「橋、壊れちゃってますね……」 目の前に広がる大きな橋は、もはや原型を留めておらず、崩れかけた木材が川へと無惨に垂れ下がっていた。 「ちょっと待ってくれ、俺が橋を作ろう」 そう言って前に出ようとしたシイナさんを、ミストさんがさっと手で制する。 「いやいやっ!! シイナくん! ここは私の出番ですよっ!」 得意げに笑った彼女は、ポケットから小さな薬剤のようなものを取り出すと、川面へ向けてすっと手を伸ばした。 その手先から、微かに光がにじむ。 水面が一瞬、きらりと揺らめいた。 (……なにをしているの?) よくは分からないけれど、ミストさんは満面の笑みで宣言した。 「これで大丈夫! さぁ、渡りますよ!」 そのまま軽やかに、水面へと一歩踏み出す。 「えっ!? 沈まないんですか!?」 思わず声を上げた次の瞬間── 彼女の足元には、しっかりと“道”があった。 水の上を、にこっと笑いながら歩いていくミストさん。 「なるほど。水を凝縮して、固めたのか」 シイナさんが感心したように頷き、続くように川へ足を伸ばす。 「うはーっ! おもしれぇな!!」 グレンさんは大はしゃぎで、水の上をぴょんぴょんと跳ねながら進んでいく。 「ふむ。面白いですね」 シオンさんは変わらぬ無表情で、まるで浮かぶ影のように静かに渡っていった。 私も、みんなのあとに続いて、水の上に足を乗せる。 ──ぐにゅっ。 ゼリーのような弾力と、ひんやりした感触が足裏から伝わってきた。 なのに、沈まない。不思議で、でも心地よい違和感だった。 *** メモリスまでもう少しという頃。 ……ガサガサッ。 道脇の茂みが揺れて、六人ほどの集団が姿を現した。 全員が顔を隠しており、どこか殺気立っている。 その格好と動きは、まさに──盗賊。 「お前ら、ちょっと大人しくしてもらうぜぇ!!」 叫ぶと同時に、彼らは一斉にこちらへと飛びかかってきた。 でも──当然。 *** シイナさん、シオンさん、グレンさん。 前に出た三人が動いた瞬間、事態は決着していた。 もはや“戦い”とは呼べないほど、一瞬の出来事だった。 それもそのはず。 この三人が本気で相手をすれば、こうなるのは当然だった。
──次の日の朝。 「そう言えば…衣服を司祭様から戴いたよね。」 昨日は忙しくて、私は受け取った事をすっかり忘れてしまっていた。 新しい衣服へと袖を通す。 白を基調としたチュニックコートは、聖女見習いとしての清らかさと、戦う者としての覚悟を同時に帯びている。 金糸で縁取られた十字の紋が胸元で静かに輝き、腰のベルトが服をきゅっと引き締めた。 両腕には、銀色の簡易ガントレット。 装飾は少ないけれど、その分、祈りも戦いも邪魔しない機能性があった。 「これ…司祭様は防具として私に…? それに短剣だけど2本ある…」 (それは司祭が私に向けた物でもありそうだな。短剣2本か…まぁ悪くない。 それに短剣なら君でも使えるだろう。) 「エレンや他の皆みたいには戦えないけれど…うん…エレン今度戦い方を教えてほしいな。」 (エレナ… わかった。 最低限自分の身を守れる護身術のようなものは教えよう。ただし、戦闘は基本を私がやる。) 「うん!エレン、ありがと!」 *** 宿のロビーに降りると、シイナさんが先に待っていた。 「おはよう、エレナさん。それが、先日ミストが届けてくれた衣服だね?」 「はい。……変じゃないでしょうか?」 少し不安になって尋ねると、シイナさんは苦笑気味に肩をすくめた。 「はは、大丈夫。似合ってるよ。」 「ありがとうございます。それから……昨日と同じように、“エレナ”って呼んでください」 私がそう言うと、シイナさんは一瞬だけ目を細め、優しい声で答えてくれた。 「あっ……あはは。昨日は咄嗟だったけど……うん、そうだね。俺たちに遠慮はいらないな」 少しだけ、胸が温かくなる。 やがて、みんなが集まり――私たちは次の目的地について、話し始めた。 「次の目的地は、“メモリス”だ」 シイナさんの言葉に、場が一瞬だけ静まる。 「……メモリス?」 シオンさんが低く呟いた。 表情はいつも通りの無表情に近いけれど、その声には微かに揺れがあった。 「何か、気になることがあるんですか?」 私がそう尋ねると、彼はほんの一瞬だけ視線を逸らした。 「……いえ。特には」 歯切れの悪い返答。でも、明らかに何かを“隠している”と、私でも分かってしまった。 (……シオンさん……
