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#14:試作品、名をツナガール

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-05-22 12:00:06

 エレナたちが背負ったのは、王国の未来を左右する重大な任務。

 目的地は、人跡未踏の領域――『禁足地』。

 緊張と覚悟を胸に抱く一行だが、旅立ちの直前、奇妙な寄り道を余儀なくされていた。

「旅の助けになる〝とっておき〟がある」

 そう豪語するマギア研究所の所長に連れられ、足を踏み入れたのは本館の執務室ではない。さらに奥まった、広大な実験区画だった。

 壁一面を埋め尽くす正体不明の機材群。

 床に何重にも描かれた、複雑怪奇なルーン。

 混沌とした空気が漂うその場所へ、彼女たちは集められていた。

「さて、グレン君。ちょっとこちらへ来たまえ」

 所長が満面の笑みで手招きをする。その掌には、拳大の結晶体が乗せられていた。

 ただの水晶ではない。透明な内部で、微細な幾何学模様が呼吸するように明滅している。魔力マギアを通せば何かが起きる――魔道具特有の気配。

「これに君の魔力を流し込んでみてくれたまえ。できるだけ強く、だ」

「おう、わかったぜ!」

 グレンは快活に応じると、何の疑いもなくその結晶体へと手をかざした。

 彼が生まれ持った属性は【炎】。

 万物を焼き尽くす原初の力が、掌から赤い奔流となって迸る。

 渦を巻く熱量。

 結晶体はそれを貪るように吸い込み、内部の輝きを増していく。

 ――直後。

「うおっ!?」

 視界を白く染めるほどの閃光。

 光の粒子が収束したその先、結晶体の真上に〝在るはずのない姿〟が鮮明に浮かび上がった。

「――あー、テステス! 音声チェック、ワンツー! 所長ー! ミストちゃんの可愛いお顔、ちゃんと見えてますかー!? こっちはバッチリですよー!」

 鼓膜を揺らす甲高い声。

 底抜けのハイテンション。

 そして、知的な赤縁眼鏡がトレードマークの小柄な姿。立体映像として顕現したのは、あのミストだった。

(ミストさん!?)

 エレナが目を見開く。

 映像の中のミストはこちらに気づくと、千切れんばかりに手を振り返してきた。

「うむ。映像も音声も実にクリアだ。試作品の初稼働としては上々、問題ないだろう」

 自身の発明品にご満悦の所長。

 だがその隣で、先程まで威勢の良かったグレンが膝を震わせ始める。

「ちょ、ちょ、待て待て待て! これ、魔力マギアの消費量がえげつねぇぞ!? こんなの使ってたら、あっという間にスッカラカンでぶっ倒れるって!」

「だからこそだよ」

 所長はニヤリと口角を吊り上げた。悪戯っ子のような、しかしマッドサイエンティスト特有の凄味を帯びた笑み。

「並の接続者リンカー以上に莫大な魔力量を持つ君が、この道具の運用者として最も適任だと判断したのだよ、グレン君」

「マジかよ……」

 力なく呻くグレンを余所に、所長は高らかに宣言する。まるで世紀の大発明を世界に知らしめるかのように。

「その名も、遠隔通信魔道具――《ツナガール》!」

 ……シン……。

 部屋の空気が、まるで【氷】の接続者リンカーが絶対零度を解き放ったかのように、一瞬で凍りついた。

「所長のネーミングセンスが、最大の研究対象ですね……」

 沈黙を破ったのは、シイナだった。

 冷ややかな視線を送る。その声は冷静極まりないが、底知れぬ呆れが滲んでいた。

 あまりに的確すぎる一言。

 エレナは口元を引き結び、込み上げる笑いを必死で堪える。

(……なんだろうな。直接攻撃されたわけでもないのに、私の精神《こころ》に強烈なダメージが来たんだが……)

 脳内に響くのは、エレンのいつになく疲弊した声だ。

(エレンにまでダメージを与えるなんて……所長さん、ある意味すごいね)

 エレナも心の中で、若干引きつった笑みを浮かべて同意するしかなかった。

「さらに!」

 そんな彼女たちの凍てつく反応などどこ吹く風。

 所長は白衣の裾を翻し、次なる道具を取り出した。

 それは先程の結晶体より一回り大きな、正六面体の物体。

 磨き上げられた黒曜石のように滑らかで、光を吸い込むような深淵な黒さを湛えている。

「これも君たちに特別に託そう! 旅の必需品――《ハコベール》だ!!」

 ネーミングセンスが、壊滅的である。

 その場の全員が、言葉を失った。

(……荷物を、“運べる”ってことかな、エレン?)

