな感じで?」「十分ですな」 ヒロント長老が頷く。「多分畑が広がれば柵もそれを取り囲んでくれましょうな」 で、と長老の視線が上に。「伝令鳥をお買いになられましたか」「宣伝鳥も近いうちに買おうと思ってるけど」 ぼくは頭の上に手をやる。ふかっという羽毛の感触と手に押し付けられる丸みを帯びた形。「とりあえずぼくが飼ってみて、どんな感じなのかを見たいってアパルもサージュも言ってたし」「そうですか」 長老は目を細めてエキャルを見る。「最初に送りたい相手はどなたですかな?」「ん~……個人的な話になって悪いけど」 手を挙げてエキャルを撫でながら答える。「両親に」「そう言えば、
三日は傍に居てやってください、とパサレは言った。 伝令鳥や宣伝鳥は、まず自分が帰ってこなければならない場所を覚えなければならない。不特定多数に送る宣伝鳥や町で買う伝令鳥は場所を覚えてそこから行き来するけれど、ぼくのみたいに完全に個人的なやり取りをするなら、自分の飼い主を完璧に覚えてもらわないといけない。何処から何処に送ってもぼくの所に戻ってくるように。 高価でスキルレベルの高い伝令鳥は、例えば他人に貸しても、飼い主の意を酌んで他人の手紙を知らない人間の所にも届けたりできる。けど、元の住処あるいは飼い主を完全に認めていない鳥は元の住処に帰ってきてしまったりする。 エキャルは高価でスキルレベルの高い伝令鳥だけど、それでもぼくの気配を覚えるには三日はかかる、んだそうで。 基本的に鳥かごの中に入れておくものだけど、鳥かごに入れると文句言って暴れる。言い聞かせると分かってはくれるんだけど、あの黒い目でじっとぼくを見上げてくる。出してくれーって言ってるの分かるんだよ、これが。逃げないからここから出してーって言ってるのが。 鳥かごに入れておかなくても、ここまで気に入った飼い主の元から逃げ出すことは滅多にないとパサレも言ってたし、ぼくがエキャルの傍に居るよりエキャルがぼくの傍に居るのが色々無理がなくていいかと自由にさせた途端、右肩に飛び乗った。 鳥だからそんなめちゃくちゃ重いってわけじゃないんだけど、それでも右肩に重みはかかる。「……肩が重いんで別の場所に行ってもらっていいでしょうか」 バサバサッと飛んで頭の上。「何で頭の上がいいの?」 長い首を下ろして頭のてっぺん辺りに自分の頭を擦り付ける。「分かった分かった。そこがお前の定位置なんだな?」 だったら仕方がない、ちょっと間の抜けた姿になるけれど、エキャルを頭に乗せて、毎日恒例の町の巡回に出かける。 と言っても町のあちこちを散歩がてらほっつき歩くだけなんだけど。 拉致監禁された直後によく護衛もなくほっつき歩けますね、と元ファヤンス住民に言われたけど、実際の所グランディールより安全な場所はない。 宙に浮いているグランディールに侵入しようとすれば、まずスキルか騎獣で飛ぶしかない。で、上空から入り込もうとすると、水路が邪魔をする。水路はどうやら雨除け風除け寒さ対策もされているらしく、水路を突き抜けて通ろう
「お待たせいたしました。書類を……あら」 頭の上の伝令鳥を見てパサレが笑う。「お前、本当にこの方のことを気に入ったのね」「これが?」「頭に乗るのは信頼しているからですよ」「そうなの?」 頭の上に手を伸ばすと、掌に頭をぐりぐりしてくる感触。「では、ここにお名前と印を」「大人しくしててね」 ゆらゆら揺れている伝令鳥にそういうと、ぴたりと動きを止める。「この気難しい子がこんなに好くなんて、本当に運命の相手に巡り合えたのね」 書類を渡された。「この鳥の名前をこの欄に書いてください」「名前?」「ええ。名前を与えて、主従の契約を結ぶ。そういうものでしょう?」「名前……」 まさか入手したその場で名前を付けなきゃいけないとは……。「前の持ち主はどんな名前を付けてたんですか?」「同じ名前を付けることはお勧めしません」 何で? というぼくの顔に気付いたんだろう。パサレは真剣な目でこっちを見た。「名前を与える、ということは、この子に対する全権を名付け親が得る、ということに他なりません。前の飼い主と同じ名でこの子を呼ぶと、この子は果たして自分がどちらに仕えてどちらを愛しているか混乱するでしょう。