「はぁっ!!!!」 シオンさんの鍛え上げられた拳が、まるで鉄槌のようにスケルトンの群れを薙ぎ払い、骨を砕く乾いた音が連続して響き渡る。 一体のスケルトンが、その隙を突いてシオンさんの背後からカチカチと顎を鳴らしながら襲いかかろうとするが、それよりも早く――風を切り裂き、回転しながら飛来した一対のトンファーが、その背後からスケルトンの頭蓋を正確に捉え、ガシャン!と音を立てて木っ端微塵に粉砕した。トンファーはブーメランのようにシオンさんの手元へと戻っていく。 そして、街の門に近い正面では、グレンさんとミストさんが、まるで決壊した濁流のように押し寄せる魔物の大軍と対峙していた。 腐臭を漂わせるグール、不気味に骨を鳴らすスケルトン、粘液を撒き散らすスライム、そして重々しい足音を響かせるゴーレムまで混じっている。その数は、先ほどの一体とは比較にならないほど膨大だ。 「ミスト! いきなりの初共闘になるが……こいつらまとめて薙ぎ払うぞ!」 グレンさんが炎を宿した剣を強く握りしめ、その刃にチリチリと赤い火花を迸らせながら、隣のミストさんに向かって叫ぶ。 「もちろんですとも!!! こういう派手なのは大好物ですからね!」 ミストさんは不敵な笑みをニヤリと浮かべ、ふわりと両手を広げた。すると、彼の周囲の空間から、まるで無数の宝石のようにきらめく水滴が生まれ、意思を持っているかのようにうねりながら集まり始める。 「行くぜ、ミスト! タイミング合わせろよ!」 グレンさんが地面を強く蹴り、燃え盛る剣を天高く振りかぶる。次の瞬間――ゴオッ!という轟音と共に、彼の剣先から灼熱の赤い炎が、まるで龍のように一直線に魔物の群れへと走った。 ミストさんはその炎の軌道を冷静に見据え、静かに息を深く吸い込み、そして吐き出す。 「炎と水……真逆の属性がぶつかり合う時、そこに何が生まれるのか。さて、壮大な実験の始まりですよぉぉ!!」 彼女がパチンと指を鳴らすと、宙に浮かんでいた無数の水滴が一斉に集束し、巨大な津波のような激流となって、炎の龍を追うように魔物の群れへと牙を剥いて押し寄せていく。 「俺の全力の炎、その目に焼き付けやがれぇぇ!!!」 ドウッ!と空気を揺るがす爆音を立てて、扇状に広がった紅蓮の炎が、ミストさんの操る水の巨大な波と、魔物の群れのち
私は、まだ微かに震える足にぐっと力を込めて、どうにかこうにか立ち上がった。 目の前では仲間たちが、あの規格外の魔物と死闘を繰り広げている。 けれど……今の私が未熟な攻撃を繰り出しても、きっと彼らの足を引っ張るだけだ。邪魔になるだけ。 (それなら――私にできる、最善のことは!) 私は両の掌を胸の前に合わせ、そこにありったけの聖属性の魔力を集中させた。温かく、そして清浄な光が手のひらから溢れ出し、周囲の闇をわずかに押し返す。 「エレナさん……あなたが諦めないというのなら、このミストさんも最後までお手伝いしますよ!! 全力でサポートさせていただきますとも!」 すぐ隣から、明るく、そして今はどこまでも頼もしいミストさんの声が響いた。 この極限の状況でも変わらない彼の調子が、不思議と私の強張っていた心を少しだけ解きほぐしてくれる。そうだ、私は一人じゃない。 その時、先ほどグレンさんによって断ち切られたはずの魔物の腕が――まるで生きているかのように蠢き、黒い肉と骨が絡み合いながら、おぞましい速度で再生を始めていた。 「……再生能力まで持ってやがるのか、あの魔物は…!」 シイナさんが忌々しげに吐き捨てる。 「構わねぇ!! 何度でも、俺がまたぶった斬ってやるぜ!」 グレンさんが炎の剣を握り直し、闘志をさらに燃え上がらせる。 「今回は、私はサポートに徹します。皆さんの力を最大限に引き出しましょう」 シオンさんは冷静に戦況を分析し、風を操るトンファーを構え直した。 三人は、もうためらうことなく、再び魔物へと動き出した。 まず動いたのはシオンさんだった。彼がトンファーを振るうと、その周囲に旋風が巻き起こり、加速されたトンファーが唸りを上げて、再生しかけていた魔物の腕を的確に打ち払う。 ほぼ同時に、反対側から振りかざされた魔物の巨大な漆黒の大剣を、シイナさんが全身のバネを使って展開した鉄の盾で、火花を散らしながらも強引に受け止める。盾が軋み、地面が衝撃で陥没する。 そして――その中央の、わずかな隙間を縫うように、グレンさんが猛然と突進した。 彼の握る長剣が、まるで意思を持ったかのように鮮やかな紅蓮の炎を纏い、真一文字に振り抜かれる。 ズバァァンッ!! 鋭い裂帛の音と共に、魔物の分厚い胸板から腹部にかけて、