(……知らん。私に聞くな)

 エレンは完全に思考を放棄し、意識の殻に閉じこもったようだ。

「所長……」

 シイナの瞳から光が消え、無を通り越した悟りの境地へと達している。

「これはね、どんなに重い荷物でも、この箱に入れるだけで、まるで羽のように持ち運べる優れものだよ! 空間拡張と重量軽減の技術を組み合わせた、私の自信作さ!」

「名前はアレなのに……悔しいくらい便利そうなのが、余計に腹が立つな……」

 グレンが眉間に深い皺を刻み、本当に複雑そうな顔でぼやいた。

「まぁ、どれもまだ世に出る前の大切な試作品だ。安全性も……うん、たぶん、きっと、大丈夫……だといいな!」

 所長は最後だけ視線を逸らし、少し自信なさげに――しかし、満面の笑顔で締めくくった。

 安全性が未知な道具。

 しかも、製作者自身が「たぶん」と言う代物。

 彼らの脳裏に、「実験台」という言葉が警鐘のように鳴り響く。

「「「不安しかないんだがっ!!/不安しかありませんよ!!?/不安ですね!!?」」」

 エレナ以外の三人が、示し合わせたかのような見事な連携で、鋭くツッコんだ。

 荒っぽいグレン、悲痛なシイナ、そして冷静なツッコミを入れたもう一人の仲間。三者三様の拒絶が、実験室にこだまする。

「あははははっ!」

 もう、ダメだった。

 張り詰めていた糸が、ぷつりと切れる。

 その完璧なハーモニーと、必死な仲間たちの表情がツボに入り、エレナはとうとう堪えきれずに噴き出してしまった。

 腹を抱え、涙を滲ませて笑う。

 一度決壊したダムはもう戻らない。

 皆の視線がエレナ一人に集まるのが分かるが、笑いの波は彼女を翻弄し続け、呼吸すらままならないほどだった。

「あは……ははっ……! す、すみません……なんだか、おかしくて……!」

 〜*〜*〜*〜

 数分後。

 ようやく笑いが収まった頃には、エレナの顔は熟れた果実のように真っ赤に染まっていた。

 恥ずかしさに身を縮こまらせ、モジモジと指先を弄る。

「ごめんなさい……皆さん、真剣なお話の途中なのに、取り乱してしまって……」

(恥ずかしくて顔が上げられないよ……)

「いやいや、君のそんな屈託のない笑顔が見られて、我々も和んだよ」

 所長は鷹揚に笑い、パンと手を叩いた。

「さて、真面目な話に戻ろう。出発はすぐにでもお願いしたい。準備はいいかな? エレナ君、教会には私から事情を伝えておくから、心配はいらないよ」

 その言葉に、場の空気が引き締まる。

 笑いの時間は終わりだ。ここからは、未知なる領域への挑戦が始まる。

「はい、わかりました。所長、よろしくお伝えください」

 エレナは背筋を伸ばし、改めて深く頭を下げた。

 手には、ふざけた名前だが頼りになるであろう道具たち。そして隣には、信頼できる仲間たち。

 三人の仲間と共に、エレナはマギア研究所を後にする。

 背中には所長の激励を、胸には少しの名残惜しさを感じながら、彼女たちは一歩、新たな旅路へと足を踏み出した。

 〜*〜*〜*〜

 そして、いよいよ――本当の旅立ちの刻《とき》。

 研究所の重厚な門を背にし、エレナたちは王都の喧騒の中を歩き出した。

 行き交う馬車の車輪の音、市場からの呼び込み、人々の活気ある話し声。

 平和そのものの日常が、今のエレナたちには少しだけ遠い世界のように感じられる。

 手にした魔道具の重みと、背負った使命の重さ。それらが、口を閉ざさせる。

 しばらく続いた沈黙。

 その均衡を破り、口火を切ったのは、やはりこの人だった。

「さあ、行こうか。まずは最初の目的地を目指して」

 シイナが足を止めず、前を見据えたまま告げる。

 その声に気負いはなく、冷涼な水面のように落ち着いていた。それが、迷いかけたエレナたちの背中をそっと、しかし力強く押してくれる。

「おう! 任せとけ!」

 グレンがニカッと白い歯を見せ、自身の胸をドンと叩いた。頼もしすぎるほどの陽気さ。

 そして、もう一人の仲間――シオンもまた、無言のまま静かに、深く頷く。

 リーダーシップをとるシイナを先頭に、エレナたちはそれぞれの決意を胸に、王都の大門をくぐり抜けた。

 聖女見習いのエレナと、三人の若き接続者たち。

 そして――。

 陽が沈み、夜の帳《とばり》が下りる頃、その真の力を現すもう一人の存在。

 エレナだけの、最強の戦士。

 太陽の下を歩く四つの影と、その内側に潜む一つの魂。

 計五つの魂《こころ》を乗せた彼女たちの旅が、今、静かに始まった。

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