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Nox.V『その悔恨は毒のように』II

Penulis: 皐月紫音
last update Tanggal publikasi: 2025-08-03 10:20:05

◆◇◆◇

その日――冥都ルイーナは、炎に包まれていた。

|燕尾服《テイルコート》の袖や裾を、ちりちりと焦がしながら、一人の女性が業火の中を進んでゆく。

「ウルバノヴァ様……」

掠れた声が耳朶を打ち、女性――ヴィオレタ・ウルバノヴァが振り返れば、地面を血で染めながら一人の男性が倒れているのが見えた。

もう長くはないだろう。

ヴィオレタは彼の側に寄ると、その場に屈み込んで男の最後の言葉に耳を傾けた。

「……クライン様が、近衛隊を率いて|死霊庁《プルガトリオ》に居ます」

「そう……。ならば、私も向かうわ」

彼女が踵を返すと、まだ微かに男の声が聞こえた。

「どうか……|冥界《オルクス》を、この世界をお守りくだ……」

「そんな大層なものを人に背負わせて逝かないでよ……」

熱気を含んだ風が、彼女の|言の葉《ことば》を攫い、紺青色の髪が煙とともに空を舞った。

――「冥王の犬どもを殺せ! これからは俺たちの時代だ!!」

「クロヴィス様に勝利を! 歯向かう者には死を!!」

「や、やめろ! お前たち、気が狂ったの……がはっ!!」

わずかに離れたところから風に乗せ、狂気に満ちた叫び声と断末魔が聞こえた。

クロヴィスが、多くの|死神《リーパー》を従えて叛乱を起こしたのだ。

クロヴィス・リュシアン・オートクレール――もとは冥界南西部一帯ヴァルモリア公国を統治し、〝|公爵《ドゥクス》〟の称号を持つ貴族だ。

そんな彼の行動と言動は、他者の目には狂人のようにさえも映るものだった。

だが、彼は同時に不思議なほどに人を惹きつける天賦の才を持っていた。

他を寄せつけない強さと、もとから人ではなかったのではないかと錯覚させるほどの美貌。

そして、何よりも彼は人の心の異常性を煽ることに長けていた。

どんなに理性的に振る舞っている人間にも、心のどこかには〝渇き〟がある。

他者のものを奪いたい、誰かを傷つけたい、屈服させたい――そんな願望を力のままに自由に叶えてみたい。

それは簡単にできることなのだと、クロヴィスは彼らの前で次々と実演してみせたのだ。

日に日に、彼のもとを訪ねる死神は増えてゆき、クロヴィスは彼らからは神のように崇められるようになっていった。

クロヴィスが発した号令により、冥界各地で叛乱は起こり、はじめての事態に誰が敵か味方かもわからない死神たちは|恐慌《パニック》状態となった。

ヴィオレタは一度、嘆息を漏らした後に手元に漆黒の杖を生み出す。

彼女は杖の先端に耀く|紫色《ししょく》の宝石へと視線を落とす。

「……私たちの|冥界《オルクス》をこんなにされて、貴方たちも|怒《いか》っているのね。|好《い》いわ、死霊庁に行く前に少しだけ寄り道をして行きましょうか」

そう言い放つと、ヴィオレタは声が聞こえてきた方へと静かに歩を進めてゆく。

彼女の周囲を囲うように、大地に幻惑的な|紫色《ししょく》の光を纏う無数の漆黒の魔法陣が生み出される。

そこから老木を想起させる何本もの亡者の腕が現れ、続いて別の魔法陣からは|紫炎《しえん》を身体に纏わせた黒狼の群れが出現した。

さらに、|蝙蝠《こうもり》のような翼を生やした巨大な球体が生まれ、ヴィオレタの周囲を戯れつくように飛び回る。

数十を優に超えるほどの規模となった眷属たちは、彼女に率いられる形で煙と炎に包まれた大地を移動してゆく――。

◆◇◆◇

「おっ! ようやく来やがったか! おーい、こっちだ!!」

湿っぽい空気をいとも容易く吹き飛ばす快活な声に、ヴィオレタは露骨に顔をしかめる。

|黒瑪瑙《オニキス》に酷似した特殊な鉱物で建てられた天を突き破るような威容を誇る漆黒の塔。

死神たちの本拠地である〝|死霊庁《プルガトリオ》〟へと到着した彼女を待っていたのは、武装した|死神《リーパー》たちだった。

ここには姿を見せていない者たちも含めれば、1500〜2000人は居るだろう。

彼らは、その実力と冥王家への忠誠心によって選ばれた近衛隊――さらにその中でも冥王及び、その家族を護衛する|実力者集団《エリート》だ。

誰が敵か味方かわからない今では、確実に信用できると言えるのは彼らくらいのものだろう。

他の|死神《リーパー》は各地で叛逆者たちの鎮圧にあたらせ、冥王及びその家族には守りを固めた死霊庁へと移ってもらっていた。

本来ならば、切迫した状態のはずなのだが、彼らの顔には不思議なほど緊張感がない。

それもこれも彼らの先頭で、ヴィオレタへと手を振っている男のせいだろう。

