Share

Nox.Ⅳ『死神のデビュタント』II

Penulis: 皐月紫音
last update Terakhir Diperbarui: 2025-07-26 20:37:18

「なんとかするのは、私たちじゃなくて〝貴方〟ね……」

「おい、マジか、あんた。今さっき死神になったばっかの生徒を普通一人で戦わせるか?」

「死神の戦い方は移動中に教えたでしょ……。獅子は我が子を谷に突き落とすものよ……」

「めんどくさいだけだろ?」

「……寝たわ(寝言)」

「(寝言)をそのまんま言うんじゃねぇよ……」

 ヘレンシアの頭部に気持ちよさそうに寝っ転がる彼女は、どうやら本当に手出しをする気はないらしい。

 ついには、うっすらといびきまで聞こえてきた。

 呆れ混じりの嘆息を漏らした後、レイフは視線を迫り来る男たちの方へと向ける。

 こちらの出方を伺いながら四人の男たちは二組に分かれ、左右からじわじわと距離を詰めてきていた。

「やるしかねぇか」

「お前は俺達の狩りを邪魔した。殺す……」

 研ぎ澄まされた剣のような殺意が男達の瞳から放たれ、ちりちりとした感覚がレイフの背筋を駆け抜けた。

 クロヴィスが所有する|離魂剣《アエテリス》により魂を奪われた彼らの身体には、冥界から脱走した罪人達の魂が|憑依《ひょうい》している。

「お前らの不幸には同情するぜ? けどよ、もう元の魂が戻るわけじゃねぇんだ。それにこれ以上、誰かが犠牲になるのも見たくはねぇ。だから、こっちも手心を加える気はねぇよ」

