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Nox.Ⅳ『死神のデビュタント』I

Author: 皐月紫音
last update Last Updated: 2025-07-25 22:01:09

 ヴィオレタとのある意味、いつものやり取りを終えたレイフは、彼女から|死神《リーパー》や|冥界《オルクス》といった、知っておくべき知識についての解説を受けていた。

 話を聞くレイフの表情は真剣そのものだ。

 まずは状況を把握した上で、今後の指針を決めなければいけないだろう。

 ヴィオレタの説明は意外なほどに丁寧なものだった。

 もしも少しでも彼女に〝やる気〟というものがあるならば、意外と教師という仕事は向いているのかもしれない。

「なるほどな……。いろいろと理解が追いつかねぇってのが本音だが、人が死んだあとに行く、|冥界《オルクス》って場所があるってことで良いのか?」

「えぇ、死後に肉体から離れた魂が辿り着くのが〝冥界〟。そこで善良と|見做《みな》された魂は、神々の暮らす世界〝|天界《カエルム》〟へと昇っていくわ……。でも、悪しき魂は冥界から出ることを許されず、犯してきた罪の重さに相応しいだけの時間、裁きを受けることになる」

「その冥界を管理して守護するのが、あんたら〝|死神《リーパー》〟ってわけか」

「〝あんたら〟じゃなくて、〝貴方〟もよ……」

 ヴィオレタは呆れたようにレイフのことを指差してくる。

 「人を指差すな」と軽く払うと、彼女はムッとした|表情《かお》をしてみせる。

 いつもどおりのくだらない戯れ合いがはじまりそうになった、そのとき、ヒューッと静かに吹き抜ける秋風に乗せて、女性のものと思われる悲鳴が|微《かす》かに響いた。

 気怠げな雰囲気を|纏《まと》っていたヴィオレタの表情が一瞬にして、真剣なものへと様変わりする。

「かなり遠くから聞こえたな……」

「死神の聴力は人間のそれよりも遥かに優れているわ。そしてこのタイミング……」

「さっきのあいつらか?」

「えぇ、あなたにはちょうど良い練習相手かもしれないわね。説明の続きは移動しながらするわ、戦ってもらうわよ……。覚悟はいいかしら、新人くん?」

「はっ! 当然だ!!」

 レイフとヴィオレタは、夜の街を屋根|伝《づた》いに駆け抜け出す。

「っ――!?」

 人間だったときには、とてもではなかったが、出せなかった速度や跳躍力にレイフは思わず息を呑んだ。

 だが、動揺したのも一瞬のこと――身体の軽さに慣れてくればそれを楽しむ余裕も生まれてきた。

 視線を下へと向ければ、煌びやかな夜のアルジュリュンヌの街が見える。

 マリーヌ川でボートを漕ぐ家族や恋人たちの姿。

 川岸に建つ空へと突き刺さるように高く伸びる尖塔を持つ大聖堂。

 かつて戦争から帰還した王と兵士を迎えるために作られた荘厳な門。

 昼のアルジュリュンヌの美しさを評して、〝白百合の都〟と人々は呼んでいる。

 ならば月明かりと街灯が照らし出す、この夜の景色は、まさに〝夜光の王都〟と呼ぶのが相応しいだろうか。

 幼いときに帝国から王国へと家族で移ってきてから、長きに渡ってこの地で暮らしてきたレイフには見慣れた景色ではある。

 だが、こうして刹那的に切り取られた映像のように流れてゆくそれを見ていると、まったく違った感動が込み上げてきた。

 屋根伝いに移動を続けてゆくと、徐々に周囲の景色が変わってくる。

 レイフ達は、今にも倒壊しそうな古びた建物の屋上へと降りたった。

 赤とクリーム色――その中間のような桃色の煉瓦作りのアパルトマンだ。

 いつの時代からあるのか、老朽化が進んでおり、ほとんど|廃墟《はいきょ》と変わらないような外観となっている。

 ここはアルジュリュンヌの左岸の北西部。

 王都の人々からは〝旧市街〟と呼ばれている地域だった。

 ここは、よく言えば昔の街並みがそのまま保存されている。

 悪く言えば国の発展から取り残されてしまった場所だ。

 街の中心部には暮らせないような貧困層、どこから流れてきたのかもわからない身元不明の浮浪者が住みついている。

