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13話 研究所への呼び出し

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-05-22 11:57:08

エレンが魔法闘技の決勝戦を、その圧倒的な強さを示した直後に辞退したという事実は、

瞬く間に王都中に知れ渡り、大きな衝撃と様々な憶測を呼んだ。

──なぜだ!? あのエレンが、決勝を前にして戦いを放棄するなんて!

──もっと、あのエレンの戦いが見たかったのに!

──まさか、最強の騎士マゼンダ卿との対決を恐れて、勝ち逃げしたというのか!?

そんな心ない声や、純粋な落胆の声が、街のあちこちから、

まるで冷たい風のように私の耳へと吹き付けてくるたびに、

胸の奥がぎゅっと締めつけられるような痛みを覚えた。

だって、本当は違うんだ。

エレンは……誰よりもあの舞台で、強者と剣を交えることを望んでいたはずなのに。

全ては、この私の身体を気遣って、

これ以上の消耗は危険だと判断し、自ら栄光の舞台を降りる決断をした――

ただ、それだけのことなのに。

その真実を、私は誰にも告げることができない。

でも、そんな私にとって、たった一つの救いだったのは。

準決勝でエレンと戦いを繰り広げたシイナさんが、

あの喧騒と憶測が渦巻く闘技場の片隅で、

エレンを非難する一部の声に対し、毅然とした態度でこう言ってくれたことだった。

ほんの少しだけれど、私の心も、その言葉によって確かに救われた気がした。

***

そして、闘技の喧騒も少しずつ日常に溶け込み始めた数日後。

私はいつものように、教会で静かに祈りの時間を過ごしていた。

朝の柔らかな光が、ステンドグラスを通して聖堂内に色とりどりの模様を描き出している。

「エレナ様」

ふいに、背後から穏やかな声がかかり、私は祈りを中断してそっと目を開ける。

声の主は、私と同じ教会のシスターの一人だった。

彼女は少し緊張した面持ちで私を見つめている。

「どうかなさいましたか?」

「先ほど、魔法研究所の方から連絡がありまして……

エレナ様に、至急お越しいただきたいとのことです」

「私に……ですか?」

聖女見習いであるこの私に、あの魔法科学の最高学府である研究所からの、

しかも「至急」の呼び出し……? いったい何事だろう。

「はい。詳細は伺っておりませんが、重要な案件のようです」

「わかりました。すぐに向かいます。お知らせいただき、ありがとうございます」

私は静かに立ち上がり、祭壇に一礼して祈りを終える
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