鍛え抜かれた高身長の身体に手櫛で整えただけのような黄褐色の髪、意志の強さを感じさせる|黄赤色《クロムオレンジ》の瞳。

そして口元には子供のような無邪気な笑みが浮かんでいる。

彼の名はルーカス・クライン――冥王家を護る近衛隊の隊長を務める男であり、ヴィオレタの上司だった。

「そんなに呼ばなくても見えてるわよ、相変わらず、暑苦しい男ね……」

「はははっ! 悪いな、お前の元気そうな姿を見たらなんか嬉しくなっちまってな」

ヴィオレタの棘のある言葉も彼にかかれば、このように明るく流されてしまう。

だが、ヴィオレタもこの程度で引くつもりはない。

「よくそんな台詞を恥ずかしげもなく言えるわね。|箪笥《たんす》の角に頭ぶつけて、逝けば良いのに……」

「頭!? お前、そこはせめて小指じゃねぇのか!?」

「小指だったら確実に逝かないでしょ?」

「どうしても逝かせたいんだなっ!!」

そこでヴィオレタは、周囲の死神たちが微笑ましいものを見るような目で自分達を見ていることに気がつく。

二人が、このような言い合いをするのは今に始まったことではなかった。

彼らには、もはや見慣れた光景だろう。

自分のような一人で居るのが性に合う人間には、このような空気は、むずむずして仕方がない。

「よっしゃ! ヴィオレタも戻ってきたなら百人力だな! お前ら、クロヴィスの上品ぶった鼻っ柱をへし折ってやろうぜ!!」

「「「おう!!!!」」」

「え、なに、この乗り……私、すごい嫌なんだけど」

――本当に、この男は苦手だわ。

ヴィオレタのペースをいとも容易く乱す。

そして、強引に彼の作る輪の中に自分のような人間まで引き入れるのだから。

◆◇◆◇

「はぁ、はぁ……。流石にやべぇなぁ、俺の悪運もどうやらここまでみてぇだ……」

聞き慣れた声が耳朶をくすぐり、ヴィオレタの意識は徐々に覚醒してゆく。

そこで自分が気を失っていたのだということに、ようやく彼女は気が付いた。

閉じられていた目が見開かれ、|灰簾石《タンザナイト》のような輝きを放つ紫紺色の瞳が露わになる。

仰向けに倒れる彼女の身体には、あちらこちらに剣で斬られた痛ましい傷跡が見られた。

視線を上げると、鍛え抜かれた大きな背中が目の前に現れた。

ぽたりぽたりと、その背から生々しい鮮血が白銀の刃を伝い流れ、それは地へと吸い込まれてゆく。

ヴィオレタを庇うように立つ男――〝ルーカス・クライン〟の身体から、力が徐々に抜けてゆくのがわかる。

そうだ――|死霊庁《プルガトリオ》は、クロヴィスによる奇襲を受けて壊滅状態となったのだ。

ルーカスはヴィオレタの方を振り返ると、口元に無理やり、いつもの少年のような笑みを作ってみせた。

「何してるのよ、貴方……?」

「よぉ、お目覚めかい、お姫さ……」

ルーカスが次の言葉を紡ぐ前に――白銀の刃が、彼の背から引き抜かれた。

鮮血が飛び散り、その身体は、力なく前へと倒れてゆく。

ヴィオレタには、その動きがひどく緩慢なものに見えた。

「あははっ! 君、最高だよぉ〜!! 久々に……僕、トキめいちゃった」

ルーカスが倒れ込んだ先には、藤紫色の瞳を爛々と輝かせ、口元に三日月の弧を描いて哄笑をあげるクロヴィスの姿があった。

無傷というわけではなく、彼は左手を失っているようだった。

自分が意識を失っている間、ここで激戦が繰り広げられていたことが容易に想像できる。

背後を振り返れば、先ほどまでヴィオレタとルーカスのやり取りを見て笑っていた死神たちが、無惨な骸へと姿を変えて転がっていた。

くしゃりと|表情《かお》を歪めたヴィオレタの口元から、言葉にならない声が漏れる。

「ヴィオレタ……逃げろ、頼むからお前は……」

「ルーカス!!」

か細いルーカスの声音が、抗いようのない〝死〟の色を滲ませて鼓膜に響く。

だが、次の瞬間――ルーカスの頭部をクロヴィスの靴が踏み抜いた。

「ぐっ!?」

「あのさぁ、あんまり冷めること言わないでよ。君の出番は、もう終わり。僕は、こっちのお姉さんと遊びたいんだよね〜」

それを見た瞬間――ヴィオレタの心の内側に、ふつふつとした過去に感じたことのない暗く、|澱《よど》んだ感情が浮かび上がってきた。

意識がまるで自分のものではないかのように〝汚染〟されてゆく。

「その足を|退《ど》けなさい……」

「うん? あれ、怒ちゃったぁ? いいね! さぁ、愉しく傷つけ合おうよ!!」

――あぁ、うるさいわ。

消えて、私の前から……。

ヴィオレタの身体を起点として、木の枝が広がるように数を数えるのさえも馬鹿らしくなるほど、無数の漆黒の魔法陣が展開してゆく。

クロヴィスの目が驚愕に見開かれる――。

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