 レイフは懐から漆黒のカードを一枚取り出すと、それを上空へと勢いよく放り投げた。

 瞬く間に宙を舞うカードからは、瑠璃色の幻想的な紋様が刻まれた魔法陣が展開する。

 魔法陣の中から最初に現れたのは、|紫色《ししょく》の輝きを放つ宝石が先端に付いた鎖分銅だ。

 その後、徐々に漆黒の柄が姿を見せてゆき、最後には黒と紫の|二色《ツートン》に分かたれた刃が出現する。

 〝鎖鎌〟と呼ばれる東方の国々で、使われる暗殺に適した武具だ。

 だが、これはどちらかといえば扱いこそ難しいものの、近接戦への対応能力や殺傷力も向上させた|大鎌型《デスサイズ》だ。

 レイフの死神としての〝|鬼才《グロリア》〟――【|貪婪なる王の宝物庫《アワリティア・コレクション》】

 これは|冥界《オルクス》に古の時代から存在する宝物庫より、カードを媒体として様々な武具を呼び出すものだった。

 東方の国々で暮らしたこともないレイフには当然、鎖鎌のような武器は扱った経験などない。

 だが、先ほどいくつかの武具を試したところ、もっとも気に入ったものがこれだった。

 何よりも、その見た目がレイフの心にグッとくるものがあった。

 レイフ・ヘーデンストローム――17歳、彼は見た目のかっこよさを重視するタイプの少年だった。

「待てよ、娯楽誌の典型的な展開に従うなら、こういうときって口上みたいなんがあった方が良いのか? 〝死神見参、悪は俺たちが許さない!〟みてぇなの……」

「何をごちゃごちゃと……。お前ら、やれ!!」

 大鎌を握りながら、うーんと唸る様子を見せるレイフの態度に|痺《しび》れを切らした右端の男が発した号令を受け、左右から一人ずつ、男が駆け出す。

 彼らは空間に黒い魔法陣を出現させ、そこから禍々しい|紫色《ししょく》の光を纏う|剣《つるぎ》を取り出した。

 後方に残った二人は魔法陣から弓を出現させると、右手には|紫色《ししょく》の光の矢を生み出す。

 彼らは口元に嗜虐的な笑みを浮かべると、|天《そら》へと弓の狙いを定める。

 一泊置いて、二人の男はそれを上空に向けて|射《い》た――。

 解き放たれた光の矢は天空に新たな魔法陣を生み出し、そこからさらに数十以上の矢を出現させた。

 それは光の雨となりて、レイフへと向けて降り注いでゆく。

「はっ、上等じゃねぇか」

 レイフは鎖分銅に回転を加えると、宙へと向けて勢いよく|投擲《とうてき》した。

 次の瞬間、硝子が砕け散るような音が夜闇に響き渡る。

 勢いそのままに鎖分銅は、降り注ぐ光の矢を左から薙ぎ払ってみせた。

 砕け散った矢は|紫色《ししょく》の幻想的な光の粒子となりて、|星屑《ほしくず》のように夜空を照らしながら地上へと落ちてゆく。

 レイフは即座に剣を手に斬り掛かる二人の男へと視線を移すと、懐から新たに漆黒のカードを一枚取り出し、右側から迫る男へと向けて|投擲《とうてき》した。

 カードからは、即座に瑠璃色の魔法陣が展開――白銀の短剣が生み出され、男へと向けて放たれる。

 短剣の軌道を見極めた男は、冷静に剣を盾として防御体制をとった。

「そんなもので……」

「足元がお留守だぜ? おっさん」

「なっ——!?」

 短剣は男の剣と衝突するその瞬間――軌道を下方へと変えて、投擲の勢いそのままに男の太ももを貫通した。

「があぁぁっ!!!」

 血飛沫が舞い、駆け抜ける激痛が男をその場に跪かせる。

 突如として味方がやられたことにより、一瞬の隙が生まれたもう一人の男へと、レイフは即座に|瑠璃《ラピスラズリ》の鎖分銅を投擲した。

「ぐっ!?」

 狙い違わずに男の体を絡め取った鎖分銅を、弓を構えている男のもとへと、レイフは渾身の力で投げつける。

「はあぁぁっ!!!」

「なっ——!?」

 まともに反応をする間さえもなく、弓使いの男の体はいとも簡単に吹き飛ばされてゆく。

「くそっ!! 死ねぇ!!!」

 左側で弓を構えていた男が、ヤケをおこしたかのように矢を天へと向けて乱射する。

 瞬く間に空中に魔法陣が浮かび上がり、数十を超える紫の光が雨となって、再びレイフへと降り注ぐ。

 レイフは鎖から手を離すと、冷静に懐から一枚のカードを取り出し、夜空へと向けて投擲した。

 瑠璃色の魔法陣が上空に展開すると、黄金の巨大な盾がレイフの頭上に生み出された。

 無数の矢は盾へと息つく暇もなく飛来するが、盾がその侵入を許すことはない。

 レイフは手を鎖へと戻すと、即座に剣士を拘束していた鎖分銅を引き戻す。

「これで終いだ!!」

 続いて鎖を両手に持ちかえると、回転を加えた後に今度は刃の方を、次の矢を準備していた男へと向けて放つ。

 宙を薙ぎ払うが如き勢いで踊る大鎌は、狙い違わずに男の弓を握る左腕を奪い去った――。

「があぁぁっ!!」

 血飛沫と苦悶の声が響き渡り、レイフの〝|初めての戦い《デビュタント》〟は幕を閉じた。

◆◇◆◇

 レイフの目前には、鎖で身体を拘束された四人の男が並んでいた。

「はぁぁ……。終わったみたいね」

 背後から聞こえた声に振り返れば、身体を伸ばしながら|欠伸《あくび》をするヴィオレタが、こちらへと歩いてきていた。

 命懸けで戦っていた生徒の前でよくも、ここまでくつろげるものだとレイフは呆れる。

 そんなレイフの気も知らず、まだ眠そうに目元を擦りながら彼女は、すっかりと抵抗を諦めた男たちを見下ろす。

「はじめてにしては上出来だわ。さて、レイフ、次の命令よ」

 一転して表情を冷たく真剣なものへと変えると、藤の花弁を想起させる唇に指を添えて、レイフの顔へと視線を向けた。

「彼らの首を|刎《は》ねなさい――」

「ヴィオレタ先生……?」

 冷酷な指示を下す彼女の声音に、冗談の色は皆無だ。

 その姿は、まさに極刑を告げる審判者のように冷艶な美を纏っていた。

「貴方だって、わかっていることでしょ。外見がどんなに人間のものだろうと、彼らのもとの魂はもう戻ることはない。彼らに奪った体で好き勝手にさせれば、さらなる犠牲者を生み出すだけよ」

