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#15:嘲笑う髑髏

作者: 渡瀬藍兵
last update 最終更新日: 2025-05-23 19:00:39

鬱蒼とした森を、冷えた闇がじわりと満たしていく。エレナたちは、最初の目的地“夜の街”へ向けて歩を進めていたが、その足取りは自然と慎重さを帯びていた。

頭上では、木々の葉が幾重にも重なり合い、月光すら押し返す“闇の天井”を形作っている。

頼れる光源は、隊列の先頭を行くグレンの右手に揺らめく、赤い炎だけ。火は小さく唸りながら形を変え、エレナたちの表情と、風に合わせて生き物のように歪む木々の影を照らし出していた。

湿った土が鼻にまとわりつき、腐葉土の発酵した香りがどこか生温い。枝葉が風に揺れて擦れ合うたび、ひそひそと誰かが耳元で囁いているようにも聞こえる。

グレンも、シイナも、シオンも口を閉ざしたまま。誰一人として余計な言葉を発しない。

ただ、静かに。

だが身を固くしながら、森のさらに奥へと進んでいく。

張り詰めた空気は、エレナの胸にもじわじわと染み込んでいた。

——その時。

先頭を歩くグレンの足が、ぴたりと止まった。

「……来たな」

前を向いたまま、低く鋭い声が闇に溶ける。振り返りすらしない。そこに確信だけがあった。

「——ああ。複数……いや、かなりの数だ」

シイナが瞬時に応じ、その両腕に鋼鉄のガントレットが形成される。

瞳は獲物を見つけた狩人の光。戦う準備ではない。もう“狩り”の眼だ。

シオンは影が流れるような自然さでエレナの横へ移動し、背をかばう位置に立った。

森がさらに深く息を潜める。

何かが、確実に近づいてくる。

「えっ……な、何がいるんですか……?」

胸の奥がひゅっと縮む。三人の呼吸が一瞬で戦う者のそれに切り替わったのを感じて、エレナの声は意図せず震えを帯びていた。

(エレナ、気を抜くな。複数の魔獣の気配がする)

(……この気配はアンデットだな)

エレンの落ち着いた声が、冷や水のように胸の中心へ流れ込む。動揺を抑える代わりに、背筋へ冷たい緊張が走った。

(み、みんな……どうしてそんなにすぐに分かるの? 私には、何も……)

(“敵意”だ。長年、命のやり取りをしてきた者には、肌で分かるのさ。……風の匂いが変わった、とでも言うべきか)

その説明を裏づけるように——“それ”が来た。

カラカラカラ……

カラン、コロン……!

乾燥した骨がぶつかり合う、やけに軽くて不吉な音。闇の奥からゆっくりと湧き上がるように響き、エレナの耳に嫌でもこびりつく。

そして、炎の明滅が木々の隙間を切り裂いた瞬間——。

ぞろぞろと、数え切れないほどの影が姿を現した。

砕けた顎を嗤うように音を鳴らしていた。

骨だけになった腕には、錆びついた剣や斧がぶら下がっている。

体にはボロボロのレザー防具がかろうじて引っかかり、まるで「生前の名残」を皮肉のように貼り付けていた。

遠い昔に命を落とした兵士や冒険者の“成れの果て”。

——スケルトンの群れだ。

一体一体は脅威ではない。

だが、群れとなれば話は別だ。

数の暴力で押し潰され、熟練の冒険者ですら帰らぬ者となった例は枚挙に暇がない。

ゴロ……ゴロ……と、骨の群れが包囲する円をじわじわ狭めていく。

いつの間にか背後にも、横にも、前にも白骨が立っていた。

逃げ場は——どこにもない。

「グレン!」

「おう!」

シイナの短い号令が空気を裂き、グレンが即座に応じた。

次の瞬間、彼らは弾かれたように動き出す。

シイナの鋼鉄の拳が、横合いからスケルトンの頭部を砕き飛ばした。骨片が闇に散って消える。

グレンは振り抜いた炎の剣で、装備ごと胴体を真っ二つに裂き、轟々と燃え上がる炎が周囲を照らす。

シオンはエレナのそばで静かにトンファーを構えたまま、呼吸すら乱さず前方の敵へと視線を固定している。その姿は揺らがぬ影そのもの。

——その刹那。

エレナが前方に意識を向けていた、ほんの一瞬の“隙”をつくように。

左側の、炎の光が届きにくい木陰から、音もなく一体のスケルトンが飛び出してきた。

(エレナ! 左から来てるぞ!)

