LOGINそれぞれが、エレナの返事を待っていた。シイナは口を挟まず、静かにその横顔を見守っている。グレンはといえば、壁に背を預けたままどこか退屈そうに指先を弄び、シオンはただ目を伏せて、場の結論が降りてくるのを待つように佇んでいた。
細い肩が、わずかに上下する。 「……分かりました。同行させて、いただきます」 その一言が落ちた瞬間、張り詰めていた空気がほどけた。誰かが小さく息を吐き、誰かが肩の力を抜く。言葉にはならない安堵が、部屋の隅々まで広がっていく。 「いやー……! 良かった良かった……! 実は、教皇様にはもう説明していましてね! 曰く、彼女がその気になるのであれば良い、というお言葉はもらっていたんですよ!」 ラヴィスが大仰に両手を広げ、弾んだ声でそう言ってのける。 (……え?) エレナの睫毛が、ぱちりと跳ねた。 『……こいつ、食えない男だな』 意識の奥で、低く呆れたような声が響く。 「所長、それは割と最低ですよ。そういうのは、やったとしても言わないことです……。かなり印象悪くなりますから」 シイナが半眼になって、淡々と釘を刺す。 『シイナの言う通りだ。私もどうも、この男はいけ好かんな』 「なんだろう……。凄くどこかで文句を言われている気がする……!! シ、シオン君はどうだい!? 私はひとえに、世界のためを思って……!」 ラヴィスが大袈裟に両腕を広げ、助けを求めるように振り返る。しかしシオンは、視線を上げることすらしなかった。 「私を巻き込まないでいただきたい。ですがそうですね、はい。最低だと思います」 容赦なく結論を置いていく。ラヴィスが「ひぃっ」と小さく呻いた。 「まぁまぁ、いいじゃねーか。エレナは行くって決めてんだろ?」 壁際から、グレンが面倒くさそうに口を挟む。悪気のないその一言に、シオンがすっと顔を上げた。 「……エ・レ・ナ・様、と……!」 「だ、大丈夫ですよ。シオンさん」 慌ててエレナが両手を振って取りなすと、シオンはようやく視線を戻し、小さく一礼した。 (なんだか……おかしな事になってきちゃったな……) 胸の内で、エレナがそっと呟く。 ともあれ——こうして、エレナはこの面々とパーティーを組んで動くことが正式に決まった。その後しばらく、一同は今後の流れについて、大まかな方針を確認し合った。目的地、道中の警戒、連絡の取り方。話がひととおりまとまると、ラヴィスがぱんと手を打って立ち上がる。 「さてさて、それじゃあこちらへ」 先導するラヴィスの背中について、エレナたちは別の部屋へと案内されていった。長い廊下を歩く靴音が、石造りの壁に小さく反響する。 「なぁなぁ! 所長さんよ、今度はどこに連れて行こうってんだ?」 退屈を持て余したグレンが、後ろから気安く声を投げる。 「ふっふっふっ。とても便利な試……道具を君たちに渡したくてね」 「所長……。今、試作品、と言うところじゃありませんでした?」 シイナが、前を行くラヴィスの背中をじっと見据えたまま、静かに問う。 「はて? なんのことかな?」 ラヴィスは振り返りもせず、素知らぬ顔で首を傾げた。 「はぁ……」 シイナの口から、重たい溜め息が落ちる。 「そこ! ため息つかない! 幸せが逃げるからね」 「科学者が根拠のないことを言うとは……」 「根拠ならあるとも。私の体感だ」 「……」 シイナは無言のまま、冷えた目をラヴィスへ向けていた。 『この所長さん、ずいぶん変わってるね……』 『そうだな。油断のならん相手だ。こういうへらへらした男は、腹の内で何を考えているか分からん』 『エレン、偏見は駄目だよ?』 ラヴィスに先導され、一同はさらに奥へ進む。通されたのは、研究所の中でもひときわ広い部屋だった。壁際には見慣れない機械がいくつも並び、金属の筐体や管が複雑に組み合わさっている。淡く光る計器の明かりが、室内の白い床に点々と落ちていた。 「さぁさぁ! みんなに渡したい道具が、ふたつほどあるんだ! まずひとつ! これは革新的な道具だよ!」 ラヴィスは機械のひとつへ歩み寄ると、中央にはめ込まれていた四角いガラス状の物体を取り外し、高々と掲げてみせた。透き通った板のようにも見えるそれは、手のひらに収まる程度の大きさしかない。 「このひみつ道具はね、科学によって判明した四次元空間――それを応用した収納箱! 名を《ハコベール》だ!!」 「……」 部屋が静まり返る。 最初に口を開いたのは、やはりシイナだった。 「……ひとつ。それの由来って?」 「ふふふ、箱で、運べるからハコベールさ! つまり、ダブルミーニングってことだね!」 「性能はすげーのに、名前が残念すぎるな」 「ええ、まったく」 グレンとシオンの言葉が続き、ラヴィスは目を見開いた。 「そんな!? 素晴らしく分かりやすいネーミングセンスじゃないかい!?」 抗議の声を上げながらも、ラヴィスは《ハコベール》を一人ずつ手渡していく。 