「わかってる、それはわかってる……!!」

 震えるレイフの手の上にヴィオレタのそれが重なり、幽玄な光を纏う|灰簾石《タンザナイト》の瞳が彼を射抜く。

「こんなところで|躊躇《ちゅうちょ》しているようでは、これからの戦いでは、命がいくつあっても足りないわ。私達が戦う相手は、半端者のお守りをしながら勝てるような相手ではない。覚悟を決めなさい、|死神《リーパー》レイフ・ヘーデンストローム——」

 レイフはもう一度、拘束した男達の姿を見下ろす。

 外見は旧市街のような場所ならば珍しくない不良達だ。

 だが、その精気に欠ける瞳は、どこまでも虚ろな色を浮かべている。

 彼らの表情には唯一、目の前に立つ自分達への憎悪だけが浮かんでいるように感じられた。

「なぁ、教えてくれよ、ヴィオレタ先生。ここで俺が手を下したとして、あいつらの魂はどうなるんだ?」

「二度の生における罪は許されない。|冥界《オルクス》で彼らの自我を消滅させたうえで、天に還すことになるわ。|天界《カエルム》で女神達が新しい自我を与えた|後《のち》、改めて現世に送ることになるでしょうね……」

「そうか……」

 自分が今、できることはなにか。

 それは、これ以上の犠牲者を出さないこと。

 レイフの世界には以前は自分と姉しか居なかった。

 だが、気がつけば多くの大切な守りたいと思えるものを抱え込んでいた。

 それもすべて、たった一人の女性のせいで。

 自分の世界を守る、そのために自らの手で、男たちの魂を消滅させる選択をする。

 目の前に居る|大切な女性《ヴィオレタ》に一人で、この〝|業《ごう》〟を背負わせはしない。

 ――俺が、俺の意志で背負うんだ。

 次の瞬間、四つの首が、夜闇を舞った――。

 淋しげな蒼月の薄明かりが地面に染み込んだ鮮血を照らし出す。

「クソッ……。後味、最悪過ぎんだろ」

「〝|善なる魂には安らぎを、迷える魂には時間を、罪深き魂には永久の眠りを《Quies aeterna animis bonis, tempus animis errantibus, somnus perpetuus animis peccatorum tribuantur》——〟」

 瞳を閉じたヴィオレタは胸にほっそりとした白い手を、そっと当てると、静かな祈りの|言の葉《ことば》を|紡《つむ》いだ。

 耳慣れない言葉のはずだが、レイフにはその意味を理解することができた。

 これも|死神《リーパー》となった証なのだろう。

 男達の体が蒼い炎に包まれて消えてゆくと、その中から白い光を|纏《まと》う球体が現れ、それは空へと昇ってゆく。

 レイフは、その場に座り込むと空へと向けて、冷たい息を吐き出した

「なぁ、ヴィオレタ先生……」

「なによ……?」

「なんで全知全能な女神様が魂を与えた人間が、そこまで悪いものになっちまうんだろうな。あいつらだって、生前に罪を犯してなければ冥界で罰も受けてはなかったはずだろ?」

「さぁね、知らないわ。ただ、この世界が女神の創造した箱庭であるなら……ただ、歯車のように正確にまわり続けるだけの〝玩具〟というのは、とても見ていて退屈でしょうね」

 二人の姿を蒼白い月明かりが、幽麗に照らしだし、その一角だけが静謐な神秘性を纏う。

 レイフたちは、それ以上の会話を続けることもなく、空に昇ってゆく白い光を見つめていた。

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • Pale Moon〜虚無の悪魔と蒼月の女神〜   Nox.Ⅳ『死神のデビュタント』II