名前、とは、その相手に責任を持つという一番分かりやすい例なのです」「ちなみに前の飼い主はどのような方でしたか?」「かなり強引な方でしたね。明らかにこの子が嫌がっているのに自分にこそこの子が相応しい、とお金を置いて強引に連れ帰ってしまいました。その後、この子が逃げ帰ってきた時連れ戻せ、でなければ弁償しろと言われましたが、ええ、伝令鳥をただの持ち主のステータスと見做している方にはお譲りできませんとお金と弁償金を叩き返しましたよ」 ……何か、その元の飼い主って、ぼくの知っているヤツのような気がする。 そいつのおさがりと思うと嫌だけど、無理やり連れていかれたのを嫌がって戻ってきたと言われたら、放っておくわけにはいかない。 じゃあ、名前つけないと……。 う~ん……。名前って……言われても……。 緋色か……緋色……緋色……。「エキャルラット」「古語、かな」アパルの言葉に頷き返す。「通称はエキャルかな?」 頭の上でエキャルと名付けた伝令鳥が揺れている。「踊ってる?」「踊ってるねえ」 踊るの?!「ではここにもう一度お名前と印、そしてここに伝令
「鳥との相性、ねえ」 パサレは笑顔で奥に引っ込むと、何羽かの伝令鳥を連れてきた。 伝令鳥は赤い羽根と黒い目の鳥だと何となく認識していたけど、こうやって並べられると、違いがあるのがわかる。 炎のような赤さの鳥。柔らかそうな羽毛を持つ鳥。黒い瞳が潤んで見える鳥。本当に千差万別、一羽ずつ個性がある。 赤が強ければいいのかな、と思っていたけど、これは確かに違うわ。赤と言ってもマゼンダ色に近いものもあれば、血のように赤いのもいるし、朱色もいる。赤って色々あるんだなあ。(町長、町長) 肩を小突かれて、口が開いたままなのに気付いた。慌てて閉じて鳥を見る。「鳥との相性って、どうやってみるんです?」「フィーリング。感性ですね。ああ、この子だという確信です。個人的な伝達をするのであれば、余計お客様のために頑張るという子を選ぶべきですね」「そっか……鳥だって生き物だもんな、気に入った人に為に頑張ろうって思うんだろうなあ……」「そうです。この子たちにも好き嫌いや相性がありますからね。長く付き合うならば、鳥にとっても人にとっても幸せでなければ」 うん、そうだよな。町だって同じだ。元からいた人も新しく来た人も幸せでないといけないよな。とりあえずは元ファヤンス組とそれ以前の人たちが上手く混ざり合うか。それだな。 おっと、これはとりあえず心の中に納めておこう。今は伝令鳥だった。「どの子がいいのかな……」 じっと目を覗き込む。 黒い目がくりっくりっと動きながら見返す。 あ、かわいい。 アナイナ、好きそうだなあ。 い、いやいや、今回はアナイナのプレゼントを選んでるわけじゃなくて、自分が使う伝令鳥を買うんだった。 十四年間わがまま放題なあいつの兄をやっていた癖がまだまだ抜けない。「乗せてみます?」「? 乗せ?」「はい」 パサレはぼくの見ていた一羽をすくう様に持ち上げて、ぼくの肩に乗せた。 あ、結構重い。 羽根の感触が頬に当たってくすぐったい。「ちょっと違うみたいですね」 ひょいっと肩からすくいあげられる。 次に隣の伝令鳥を乗せる。 と、明後日の方向からバサバサバサッと羽音がした。 止まり木に停まっている一羽が、バサバサと羽根を広げている。「あら。乗りたいの?」 バサバサバサバサ。 自己主張が激しいな。「乗せてみます?」「あ、お願いし
ピーラーとデスポタの拉致監禁事件がすべて解決してから数日が経って。 ぼくはアパルとリューとアレを連れて、スピティを訪れていた。 言っとくけど、別にピーラーとデスポタが気になったわけじゃない。あいつらはもう関わりたくない。放浪者となったデスポタがどこで野垂れ死んでも関係ないし、ピーラーがメァーナスでどういう扱いを受けているかも興味はない。 目的は二つ。 一つはピーラーが取り下げた注文の代わりに、今度トラトーレ商会で受ける注文を聞きに来た。 トラトーレはソファに座るぼくたちに向かって立ったまま頭をペコペコ下げまくっていた。「本当に申し訳ない……。そして本当に感謝します。私の仲介した相手があのような事件を起こしたというのに……まだ我々トラトーレ商会と取引をしてくれるとは……」「私の頭を殴ったのはピーラーであってトラトーレ商会長ではありませんから」 ぼくはにこやかに言った。