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#28:ふたつの発明品

Author: 渡瀬藍兵
last update publish date: 2025-06-08 19:01:15

 それぞれが、エレナの返事を待っていた。シイナは口を挟まず、静かにその横顔を見守っている。グレンはといえば、壁に背を預けたままどこか退屈そうに指先を弄び、シオンはただ目を伏せて、場の結論が降りてくるのを待つように佇んでいた。

 細い肩が、わずかに上下する。

「……分かりました。同行させて、いただきます」

 その一言が落ちた瞬間、張り詰めていた空気がほどけた。誰かが小さく息を吐き、誰かが肩の力を抜く。言葉にはならない安堵が、部屋の隅々まで広がっていく。

「いやー……! 良かった良かった……! 実は、教皇様にはもう説明していましてね!  曰く、彼女がその気になるのであれば良い、というお言葉はもらっていたんですよ!」

 ラヴィスが大仰に両手を広げ、弾んだ声でそう言ってのける。

(……え?)

 エレナの睫毛が、ぱちりと跳ねた。

『……こいつ、食えない男だな』

 意識の奥で、低く呆れたような声が響く。

「所長、それは割と最低ですよ。そういうのは、やったとしても言わないことです……。かなり印象悪くなりますから」

 シイナが半眼になって、淡々と釘を刺す。

『シイナの言う通りだ。私もどうも、この男はいけ好かんな』

「なんだろう……。凄くどこかで文句を言われている気がする……!!  シ、シオン君はどうだい!?  私はひとえに、世界のためを思って……!」

 ラヴィスが大袈裟に両腕を広げ、助けを求めるように振り返る。しかしシオンは、視線を上げることすらしなかった。

「私を巻き込まないでいただきたい。ですがそうですね、はい。最低だと思います」

 容赦なく結論を置いていく。ラヴィスが「ひぃっ」と小さく呻いた。

「まぁまぁ、いいじゃねーか。エレナは行くって決めてんだろ?」

 壁際から、グレンが面倒くさそうに口を挟む。悪気のないその一言に、シオンがすっと顔を上げた。

「……エ・レ・ナ・様、と……!」

「だ、大丈夫ですよ。シオンさん」

 慌ててエレナが両手を振って取りなすと、シオンはようやく視線を戻し、小さく一礼した。

(なんだか……おかしな事になってきちゃったな……)

 胸の内で、エレナがそっと呟く。

 ともあれ——こうして、エレナはこの面々とパーティーを組んで動くことが正式に決まった。その後しばらく、一同は今後の流れについて、大まかな方針を確認し合った。目的地、道中の警戒、連絡の取り方。話がひととおりまとまると、ラヴィスがぱんと手を打って立ち上がる。

「さてさて、それじゃあこちらへ」

 先導するラヴィスの背中について、エレナたちは別の部屋へと案内されていった。長い廊下を歩く靴音が、石造りの壁に小さく反響する。

「なぁなぁ!  所長さんよ、今度はどこに連れて行こうってんだ?」

 退屈を持て余したグレンが、後ろから気安く声を投げる。

「ふっふっふっ。とても便利な試……道具を君たちに渡したくてね」

「所長……。今、試作品、と言うところじゃありませんでした?」

 シイナが、前を行くラヴィスの背中をじっと見据えたまま、静かに問う。

「はて?  なんのことかな?」

 ラヴィスは振り返りもせず、素知らぬ顔で首を傾げた。

「はぁ……」

 シイナの口から、重たい溜め息が落ちる。

「そこ!  ため息つかない!  幸せが逃げるからね」

「科学者が根拠のないことを言うとは……」​​​​​​​​​​​​​​​​

「根拠ならあるとも。私の体感だ」

「……」

 シイナは無言のまま、冷えた目をラヴィスへ向けていた。

『この所長さん、ずいぶん変わってるね……』

『そうだな。油断のならん相手だ。こういうへらへらした男は、腹の内で何を考えているか分からん』

『エレン、偏見は駄目だよ?』

 ラヴィスに先導され、一同はさらに奥へ進む。通されたのは、研究所の中でもひときわ広い部屋だった。壁際には見慣れない機械がいくつも並び、金属の筐体や管が複雑に組み合わさっている。淡く光る計器の明かりが、室内の白い床に点々と落ちていた。

「さぁさぁ! みんなに渡したい道具が、ふたつほどあるんだ! まずひとつ! これは革新的な道具だよ!」

 ラヴィスは機械のひとつへ歩み寄ると、中央にはめ込まれていた四角いガラス状の物体を取り外し、高々と掲げてみせた。透き通った板のようにも見えるそれは、手のひらに収まる程度の大きさしかない。