     「なんとかするのは、私たちじゃなくて〝貴方〟ね……」「おい、マジか、あんた。今さっき死神になったばっかの生徒を普通一人で戦わせるか?」「死神の戦い方は移動中に教えたでしょ……。獅子は我が子を谷に突き落とすものよ……」「めんどくさいだけだろ?」「……寝たわ(寝言)」「(寝言)をそのまんま言うんじゃねぇよ……」 ヘレンシアの頭部に気持ちよさそうに寝っ転がる彼女は、どうやら本当に手出しをする気はないらしい。  ついには、うっすらといびきまで聞こえてきた。 呆れ混じりの嘆息を漏らした後、レイフは視線を迫り来る男たちの方へと向ける。 こちらの出方を伺いながら四人の男たちは二組に分かれ、左右からじわじわと距離を詰めてきていた。「やるしかねぇか」「お前は俺達の狩りを邪魔した。殺す……」 研ぎ澄まされた剣のような殺意が男達の瞳から放たれ、ちりちりとした感覚がレイフの背筋を駆け抜けた。   クロヴィスが所有する|離魂剣《アエテリス》により魂を奪われた彼らの身体には、冥界から脱走した罪人達の魂が|憑依《ひょうい》している。 「お前らの不幸には同情するぜ? けどよ、もう元の魂が戻るわけじゃねぇんだ。それにこれ以上、誰かが犠牲になるのも見たくはねぇ。だから、こっちも手心を加える気はねぇよ」 レイフは懐から漆黒のカードを一枚取り出すと、それを上空へと勢いよく放り投げた。 瞬く間に宙を舞うカードからは、瑠璃色の幻想的な紋様が刻まれた魔法陣が展開する。  魔法陣の中から最初に現れたのは、|紫色《ししょく》の輝きを放つ宝石が先端に付いた鎖分銅だ。 その後、徐々に漆黒の柄が姿を見せてゆき、最後には黒と紫の|二色《ツートン》に分かたれた刃が出現する。 〝鎖鎌〟と呼ばれる東方の国々で、使われる暗殺に適した武具だ。  だが、これはどちらかといえば扱いこそ難しいものの、近接戦への対応能力や殺傷力も向上させた|大鎌型《デスサイズ》だ。   レイフの死神としての〝|鬼才《グロリア》〟――【|貪婪なる王の宝物庫《アワリティア・コレクション》】  これは|冥界《オルクス》に古の時代から存在する宝物庫より、カードを媒体として様々な武具を呼び出すものだった。  東方の国々で暮らしたこともないレイフには当然、鎖鎌のような武器は扱った経験などない。 