「そしてまだ注文が来ているというのにトラトーレ商会と縁を切るようなことは出来ませんよ」「まこと……まっこと感謝しかありません……! これから先は客も選ばせてもらいます! 決してグランディールに損をさせるような真似は致しませんので!」「心配はしていませんよ、トラトーレ商会長。我々はトラトーレ商会を信じていますので」 トラトーレ商会長は泣きそうな顔で頭をもう一度深々と下げる。「で、次の注文があるならば」「は、はい、ピーラーの注文取消しで、注文が殺到しておりまして」 その中からトラトーレが依頼してきたのは、SSランクの町の町長夫人の飾りタンス。服道楽の奥方らしく、今まで集めてきた衣装を丁寧に片付けられる物が欲しいそうだ。 ちょっと難しい注文だけどピーラーのそれに比べりゃ簡単だ。 契約書を交わして、そして聞いてみる。「いい伝令鳥が欲しいのですが、お勧めはありますか?」「伝令鳥ですか。フォーゲルに行かれては?」 トラトーレがにこりと笑う。「フォーゲルは鳥の町。食用鶏から伝令鳥まで、いいものを取り扱っております。我々の伝令鳥もフォーゲルに注文して手に入れました」「ほう、鳥の町」「一般認知度は低いですが、高レベルの町の上層部にはよく知られておりますよ。いい伝令鳥や宣伝鳥を繁殖させ、売っております。宣伝鳥も購入するといいでしょうな。グランディールが取り込んだ陶器を売るため
正直、ショボい光景を覚悟して目を開けた。 所詮はレベル1Maxのスキルだ、ボロ家の一軒でも立っていれば大ラッキーという気分で。 ゆっくり開いた視線の先、眼の前にあるのは、門だった。 衛兵がいてもおかしくないような、立派な門。 左右を見れば、城壁と言ってもいい立派な塀。 エアヴァクセンよりも立派な入り口だった。「これ……は……?」「おいおい、レベル1のもんじゃないぜこれは」 盗賊団の皆さんも呆然と入口を見上げている。 アナイナだけが、自分がやったわけでもないのに得意気に胸を張っていた。「ほーら、やっぱり、お兄ちゃんじゃない」 何だその威張り方は。「い、いや、塀だけが立
一瞬空気が凍り付き、動き出すのに数秒かかった。「簡単に言ってくれるなお嬢さん」 盗賊団、スキル「法律」のアパルさんが苦笑した。「町を造るには、色々なスキルの持ち主が大勢集まらなければならない。まずお嬢さんは未成年だからスキルもない。そして我々もそのようなスキルはない……」「一応食事には困らないけど、洞窟の中での生活があんたに耐えられるとは思えないけどね」 スキル「食獣」のマンジェさんが不愉快そうな顔をした。確かにそうだよな、家を建てるみたいなスキルがない限り、雨風をしのげるところなんて洞窟とかしかない。聞いた限り、反エアヴァクセン盗賊団の中に家を建てられるスキルはない。「お兄ち
「あのー。もしかして皆さん、エアヴァクセンの町長、知ってる? ミアスト・スタット町長」 まだもがもがやっているアナイナの口を塞いだまま、ぼくは聞いた。「知ってるも何も」 盗賊の一人が言う。「俺らを追放したのはあの野郎だからな」「え。もしかして……皆さん、元、エアヴァクセンの住人だったって、こと?」 一番若そうな盗賊が頷いた。「俺はな、Bランクの町から栄転でエアヴァクセンに来た。スキルは水を操る「水操」、レベルは50でレベル上限は3000だった」 そりゃすごい。水を自在に操る能力をレベル3000で持っていたら、十二分に町のために働けるだろう。「だけど、移転者歓迎
エアヴァクセンからこの森の街道までは徒歩で約四半日。 野宿するならエアヴァクセンが見えない場所で、と言われているから、森の街道沿いで……と思ってたけど、この可愛いお荷物のせいで大急ぎで回れ右しなければならなくなった。 昨日までは親切だった警備兵さんたちからすれば、今のぼくは勝手に町に入り込もうとする放浪者でしかない。近付けば追い払われる。その傍に仮住人がいれば保護しようとするはず。場合によっては仮住人を誘拐したと思われるだろうけど、その時は全速力で逃げるしかない。 そんなぼくの思いも知らず、上機嫌でついてくるアナイナ。 ……本当に、もう。兄の事情も苦労も知らないで……。 アナイナ