シイナさんが魔物へ向かって一直線に、まるで閃光のように飛び込んだ。 駆け抜ける豹のような俊敏さで距離を詰め、右拳に装着された鉄属製のガントレットが、狙い違わず魔物の牛のような顔面を正確に捉える。 その刹那―― パァンッ!! ガントレットに仕込まれた火薬が炸裂し、夜の闇を切り裂く眩い閃光と轟音が辺りを一瞬にして染め上げる。 「グガッ……!」 至近距離での爆発に、魔物も短い呻き声を上げ、巨体がぐらりとよろめく。 だけど、その屈強な巨体が体勢を立て直すよりも早く、鞭のようにしなった魔物の太く長い尾が、空中に跳ね上がったシイナさんの腹部へと、回避する間も与えず強烈な一撃を叩き込んだ。 「ぐっ……ぉあっ!」 鈍い衝撃音と共に、シイナさんの身体がくの字に折れ曲がり、まるで石ころのように軽々と吹き飛ばされてしまう。 「シイナ君っ!」 ミストさんが即座に魔力を集中させ、シイナさんの落下地点を見極めるように両手を前方へ突き出す。 彼の足元から湧き上がった水が、壁際で巨大な水のクッションを形成し、激突寸前だったシイナさんの身体をふわりと優しく受け止めた。 ──私は、その一連の攻防を、ただ息を飲んで見つめていることしかできなかった。 (どうしよう……今の私に、あの魔物に通用する攻撃は……!? 私に、できることは……!?) 先ほど、私の放った聖なる光の矢は、あの魔物には全く通じなかった。 その事実が重くのしかかり、焦りとなって冷静な思考を鈍らせる。 (エレナ、落ち着くんだ。私にいつも君がしていることを思い出すんだ。何も特別なことではない) その時、エレンの冷静で、それでいて力強い声が心に直接響いた。 (いつも……エレンにしてること……あっ、そうか、聖属性の付与! みんなの能力の強化だね!) まるで頭の中の霧が晴れるように、答えが見つかる。 (そうだ。君は慣れない私以外との連携に、少し戸惑っているだけだ。君の力の本質は、仲間を支え、その力を増幅させることにある。無理に一人で攻撃を仕掛けなくてもいい) (うん、わかった! やってみる!) エレンの言葉に、私は強く頷いた。 「すまない、ミスト! 助かった!」 シイナさんが水のクッションから勢いよく這い上がり、ぐっしょりと濡れた黒髪を荒々しく払いながら、ミストさんに力強く礼を告げる。 その瞳に
「これが…幽霊体験ができるポーション…」 受け取った小さな硝子瓶の中で、月光を溶かし込んだような銀色の液体が、周囲のランタンの灯りを反射してきらきらと揺らめいている。 甘いような、それでいてどこか不思議な薬草のような香りが、微かに鼻孔をくすぐった。 私は瓶の小さな木の栓を抜き、恐る恐るその液体を口に含んだ。舌の上に、ほんのりと冷たく、そして少しだけシュワシュワとした刺激が広がる。 「おお!? エレナさん、意外とアクティブですねぇ、素晴らしい探求心です! よーし、私も行きますよぉ!!」 私が飲み干すのを見て、ミストさんもパッと表情を輝かせ、同じように興奮した様子で自分の分のポーションの栓を抜き、一気にそれを飲み干した。 すると、本当にすぐに、私たちの身体に不思議な変化が起き始める。 身体が…ふわりと、綿毛にでもなったみたいに軽くなっていく…? 自分の足元に目をやると、徐々に身体が透け始めて、まるで陽炎のようにゆらゆらと揺れているのが見えた。地面を踏みしめているはずなのに、その感触がほとんどない。手を振れば、空気を掻く抵抗もいつもよりずっと軽い。 これが、霊になった感覚…? とっても身体が軽くて、どこか心許ないけれど、同時に今まで感じたことのないような解放感があった。本当に不思議な感覚。 「ふふふ、何回味わっても面白い体験ですよ、コレは…! 前回このポーションを試した時は、主にこの身体的な変化――質量や密度、視覚的透明度の変化を中心に観察しましたが…今回は心の観察です!」 隣で同じように半透明になっているミストさんが、目をきらきらさせながら、まるで子供が大発見をしたかのように興奮しながら言う。 「身体にこれだけの変化が起きるということは、少なからず心にも何らかの影響が行くって事ですからね!! その心理的変容を詳細に観察し、記録しなくては、魔道具研究者として真理の探究はできませんとも!」 彼女はどこからともなく小さな手帳とペンを取り出しそうな勢いで熱弁している。 「これ…すごいですね…! なんだか、ふわふわしていて夢みたいです。でも…これ、元の体に戻ったらどうなるんだろう?」 私は自分の透けた手を見つめながら、素朴な疑問を口にする。 「ああ、それですか? 大丈夫ですよ、効果が切れれば自然に戻ります。 ただ…その時は、凄く身体が