  • Pale Moon〜虚無の悪魔と蒼月の女神〜   Nox.Ⅳ『死神のデビュタント』I

     ヴィオレタとのある意味、いつものやり取りを終えたレイフは、彼女から|死神《リーパー》や|冥界《オルクス》といった、知っておくべき知識についての解説を受けていた。 話を聞くレイフの表情は真剣そのものだ。  まずは状況を把握した上で、今後の指針を決めなければいけないだろう。 ヴィオレタの説明は意外なほどに丁寧なものだった。  もしも少しでも彼女に〝やる気〟というものがあるならば、意外と教師という仕事は向いているのかもしれない。 「なるほどな……。いろいろと理解が追いつかねぇってのが本音だが、人が死んだあとに行く、|冥界《オルクス》って場所があるってことで良いのか?」 「えぇ、死後に肉体から離れた魂が辿り着くのが〝冥界〟。そこで善良と|見做《みな》された魂は、神々の暮らす世界〝|天界《カエルム》〟へと昇っていくわ……。でも、悪しき魂は冥界から出ることを許されず、犯してきた罪の重さに相応しいだけの時間、裁きを受けることになる」「その冥界を管理して守護するのが、あんたら〝|死神《リーパー》〟ってわけか」「〝あんたら〟じゃなくて、〝貴方〟もよ……」 ヴィオレタは呆れたようにレイフのことを指差してくる。 「人を指差すな」と軽く払うと、彼女はムッとした|表情《かお》をしてみせる。 いつもどおりのくだらない戯れ合いがはじまりそうになった、そのとき、ヒューッと静かに吹き抜ける秋風に乗せて、女性のものと思われる悲鳴が|微《かす》かに響いた。 気怠げな雰囲気を|纏《まと》っていたヴィオレタの表情が一瞬にして、真剣なものへと様変わりする。「かなり遠くから聞こえたな……」「死神の聴力は人間のそれよりも遥かに優れているわ。そしてこのタイミング……」「さっきのあいつらか?」「えぇ、あなたにはちょうど良い練習相手かもしれないわね。説明の続きは移動しながらするわ、戦ってもらうわよ……。覚悟はいいかしら、新人くん?」「はっ! 当然だ!!」  レイフとヴィオレタは、夜の街を屋根|伝《づた》いに駆け抜け出す。「っ――!?」  人間だったときには、とてもではなかったが、出せなかった速度や跳躍力にレイフは思わず息を呑んだ。 だが、動揺したのも一瞬のこと――身体の軽さに慣れてくればそれを楽しむ余裕も生まれてきた。 視線を下へと向ければ、煌びやかな夜のアル

  • Pale Moon〜虚無の悪魔と蒼月の女神〜   Nox.III『再会は甘美な死をともなって』Ⅳ

    「|死神《リーパー》……?」 それは先ほど、ヴィオレタが男性たちと話している中で、登場した|単語《キーワード》だ。 「えぇ、肉体という檻から解放された魂が辿り着く世界——〝|冥界《オルクス》〟を守護する者たちの呼称よ……」 なんとか彼女の話を理解しようとするも、脳が既にまともに機能してくれていない。 レイフは、どんどんと自分の意識が、この世界から遠のいていくのを感じていた。 視線の先にあるヴィオレタの顔も、王都が誇る美しき夜の街と星空も、今はそのほとんどが|霞《かす》んで見える。 その中でヴィオレタの抑揚がない気怠げな声だけが、|明瞭《めいりょう》にレイフの|鼓膜《こまく》を揺らす。 |日の出前の夜空《ブルーアワー》の色を映したかのようなヴィオレタの髪が、顔にかかると、ひんやりとした心地良さと、柑橘系の凛とした香りが身体を突き抜けてゆく。 ここがどこか遠い、星明かりに照らされた湖のほとりなのではないかという錯覚に陥り、意識を自ら手放してしまいそうになる。 だが、憂いを帯びたヴィオレタの切なげな瞳が、レイフに視線を逸らすことを許さなかった。 彼女の瞳に浮かぶ孤独な気配はどこか、今も夜空をたゆたう蒼月と似ていた。 彼女の語る話はあまりにも荒唐無稽だ。 とてもじゃないが、簡単に信じて受け入れることようなものではない。 それでも――。 |憂愁《ゆうしゅう》の色を|表情《かお》に浮かべるヴィオレタは、まるで悔恨という名の檻に囚われた囚人のようだった。 今ここで彼女を一人にして眠ることなど、できるものか。 彼女のおかげでほんの少しの間だが、姉以外の人の温かさに触れることができた。 レイフの脳裏に彼女が学院に来てからの記憶が、無数の宝石のように極彩色を纏って甦る。 はじめは彼女の身勝手さに振り回されているだけだった。 学校一、いや、街で最も有名な不良が新人教師にパシリのように扱われていることに、最初は周りも笑っていただけだった。 だが、彼らの見方も徐々に変化してゆく。 勉強を教えた後にクラスメイトから、お礼を言われることが増えた。 最初は怖かっただけだろかも知れない。 だが、段々と〝ありがとう〟と伝える彼らの顔には、まぶしい笑顔が浮かぶようになった。 それはときに、照れたようなものだっ