受け取ったそれは見た目以上に薄く、驚くほど軽かった。エレナの指先の上でもほとんど重みを感じない。 『軽いね。ハコベール……かぁ』 『まあ、説明を聞く限りでは便利そうではあるな』 エレナは掌の上の透明な箱をそっと裏返し、角度を変えながら眺めた。内部には何も入っていないはずなのに、光の加減によって奥行きが歪んで見える。 その様子を満足げに見回したあと、ラヴィスは両手を打って話を切り替えた。 「さて、次だね。次も世界の最先端を行く技術だよ……ふふふ……!」 「さぁ! その道具こそ、これだ! 名を『ツナガール』! 私が誇る、世界に革新を与えるものだよ!」 ラヴィスが芝居がかった仕草で布をはらりと払う。台の上の機械にはめ込まれていたのは、ひし形をした紫色の結晶——硝子のようにも宝石のようにも見える、ほのかに光を孕んだ小さな塊だった。 ……ツナガール。 エレナは胸の内で、その名前をそっと噛みしめた。所長のネーミングセンスについては、もはや何も言うまい——そんな諦めにも似た理解が、ふっと胸を撫でていく。それでも、いったいどんな道具なのだろうという好奇心は隠せず、碧い瞳がわずかに輝きを帯びた。 「これの由来はなんなんだ?」 興味を惹かれたらしいグレンが、首を傾げて尋ねる。 「よく聞いてくれたね! これはね、魔力を触媒として、このツナガールとツナガールを繋げる装置。いわば、持ち運べる通信機さ! 基本的に、通信機とは大きくなければならない。でもね、これはこの世界で初めての持ち運べるタイプのもの——というわけだよ!」 ラヴィスは胸を張り、両腕を大きく広げてみせる。 『エレナ、その珍妙な名前を呼ぶ必要はないだろう。先ほどの道具は、箱と呼ぶ。今度はそうだな、そのまま通信機でいいだろう』 (で、でもほら。せっかく所長さんが考えてくれたものだから……さすがに悪いよ) 意識の奥でそっと言い返す。困ったように眉を下げるエレナの隣で、シイナが冷静な声を落とした。 「所長のネーミングセンスこそ、研究対象にするべきですね」 「とても失礼じゃないかい!? さて、こちらのツナガールについては説明が必要だね。グレン君、こちらへ」 ラヴィスは抗議を一蹴し、ひょいと指を曲げてグレンを呼ぶ。 「なにすればいいんだ?」 気だるげに歩み寄ったグレンが、結晶を覗き込む。 「君は接続者の中でも、莫大な魔力量を持つと聞いているよ。そんな君にこそ相応しい役目だ。このツナガールに、魔力を込めてくれ」 「ふーん」 グレンは軽く肩を回すと、結晶に手をかざした。指先から、燃え盛るような赤い光がゆらりと立ち上る。やがてその炎は糸のように細く絞られ、結晶の中へと吸い込まれていった。 ——ぱっ、と。 ツナガールの中心から、一筋の光が真っ直ぐに天井へ伸びる。光は揺らぎながら像を結び、やがてその場に、一人の少女の姿が浮かび上がった。 「あーテステス。どーもー! 私の声が聞こえますかぁー?」 青みがかった髪を揺らした少女——ミストが、明るい声で呼びかけてくる。 「うむ! 聞こえているよ、ミスト君」 「おぉ! 第一の門は突破ですね! では、可愛い私のお顔は見えますかぁ?」 「ううむ……!! 自分で言うところに何も思わないところが無いわけではないが、見えているとも!」 「ではこれでツナガールも無事に完成ですね!」 像の向こうで、ミストがぱちんと両手を打ち合わせる。その拍子に、グレンの肩がぴくりと跳ねた。 「お、おいおい!! これどうなってんだ!? どんどん魔力が吸われていくぞ!?」 グレンの指先から流れ込む炎の量が、目に見えて増していく。額にうっすらと汗が滲み、頬の輪郭が強張った。 「だからこそ、接続者の中でも膨大な魔力量を持つ君が最適なんじゃないか」 ラヴィスは平然と頷いてみせる。 「こんなの五分も持たねぇよ! 切るぞ!」 言うが早いか、グレンは結晶を引きはがすようにしてラヴィスの掌へ押し戻した。光の像がふっとかき消え、室内に一瞬の静寂が落ちる。 「おやおや。とりあえず、これらの作品は今日完成したばかりでね。安全性は確認できていないのだが……まぁ、問題ないだろう!!」 「「「問題しかねぇよ!?」」」 三人分の声が、見事に重なった。 「これは手厳しい……!」 ラヴィスが大袈裟に額を押さえてよろけてみせる。その姿に、誰からともなく苦笑が漏れる。 ——こうして、不安を山ほど抱えながらも、エレナたちの旅立ちが決まった。 まだ見ぬ国。歩いたことのない街。その響きには、確かに胸を高鳴らせるものがある。けれどその足取りには、しっかりと背負うべき使命がある。 その重みを胸の真ん中に置いたまま、エレナは静かに、一歩を踏み出すのだ。────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ







