Home / ファンタジー / Pale Moon〜虚無の悪魔と蒼月の女神〜 / Nox.III『再会は甘美な死をともなって』II

Share

Nox.III『再会は甘美な死をともなって』II

Author: 皐月紫音
last update Last Updated: 2025-07-21 12:01:09

「クソッ!! クロヴィスが来る前になんとかしなければ……」

——「おや、僕がどうかしたのかい?」

 コトリとグラスに氷が、落とされたかのように|刹那《せつな》の間――静寂が|波紋《はもん》のように広がった。

「レイフ、逃げなさい――!!!!」

 時が止まったかのような静寂は、ヴィオレタの悲鳴のような一声によって破り去られた。

 次の瞬間――冷たいものが背中に触れ、身体を一瞬のうちに悪寒が駆け抜ける。

 胸部に痛みと熱が広がってゆき、身体の感覚が失われてゆく。

「うん? なんだ、君だったのか。――やっぱり、僕たちは、また逢う運命だったようだ」

「なっ……」

 星の光を繋ぎ合わせたような|白金色《プラチナブロンド》の髪に、清麗で神秘的な輝きを放つ、|曹柱石《マリアライト》を思わせる|菫色《ヴィオーラ》の瞳。

 耳元で睦言のように囁かれた|言の葉《ことば》に、レイフが視線だけをそちらに移せば、ぞっとするほどに美しい顔が、鼻先が触れ合うほどの距離にあった。

 レイフは、その顔の人物をよく知っていた。

 顔を合わせていたのは、本当にわずかな時間だ。

 それでもあれだけ印象的だった出逢いを忘れるはずがない。

「あん、たは……」

 レイフの視線の先に居る男は、以前に姉――スカディと別れた公園で出逢った、人間離れした美貌を持つ、不可思議な男性だった。

「う、うぅぅっ――!」

 さらに声を振り絞ろうとした次の瞬間、喉に急激に〝何か〟が込み上げてきて、堪えきれずにレイフはそれを外へと吐き出した。

 精気を失いつつある瞳を下へと下げれば、石畳の床は暗い〝|朱《あか》〟へと変色していた。

 一瞬――自身の真紅の瞳が、そこに転がり落ちているのではないかという錯覚にさえも襲われる。

 だが、すぐに現実が痛みを伴って到来した。

 視界に映る胸部を貫く鋭利な〝白銀の刃〟が、自身の血を抜き出してゆき、ぽたりぽたりと、それは石畳へと染み込んでゆく。

 昏く、深く、|暗晦《あんかい》とした血溜まりが石畳へと広がってゆくのをレイフは静かに見下ろすしかなかった。

 それが自身の口から吐き出された血液であると、受け入れるのに彼は、わずかの時を要した。

「こんな形の再会になるとはね……。でも嬉しいよ。僕はね……自分の気に入った相手は、自分の手で息の根を止めてあげたいんだ。さっきの戦いは見事だった。君は人間にしては大したものだよ。あ、そうだ! 次に会ったときは名前を教えると約束したね。僕の名はクロヴィス・リュシアン・オートクレール――君の魂に最上の敬意を表して、僕自らの手で|天《そら》へと|葬送《おく》ろう」

 背後に立っていた男――クロヴィスが、静かにレイフの胸から剣を引き抜いた。

 白銀の清麗な光を|纏《まと》う剣身、漆黒の鋭い|樋《ひ》が特徴的な片手剣だ。

 剣を右手に構えて、月白色の|燕尾服《テイルコート》を身に|纏《まと》うクロヴィスの姿は、夜闇に瞬く星々を従える王のように気高い。

 月の薄明かりが照らし出す重なる二人の影――レイフの身体だけが糸が切れた人形のように地面へと倒れ込んでゆく。

 ——だが、その動きは突如止まった。

 立ち去ろうとしていたクロヴィスの目が見開かれ、わずかな戸惑いの色を含んだ視線をレイフへと向けた。

 それは、まさに一瞬の出来事だった――。

 風切り音を纏わせ振り返ったレイフの拳の甲が、クロヴィスの頬へと狙い違わず打ち込まれた。

「——かはっ!?」

 予想など、欠片もしていなかったであろう反撃を受けたクロヴィスの表情が驚愕に歪む。

「はっ! ナメんじゃねぇよ……」

 だが、それが限界だったのだろう。

 不敵で挑戦的な笑みを口元に浮かべたままに、レイフの身体は静かに後方へと倒れ込んでいった。

「レイフ——!!」

「ふ、ふふふ……あははっ――!!!!」

 しばらく頬を押さえて、呆然と立ち尽くしていたクロヴィスは、突如として顔に恍惚とした笑みを浮かべて笑い出した。

「いいね、君! すごく|好い《いい》よ。見苦しく、不恰好な|悪足掻《わるあが》き! だが、それが堪らなく愛おしく、美しい!! 無力で不完全な人間が、必死に力と知恵を、尽くして僕たち、超常の存在を越えようとする。その命を凄絶に燃やす瞬間の姿こそ、最も美しく、〝壊し甲斐〟があるんだからね。|好い《いい》! 気に入ったよ、君の魂は奪わない。天界から冥界まで、この世界すべては僕の玩具箱だ。どこに行こうとも、君の魂は逃してあげないよ。必ず捕まえて、一生虐め抜いてあげる!」

 自身の身体を抱きしめ、拳を受けた顔を朱に染めあげて、狂ったような哄笑を、ひとしきりあげた|後《のち》にクロヴィスの首がくるりと向きを変えた。

 その視線の先には、ヴィオレタを害そうとしていた男たちが立っている。

「す、すまなかった! クロヴィス!!」

「今回は、まだ〝この体〟に慣れてなかっただけだけなんだよ! それに、このガキが異常に強かったんだ! ほら、実際あんたも——」

 男は、それ以上の言葉を紡ぎ出すことができなかった。

 その首から上が、すっぱりと消失していたからだ。

 クロヴィスは剣身に付着した男の血を、いかにも退屈といった面持ちで夜闇へと振り払った。

 転がっていった首と残された男の身体は|塵《ちり》となり、夜空へと昇ってゆく。

 クロヴィスは剣を黄金の|線《ライン》が入った漆黒の鞘へと収めると、純粋な子供のように悪戯っぽい微笑みを浮かべて両手を宙で叩いた。

 首を斬られた男の身体が倒れていた辺りを見つめ、震えあがっていた残された男たちの視線が、一斉にクロヴィスのもとへと集まった。

「静粛に! 今から、とっても大切なことを言うのでよく聞くように。ひと〜つ、まず、僕の配下として働く以上、使う言葉は選ぶように。つまりはちゃんと美意識を持ちましょうねってことだね。見苦しい髪型や服装、言動は一切許さない。言うこと聞かないと、首を飛ばしちゃうからね? おわかり?」

「は、はいっ!!」

 クロヴィスが、右手で首を斬る真似をしてみせると、男たちはいっそうと身体を震わせた。

 その様子に彼は、うんうんと頷きながら満足げな笑みを浮かべてみせる。

「それじゃあ、そこの倒れてる彼をさっさと起こしてくれる?」

 クロヴィスの命令を受けた男たちは、先ほどレイフに殴り倒された男を急いで叩き起こす。

 ふと、再び身体の向きをレイフの方へと戻したクロヴィスの視線が、ヴィオレタのものとぶつかった。

 |灰簾石《タンザナイト》と|曹柱石《マリアライト》――二つの紫色の瞳が、互いを呑み込もうとするかの如く重なり合う。

 ゆっくりと、静かに夜闇に溶け込むように歩いてきた彼女は、血溜まりの中に倒れるレイフを見下ろすと、そこに片膝をついた。

 血の気を失ったレイフの|表情《かお》は、否定しようもなく、彼が死の間際にいることを物語っている。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • Pale Moon〜虚無の悪魔と蒼月の女神〜   Aurora-epilogue-《夜明け》

    ◆◇◆◇ 冷たく、細い、なにか糸のようなものが頬を撫でる。 柑橘系の凜とした香りが、鼻腔を刺激する。 その香りは、ゆっくりと深みのある甘いものへと変化してゆく。 美酒に溺れるかのような、心地良い微睡みのなかにレイフは居た。 陽光の一切、射さない闇夜にあっても、自然と起きる時間が来たのだと告げるように、身体に血がめぐってゆくのを感じる。 まぶたが開き、真紅の双眸があらわになった。  視線を少し上げれば、そこには夜の光を凝縮したような双眸があり、レイフは思わず息を呑む――。  先を見通すことのかなわない、幽玄な煌めきは|灰簾石《タンザナイト》のそれを想起させる。 黒い革張りの|寝台《ベッド》の上――互いの息が感じられ、香りが混じり合い、唇さえもが重なり合いそうな距離で、レイフはヴィオレタと見つめ合っていた。 レイフの格好は、普段から部屋着としてもよく着る黒いシャツをボタンをはずして羽織り、ヴィオレタはといえば寝巻きであろうサテン素材のネグリジェを着ていた。 特別に鈍い方というわけではないと自覚しているレイフは、即座に状況を察した。  どくどくと、鼓動がやかましいほどに鳴り響き、高まり続ける身体の熱が、さらに酔いを回すように、現実から意識を隔離させてゆく。 高揚する意識は視線を、さらなる悦楽へと導いてゆく。 その先には、桔梗の花弁を想起させるヴィオレタの唇があり、漏れ出る吐息は香り高く深みのある|葡萄酒《ワイン》のそれと似ている。 額や頬に触れる、ヴィオレタの髪から感じる鎖のような冷たさが唯一、レイフの意識を現実へと繋ぎ止めていた。 ――「そろそろ、離してくれるかしら……」 それまで、人形のように目前に寝ていたヴィオレタの唇から、はじめて言葉が発っせられた。 視線をずらし、そこでようやくレイフは気がついた。 自身の左手が力強く、ヴィオレタのたおやかで、ほっそりとした右手を握り締めていたことに。 すっーと急速に熱が身体から引いてゆき、レイフの意識は現実へとようやく引き戻された。 「わ、悪い!!」 身体を起こしたヴィオレタは、身なりを整えながら、聞こえよがしに溜息をひとつ吐く。 おまけに絶対零度の視線を向けながら、右手をひらひらと動かしているあたり、相当にご機嫌はななめのようだ。「その、改めて悪かった……。俺、なにか

  • Pale Moon〜虚無の悪魔と蒼月の女神〜   Nox. XVI『物語の結末』V

    「君の身体にこうして剣を突き立てるのは、三度目になるかな」 まるですべての音が止まったかのように――ただ、静かな時間が流れる。 レイフの胸へと剣を突き刺そうとした、クロヴィスの表情にわずかな戸惑いの色が浮かんだ。 レイフの真紅の双眸が大きく見開かれる。 その瞳は、欠片も闘争心を失っていない。 伸ばした右手が、大鎌の鎖を掴む――。 次の瞬間、漆黒の鎖がクロヴィスの手に蛇のように巻きついた。 「なっ――!?」 瞬く間に柄が、レイフの手へと戻る。 「だったら……これで、やっとお前に借りを返せるな」 振り返りざまの勢いのままに、大鎌はクロヴィスの腹部から肩にかけてを斬り裂いた。 「っ――」 まるで熟成された|葡萄酒《ワイン》のように、どこまでも澄んだ血液がレイフの身体にこびりつく。 「ふふふ……」 自身の身体から溢れるそれを手ですくうクロヴィスの表情は、どこか安堵するように穏やかだった。 「お前……」 「ありがとう、レイフ。これで良いんだ。……君の手をとるのは、今からでも遅くはないかな?」 「あぁ、もちろんだ……」 再び差し出されたレイフの右手――それを今度こそ、クロヴィスは取った。 |曹柱石《マリアライト》を想起させる双眸が見つめるのは、レイフと――その背に広がる空だ。 「なんで君に負けたのか、それが今ならわかる気がするよ。レイフ、君のゆく道には数多の光が輝いているのだね」 〝「笑って、私の世界一素敵な弟。大丈夫、あなたはすごく強くて優しい人よ。あなたが選んだ道ならば、どんな闇夜でもきっと、数多の星々の光が照らしてゆくはずだから」〟 脳裏に甦るのは、昨夜の|記憶《メモリア》――。 星々の光のもとで姉が、くれた|宝物《ことば》。 昔は、姉の存在しかなかった。 どんな時も、自分にとっては唯一の|北極星《道しるべ》のような存在。 だが、今は無数の星々が、自分が歩むことができる幾多の道を照らし出してくれている。 「だったら、お前もこれからはそのうちの一つになりやがれ」 「あははっ! それは|好《い》いね。本当に……」 ぐったりと、クロヴィスの手からは力が抜けてゆき、瞳からも精気が抜け落ちてゆく。 その身体が落下せぬようにと、レイフはクロヴィスの背に手を回して支え

  • Pale Moon〜虚無の悪魔と蒼月の女神〜   Nox. XVI『物語の結末』Ⅳ

    レイフは鎖を振り抜き、いくつもの斬撃を落とすも、そのすべてを迎撃することはできなかった。 「があぁぁっ!!!!」 避け切ることのできなかった斬撃が、レイフの肩や足に無数の傷を残してゆく。 一瞬、苦痛に意識が飛びかける。 だが、ここで止まるわけにはいかない。 今、ここに立っているのは自分だけの力ではないのだ。 ――道を繋いでくれたヤツらのためにも、俺はこんなところで引けねぇんだよ! 「うおぉぉっ――!!!!」 大鎌に再び、極大の瑠璃の光を纏わせ、レイフはクロヴィスへと投擲する。 一瞬、二人の視線が重なり、レイフはクロヴィスの瞳に先ほどのものと同様の諦観に似た感情を見た気がした。 クロヴィスへと到達する寸前――大鎌は、その刃から光を失った。 それに伴い、勢いも半減した大鎌をクロヴィスは易々と弾き飛ばす。 「っ……!!」 「ふふふ、どうしたんだい、レイフ? そんな殺意が乗ってない刃で僕を斬れるとでも思う? もしかして、僕の境遇を聞いて同情でもしちゃったのかな?」 揶揄うような口調と対照的な自嘲するような微笑み。 その奥に潜めた感情は、自分自身でも気がついていないものなのか、はたまた自ら封じ込めて押し殺したものなのか。 自分にとって、目前に立つ相手――クロヴィス・リュシアン・オートクレールというのは、どのような存在なのだろうか。 彼は蒼月の女神の悪意と狂気から生まれた存在だ。 恩師であり、今は愛する女性でもあるヴィオレタの人生を彼は狂わせた。 |否《いや》、ヴィオレタだけではないだろう。 多くの人々が、彼のせいで命を落とした。 今も、自分が彼を倒すことができなければ、かけがえのない友人や姉、大切な人々が明日を迎えることができないのだ。 だが――。 確かに自分は今、クロヴィスに対して情と呼べる感情を抱いていた。 瞳を閉じれば、この数日間――クロヴィスとともに過ごした時間が甦る。 そして、戦いの|最中《さなか》で幾度となく刃を交えた。 その中で、思い込みかもしれないが、ほんのわずかに彼の心に触れることができた。 自らを狂った欠陥品であると評し、その狂気を隠そうともしない。 常に飄々と振る舞い、その心の奥底は見せない。 そんな彼を理解しているなどということを言うつもり

  • Pale Moon〜虚無の悪魔と蒼月の女神〜   Nox. XVI『物語の結末』III

     レイフとクロヴィスは、互いの得物を手に構えて、一定の距離を取りながら向かい合う。 ひりひりとした突き刺すような空気に、レイフの額を冷たいものが伝ってゆく。 ぽちゃり。 額から透明な雫が一滴、地上へと溢れ落ちる。 聞こえるはずのない、湖面に波紋が広がるような音が、鼓膜を揺らした。 レイフとクロヴィスは同時に、互いの武器を振るう。――『|断罪の三日月《ルーナス・クレシエンテ》』!! 「「はあぁぁぁっ――!!!!」」 レイフが勢いよく鎖を振るえば、極大の瑠璃色の光を纏う大鎌が周囲の風さえも巻き込みながら、クロヴィス達へと放たれてゆく。 それを迎え撃つように、二人のクロヴィスが振り抜いた|剣《つるぎ》からは、白銀の斬撃波が放たれた。 瑠璃色の大鎌と白銀の斬撃――それは宙で激突し、双方の使い手を吹き飛ばしかねないほどの衝撃波を発生させる。 レイフの表情が歪み、相対するクロヴィスは愉悦を感じさせる微笑みを浮かべる。「感情という致命的な|欠陥《エラー》を抱えてしまった|女神《オルテンシア》は、必然とそれを排除しようとした。最も、効率の良い方法は……それを自身から切り離してしまうことだった。彼女は自身の骨から新たな分身となる女神を創造した。そして自身の欠陥をそれへと移したのさ」  一人のクロヴィスが、女神の|物語《ファーブラ》を紡ぐ間にも、レイフは動き出していた。 かつて、担当教員から「人の話は最後まで聞くように」と注意されたこともあるが、そのようなことを気にする相手でもないだろう。 物語の進行に関係なく、レイフとクロヴィスは踊り続けるだけだ。 夜の始まりを想起させる瑠璃色の光を身に纏い、漆黒の翼をはためかせるレイフの身体は加速してゆく。 瞬く間に物語の語り手となっていたクロヴィスの背へと、レイフは移動した。 風の中で白銀の髪が踊り、敵の命を刈り取らんと大鎌が振るわれる。「甘いね――」 鈴の|音《ね》のような声音が響き、両者の間に割って入ったもう一人のクロヴィスの剣が、レイフの大鎌を受け止めていた。 「俺は甘党なもんでな……」「いや、そんな言ってやったぜ、みたいな顔されてもなぁ〜」 優美な挙動でレイフと鍔迫り合いを演じるクロヴィスが、呆れた様子を見せる。 すると左眼の視界の端が、白金色の閃光を捉える。 それは、こちらを目掛

  • Pale Moon〜虚無の悪魔と蒼月の女神〜   Nox. XVI『物語の結末』II

    「くっ……」「むかーし、むかーし、まだすべてが闇の中にあった時代のことです。僕たちが生きるこの|宇宙《ウニウェルスム》。それはひとつの小さな|焔《ほのお》――〝|太陽《ソル》〟の誕生とともに始まった」  激しさを増す|鍔《つば》迫り合いの中で、クロヴィスは我が子に寝物語を語る母のように穏やかな声音で、レイフの耳元で囁く。 レイフは大鎌を握る手に力を込め、|剣《つるぎ》を弾くと、蹴りで距離を取って強引に鍔迫り合いを終わらせる。 そのとき、左眼の視界が新たなクロヴィスの分身の姿を捉えた。「太陽の化身である女神――〝オルテンシア〟は、この宇宙を管理し、秩序を維持するための|歯車《システム》としての役割を担っていた。僕たちのこの宇宙は、あくまでもひとつの生命の可能性であり、その外には夢幻の可能性が広がっている。その並行する世界は、あるひとつの場所に繋がっているとも」 瞬く間に接近したクロヴィスは、レイフの懐へと|剣《つるぎ》を突き込もうとする。 一瞬、後の光景を想像して、レイフの背を氷柱で刺されたように、冷たいものが駆け抜けていった。 だが、レイフは即座にその妄想を思考から振り払う。 これも彼女のおかげだろう。 「ナメんじゃねぇ――!!」 レイフは右手に構えていた大鎌を上空から左側へと回転させてゆき、|絡《から》め取るようにクロヴィスの剣を受け止め、その勢いで上空へと弾いた。 間髪を入れずに右腕を捻り、死神の力で強化された|膂力《りょりょく》で大鎌を上空へと投げる。「っ――!?」  同時にレイフの身体は前方へと動き出す。 「はあぁぁっ――!!!!」「くっ――!?」  一瞬のうちに間合いを詰めたレイフの左足が、クロヴィスの側頭部へと炸裂する。 意識を刈り取られたクロヴィスの身体は、静かに地上へと落下したいった。 だが、次の瞬間には先ほど鍔迫り合いを演じたクロヴィスが剣を構えてレイフへと迫っていた。「オルテンシアは、あくまで世界を維持するための自我なき|歯車《システム》に過ぎない。彼女が自らの〝骨〟から産み落とした女神たちもそうだ。でも、そんな完全無欠のはずだった歯車に、たったひとつの〝|欠陥《エラー》〟が生じた。この宇宙の創造主である太陽の化身――そのさらに上位に位置するであろう存在さえも、予期しなかったであろう致命的な|欠

  • Pale Moon〜虚無の悪魔と蒼月の女神〜   Nox. XVI『物語の結末』I

    「あぁ、俺にもあんたにも譲れないものがある。だからここで決着だ――!!」 レイフは腰を落とし、鎖鎌の柄を右上段に構える。 クロヴィスの六枚の翼が開き、空に白金色の光が粒子となりて舞う。 古き友に向けるかのような親しみさえも感じさせる微笑みを口元に浮かべ、クロヴィスは離魂剣をレイフへと向けた。 刹那の沈黙の|後《のち》、最初に動いたのはレイフだった――。 漆黒の翼をはためかせ、高度をさらに高く上げてゆき、雲を突き破り、レイフはクロヴィスの上を取る。 クロヴィスは右手に握った剣を下ろし、ただ、静かにレイフを見つめていた。 一呼吸の|後《のち》、レイフは大鎌を上空へと投擲した。 鎖を振り回せば、鋭利な風鳴り音が空に響き渡った。 その|速度《スピード》は次第に加速してゆき、刃のように鋭い風が渦を発生させる。 次の瞬間、勢いをつけた大鎌は上空より弾丸の如き勢いでクロヴィスへと振り下ろされた。「はあぁぁぁ――!!!!」「僕達の最後の|舞踏《サルターティオー》と行こうか――」  振り下ろされた大鎌は、瑠璃の光を纏わせてゆき、それはクロヴィスの頭上に到達するころには、その身体を易々と呑み込むほどに巨大なものとなっていた。――『|断罪の三日月《ルーナス・クレシエンテ》』!! 頭上を見上げるクロヴィスの菫色の双眸が見開かれる。 その|表情《かお》に、以前の余裕さえも感じさせる微笑は既に存在しない。「っ――!?」 間一髪――左へと身体をずらすことで、クロヴィスは斬撃を回避する。 ぽたりと、紅い雫がクロヴィスの頬を伝い、地上へと落ちてゆく。 だが、その次の瞬間、レイフの背筋を冷たいものが駆け抜けた。 クロヴィスの菫色の双眸が爛々と輝き、その表情に歓喜の笑みが浮かんでいたからだ。 彼は、そのほっそりとした指で、自身の頬から血をすくうと、ぺろりと口に含んだ。 まるで上等な|葡萄酒《ワイン》を舌で転がすように。「ふふふっ……あははっ――!!!!」「あんた、マジでイカれてんぜ」「だって仕方ないじゃないか。本当はもっと手間をかけて、じっくりと愛情を注いで君という花を育てたかった。君の命を摘み取ったとき、僕がどれだけ絶望したか君にはわからないだろ?」「わかりたくもねぇな」 「ふふ、残念だな。そうやって〝棘〟があるところも好みなのだけれど。でも

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status