  • Pale Moon〜虚無の悪魔と蒼月の女神〜   Nox.III『再会は甘美な死をともなって』III

    ヴィオレタは立ち上がると、瞳を研ぎ澄まし、鋭い眼光でクロヴィスを射抜く。 彼は、わざとらしく弱ったように嘆息してみせると、何も知らない相手ならば、それだけで警戒心を解いてしまうだろう柔らかな笑みを浮かべた。 「やぁ、久しぶりだね。ヴィオレタ・ウルバノヴァ——」 「えぇ、できれば二度と会いたくなかったわ。クロヴィス・リュシアン・オートクレール……」 次の瞬間、一陣の風がヴィオレタの身体を突き抜けた――。 「っ――!?」 背後に気配を感じたときには、既に遅い。 クロヴィスのほっそりとした白い手が、彼女の月明かりを浴びた湖面のような紺青色の髪を一房、掴んでいた。 「ふふふ、そう|睨《にら》まないでほしいなぁ〜。美貌は、君の数少ない取り柄なんだから。まぁ、そうして怒っている顔も、また美しくはあるけどね。君と〝また〟――こうして遊べるのを僕がどれだけ愉しみにしていたかわかるかい?」 |柘榴《ザクロ》を思わせる艶やかな唇で睦言を紡ぐように、彼は囁くと、静かにヴィオレタの髪に口付けた。 「言ってくれるわね……。たしかに、私が銀河を新たな戦火で包み込むほどの絶世の美女であることは、疑いようもない事実だけど」 「いや、そこまでは言ってないけどさぁ……」 ヴィオレタはクロヴィスの手を振り払うと、逆手に杖を出現させ、地を打った――。 「おっと!?」 目を見開いたクロヴィスが飛び退いたその刹那、ヴィオレタの足元に|紫色《ししょく》の魔法陣が浮かび上がり、そこから老木を想起させる節くれだった亡者の腕が生まれた。 見た目に反し、敏捷な動きを見せる腕はクロヴィスの身体を飲み込もうと、獣の顎のように指を広げる。 「物騒だなぁ、本当に――」 クロヴィスが軽やかに右手を振り払うと、軌道に従って空間に一条の光が生まれる。 勢いよく放たれたそれは、一瞬のうちに腕を横に両断した。 「くっ……」 「そんなものが、僕に通じないのは誰よりも君が知っているでしょ? まぁ古い友人との再会なんだ。じっくり愉しみたい気持ちは僕もあるけどね」 苦々しい表情を浮かべるヴィオレタに、高揚感を隠すこともなく瞳を爛々と光らせるクロヴィスは、嗜虐的な笑みを口元に作る。 ヴィオレタは再び屈んでレイフの身体を自身の手で支えると、鋭い視線をクロヴィスへと向けた。