エレンの警告が脳裏に轟き、心臓が跳ねる。

「えっ……! あ、あっ!」

エレナは普段、戦闘の大半をエレンに任せていた。

自分が直接戦場に立つことなど、ほとんどない。

仲間たちのように魔獣と相対する経験が、圧倒的に足りないのだ。

錆びついた剣が、月光の代わりに炎の揺らめきを受けて鈍く光る。

その切っ先が、エレナの頭上へ振り下ろされ——る、かに思えた瞬間。

風を裂く音。

次いで、鈍い衝撃。

シオンの鋭い回し蹴りがスケルトンの頭部を粉砕し、闇に吸い込まれていった。

「……大丈夫ですよ。エレナさん」

振り返らず、静かに告げる声。

「は、はい! ありがとうございます、シオンさん!」

(助けてもらっちゃった……! 私も、力にならなきゃ!)

エレナは震える呼吸を整え、両手のひらへ意識を集中させた。

体内の聖なる魔力が温かく指先へ流れ込み、金色の光が集まっていく。

光が弓の形を成し、一本の矢が空気を震わせる。

矢羽根のごとき光が揺れ、放たれる瞬間を今か今かと待っている。

——放つ。

聖なる弓!サギッタ・サンクタ

黄金の矢は、流星のように夜を裂きながら一直線に飛んだ。

着弾と同時に聖なる炎が炸裂し、スケルトンたちは朝の陽を浴びた雪のように溶けて消えた。

聖属性。

数ある属性の中でも最も解明が進んでいない、不確かな力。

だが魔獣に強く作用し、とりわけアンデットには絶大な効果を発揮する。

「おぉー!! ナイスだぜ、エレナ!」

グレンが豪快に親指を立てた。

エレナは少し頬を紅潮させながら、

「あ、ありがとうございますっ!」

胸がじんわり温かくなる。ほんの少しでも、仲間の力になれた——そんな喜びが広がったその時。

カラカラカラ……ゴトゴトゴト……。

森の奥から、他とは明らかに違う重い音が響く。

闇がさらに濃く巻き、そこから“何か”が姿を現した。

巨大なスケルトン。

他の髑髏たちとは違い、黒ずんだ骨格に不釣り合いなほど巨大な戦斧を担ぐ姿。

歴戦の猛者のような雰囲気を放っていた。

他の個体とは圧からして違う。場に立つだけで空気が歪む。

「なんだこいつ……! 他の奴らとは圧が違うな! それに妙に腹立つ顔しやがって!」

グレンが吠えるように言い放ち、制止も聞かずに飛び込んだ。

「待て、グレン! 俺たちは連携に慣れていない! 一人で突っ込むな!」

シイナの制止は届かない。

グレンは勢いを緩めるどころか、剣へさらに炎を纏わせた。

轟、と炎が唸る。

そして振り下ろされる炎の剣——。

だが。

その一閃は、巨大スケルトンの戦斧によっていとも容易く弾かれた。

火花が爆ぜ、空気が震える。

あまりの膂力に、グレンの腕が痺れるほど。

「くっ……! うぉらァァァ!!」

だが、彼は折れない。

体勢を崩されても、足が残ればそれで十分。

グレンは弾かれた流れのまま、逆にそれを利用し、膝を巨大スケルトンの顎へ叩き込んだ。

ゴキン、と鈍く重い音。

巨体の顎が砕け、スケルトンがのけぞる。

(今の……今の、グレンさんの膝蹴りは……)

エレナは息を呑み、目を見開く。

(あの動き、あの体捌き……エレンと似てる——?)

ただ荒々しいだけじゃない。

相手の力を読み、受け流し、その勢いを逆手に取って叩き返す“技の膝”。

柔らかく、しかし鋭い。

まるでエレンがかつて闘技場で見せたあの動きの、淡い残像。

グレンの一撃に、エレナは確かに“エレンの影”を視た。

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