 また、表の顔と裏の顔を使い分けるような店も建ち並ぶ、治安の悪い地域として知られていた。

——「助けて……。お願い、誰か……」

「っ——!?」

 微かに聞こえた、か細い声の方へとレイフが視線を向ければ、ボロボロに引き裂かれたベージュのニットを着た若い女性が、こちらへと駆けてくるのが見える。

 女性経験の少ないレイフには、正直に言えば目を逸らしてしまいそうになるような格好だった。

 だが、今は恥ずかしがっている場合ではない。

 彼女の後ろからは、数人の男たちが追いかけてきている。

 一目見ただけでも柄が悪く、決してお近づきになりたいとは思えない側の者たちだ。

 最も、彼らも見たままの〝中身〟ではないのだろう。

 普通に考えれば、若く美しい女性が暴漢に襲われているという危機的状況だ。

 しかし、レイフはこの状況――さらに厳密に言えば男たちの様子から、それ以上のただならぬ異変を感じ取っていた。

 彼らの瞳からは光が消え失せ、その顔からは全身から血が抜き取られたかのように、精気を感じない。

「おい、あんた! ここは俺らがなんとかするから、さっさと逃げろ!!」

「あっ、あぁっ……」

「安心してる暇も泣いてる暇もねぇだろ! こっちもあんたを守りながら戦う余裕はねぇんだ! さっさと走って逃げろ!!」

「ありがとう、本当にありがとう……! 必ず、助けを呼んでくるから……!!」

「いいから、さっさと帰って今日のことは夢だとでも思って寝ちまえ」

 女性は|嗚咽《おえつ》を漏らし、何度も転倒を繰り返しながら、その場を走り去って行った。

「んじゃまぁ、死神のデビュー戦と行きますか。ヴィオレタ先生、後方支援は頼んだぜ」

「はぁ、面倒だけど仕方ないわね……」

 ヴィオレタは気怠げに、先端に|紫色《ししょく》の宝石をいただく杖を地面へと軽く打ちつける。

 瞬く間に|紫色《ししょく》の光を纏い、幻想的な|紋様《もんよう》の刻まれた漆黒の魔法陣が地面に出現した。

「っ――!?」

 次の瞬間――ガタリと、わずかな地鳴りが地上を駆け抜け、レイフは一瞬体勢を崩す。

 視線を魔法陣へと戻せば、無数の鎖が巻き付いた黒い球体が少しずつ、その姿を現しつつあった。

 球体は拘束に抗うかのように、身体を小刻みに振動させている。

 氷の荊のように温度を感じさせず、球体を拘束する鎖へとヴィオレタの杖が静かに触れた。

 一瞬の|後《のち》に鎖が砕け散り、球体が宙へと解き放たれる。

 自由の身となった球体の表面に巨大な〝口〟が現れ、その口角がゆっくりと上がり、それは笑みのようなものを浮かべた。

 最初に見えたのは、鋭く|獰猛《どうもう》な吸血鬼を想起させる〝犬歯〟だった。

 さらに背中が、ぶくりと隆起し、漆黒の巨大な〝翼〟が生まれる。

 |蝙蝠《こうもり》の持つものと酷似した両翼が、蒼月を背に開かれた。

【|狂皇の眷属《ルーナーティクス・セルウス》/|No.XIII《ヌメルス・トレーデキム》ヘレンシア】

「これが、あんたの死神としての〝|鬼才《グロリア》〟か……」

 〝|鬼才《グロリア》〟――それは|死神《リーパー》一人一人が、誕生と同時に授かる特別な才能だと、先ほどレイフはヴィオレタに講義を受けた。

「えぇ、私の鬼才は――〝魂との契約〟。かつて冥界に堕とされた魂を使いあらゆる狂気的な実験を行った冥王が居たわ。それこそ、罪人達が本来受けるべき冥府の裁きなんて可愛らしいく思えるほどにね。彼らは、その実験の犠牲となった魂――今は私と契約を結んで服従している。それなりには大切に扱ってるつもりよ……」

「そうか……。まぁ、これじゃ俺の出る幕はねぇかもな」

「貴方、一つ勘違いしてるわよ……」

「ん?」

「ヘレンシア、命令よ……。〝ベッド〟」

「ギイィィ……」

 予想よりは少しだけ可愛らしい声をあげた球体――ヘレンシアが、お辞儀をするように頭部を主人に差し出す。

 それを確認したヴィオレタは満足げに頷くと、その頭へと向けて仰向けにダイブした。

「……はあぁぁっ!!?」

 

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