  • Pale Moon〜虚無の悪魔と蒼月の女神〜   Nox.III『再会は甘美な死をともなって』II

    「クソッ!! クロヴィスが来る前になんとかしなければ……」——「おや、僕がどうかしたのかい?」 コトリとグラスに氷が、落とされたかのように|刹那《せつな》の間――静寂が|波紋《はもん》のように広がった。「レイフ、逃げなさい――!!!!」 時が止まったかのような静寂は、ヴィオレタの悲鳴のような一声によって破り去られた。  次の瞬間――冷たいものが背中に触れ、身体を一瞬のうちに悪寒が駆け抜ける。  胸部に痛みと熱が広がってゆき、身体の感覚が失われてゆく。  「うん? なんだ、君だったのか。――やっぱり、僕たちは、また逢う運命だったようだ」「なっ……」 星の光を繋ぎ合わせたような|白金色《プラチナブロンド》の髪に、清麗で神秘的な輝きを放つ、|曹柱石《マリアライト》を思わせる|菫色《ヴィオーラ》の瞳。 耳元で睦言のように囁かれた|言の葉《ことば》に、レイフが視線だけをそちらに移せば、ぞっとするほどに美しい顔が、鼻先が触れ合うほどの距離にあった。  レイフは、その顔の人物をよく知っていた。  顔を合わせていたのは、本当にわずかな時間だ。  それでもあれだけ印象的だった出逢いを忘れるはずがない。 「あん、たは……」   レイフの視線の先に居る男は、以前に姉――スカディと別れた公園で出逢った、人間離れした美貌を持つ、不可思議な男性だった。「う、うぅぅっ――!」 さらに声を振り絞ろうとした次の瞬間、喉に急激に〝何か〟が込み上げてきて、堪えきれずにレイフはそれを外へと吐き出した。 精気を失いつつある瞳を下へと下げれば、石畳の床は暗い〝|朱《あか》〟へと変色していた。  一瞬――自身の真紅の瞳が、そこに転がり落ちているのではないかという錯覚にさえも襲われる。 だが、すぐに現実が痛みを伴って到来した。 視界に映る胸部を貫く鋭利な〝白銀の刃〟が、自身の血を抜き出してゆき、ぽたりぽたりと、それは石畳へと染み込んでゆく。 昏く、深く、|暗晦《あんかい》とした血溜まりが石畳へと広がってゆくのをレイフは静かに見下ろすしかなかった。  それが自身の口から吐き出された血液であると、受け入れるのに彼は、わずかの時を要した。 「こんな形の再会になるとはね……。でも嬉しいよ。僕はね……自分の気に入った相手は、自分の手で息の根を止めて

  • Pale Moon〜虚無の悪魔と蒼月の女神〜   Nox.III『再会は甘美な死をともなって』

    ◆◇◆◇ 店から出てエミリー達と別れると、すっかりと外は冷たい夜の静寂に包まれていた。 友人達と別れ、街からは喧騒が消えてゆき、一瞬だけ、この街には自分以外の人間が居ないのではないかとさえも錯覚しそうになる夜だった。 だが、そんな幻想は一瞬で吹き飛ばされる。 レイフの目前には星々が落ちて、華を咲かせたかのように黄金に輝く|都市《まち》が広がっていた。 陽が沈むと同時に、街灯が淡い明かりを街に灯し、地面に設置された|奏力《ディーヴァ》を利用した照明が、歴史ある荘厳な建築群を壮麗に照らしだす。 それはまるで、愛や喜び、そして哀しみといったものまで内包した、人々の生命の輝きが、街全体を煌めかせているようだった。 街灯に背中を預けたレイフが迎えの車を待っていると、遠巻きに見知った人物の姿が現れた。 「あれは|ニート教師《ヴィオレタ》……? こんな遅くになにしてるんだ?」 レイフが視線を向けた先には、学院にいる時と同様の黒いスーツを着たヴィオレタが歩いている。 それも一人ではなく、複数人の年代も服装も統一感のない男たちに連れられながらだ。 男たちは周囲を警戒する様子を見せながら、人気のない路地裏へとヴィオレタを連れて消えてゆく。 「はぁ〜、ったく、めんどくせぇことになりそうだな……」 彼らの様子に、ただならぬものを感じ取ったレイフは、静かに後をつけることにした。 ◆◇◆◇ 「それで、貴方たちの飼い主はどこにいるのかしら……?」 表通りのまばゆいまでの煌めきが嘘のように、青白い月の薄明かりだけが微かに照らす闇の中で、ヴィオレタと男たちは対峙していた。 「そう焦るな、ヴィオレタ・ウルバノヴァ。|直《じき》に、あのお方も到着される。 だが——生きてお前を案内しろとは、俺たちは一言も言われていない」 「はぁ〜、この前の連中もだけど、クロヴィスは飼い犬の|躾《しつけ》もろくにできていないようね……。 その救いようがないまでの下劣さと、芸術的なまでの三下っぷりにだけは賞賛を贈るわ」 「なるほどな……。その口の悪さも噂に聞くとおりというわけか。 だが、そうでなくては張り合いがないというもの……」 精気に欠ける瞳で中心人物と思われる男を見つめ、手を打ち鳴らして拍手を贈るヴィオレタに、男の表情がどんどんと険しいも

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status