「このひみつ道具はね、科学によって判明した四次元空間――それを応用した収納箱! 名を《ハコベール》だ!!」

「……」

 部屋が静まり返る。

 最初に口を開いたのは、やはりシイナだった。

「……ひとつ。それの由来って?」

「ふふふ、箱で、運べるからハコベールさ! つまり、ダブルミーニングってことだね!」

「性能はすげーのに、名前が残念すぎるな」

「ええ、まったく」

 グレンとシオンの言葉が続き、ラヴィスは目を見開いた。

「そんな!? 素晴らしく分かりやすいネーミングセンスじゃないかい!?」

 抗議の声を上げながらも、ラヴィスは《ハコベール》を一人ずつ手渡していく。

 受け取ったそれは見た目以上に薄く、驚くほど軽かった。エレナの指先の上でもほとんど重みを感じない。

『軽いね。ハコベール……かぁ』

『まあ、説明を聞く限りでは便利そうではあるな』

 エレナは掌の上の透明な箱をそっと裏返し、角度を変えながら眺めた。内部には何も入っていないはずなのに、光の加減によって奥行きが歪んで見える。

 その様子を満足げに見回したあと、ラヴィスは両手を打って話を切り替えた。

「さて、次だね。次も世界の最先端を行く技術だよ……ふふふ……!」

「さぁ! その道具こそ、これだ! 名を『ツナガール』! 私が誇る、世界に革新を与えるものだよ!」

ラヴィスが芝居がかった仕草で布をはらりと払う。台の上の機械にはめ込まれていたのは、ひし形をした紫色の結晶——硝子のようにも宝石のようにも見える、ほのかに光を孕んだ小さな塊だった。

……ツナガール。

エレナは胸の内で、その名前をそっと噛みしめた。所長のネーミングセンスについては、もはや何も言うまい——そんな諦めにも似た理解が、ふっと胸を撫でていく。それでも、いったいどんな道具なのだろうという好奇心は隠せず、碧い瞳がわずかに輝きを帯びた。

「これの由来はなんなんだ?」

興味を惹かれたらしいグレンが、首を傾げて尋ねる。

「よく聞いてくれたね! これはね、魔力を触媒として、このツナガールとツナガールを繋げる装置。いわば、持ち運べる通信機さ! 基本的に、通信機とは大きくなければならない。でもね、これはこの世界で初めての持ち運べるタイプのもの——というわけだよ!」

ラヴィスは胸を張り、両腕を大きく広げてみせる。

『エレナ、その珍妙な名前を呼ぶ必要はないだろう。先ほどの道具は、箱と呼ぶ。今度はそうだな、そのまま通信機でいいだろう』

(で、でもほら。せっかく所長さんが考えてくれたものだから……さすがに悪いよ)

意識の奥でそっと言い返す。困ったように眉を下げるエレナの隣で、シイナが冷静な声を落とした。

「所長のネーミングセンスこそ、研究対象にするべきですね」

「とても失礼じゃないかい!? さて、こちらのツナガールについては説明が必要だね。グレン君、こちらへ」

ラヴィスは抗議を一蹴し、ひょいと指を曲げてグレンを呼ぶ。

「なにすればいいんだ?」

気だるげに歩み寄ったグレンが、結晶を覗き込む。

「君は接続者の中でも、莫大な魔力量を持つと聞いているよ。そんな君にこそ相応しい役目だ。このツナガールに、魔力を込めてくれ」

「ふーん」

グレンは軽く肩を回すと、結晶に手をかざした。指先から、燃え盛るような赤い光がゆらりと立ち上る。やがてその炎は糸のように細く絞られ、結晶の中へと吸い込まれていった。

——ぱっ、と。

ツナガールの中心から、一筋の光が真っ直ぐに天井へ伸びる。光は揺らぎながら像を結び、やがてその場に、一人の少女の姿が浮かび上がった。

「あーテステス。どーもー! 私の声が聞こえますかぁー?」

青みがかった髪を揺らした少女——ミストが、明るい声で呼びかけてくる。

「うむ! 聞こえているよ、ミスト君」

「おぉ! 第一の門は突破ですね! では、可愛い私のお顔は見えますかぁ?」

「ううむ……!! 自分で言うところに何も思わないところが無いわけではないが、見えているとも!」

「ではこれでツナガールも無事に完成ですね!」

像の向こうで、ミストがぱちんと両手を打ち合わせる。その拍子に、グレンの肩がぴくりと跳ねた。

「お、おいおい!! これどうなってんだ!? どんどん魔力が吸われていくぞ!?」

グレンの指先から流れ込む炎の量が、目に見えて増していく。額にうっすらと汗が滲み、頬の輪郭が強張った。

「だからこそ、接続者の中でも膨大な魔力量を持つ君が最適なんじゃないか」

ラヴィスは平然と頷いてみせる。

「こんなの五分も持たねぇよ! 切るぞ!」

言うが早いか、グレンは結晶を引きはがすようにしてラヴィスの掌へ押し戻した。光の像がふっとかき消え、室内に一瞬の静寂が落ちる。

「おやおや。とりあえず、これらの作品は今日完成したばかりでね。安全性は確認できていないのだが……まぁ、問題ないだろう!!」

「「「問題しかねぇよ!?」」」

三人分の声が、見事に重なった。

「これは手厳しい……!」

ラヴィスが大袈裟に額を押さえてよろけてみせる。その姿に、誰からともなく苦笑が漏れる。

——こうして、不安を山ほど抱えながらも、エレナたちの旅立ちが決まった。

まだ見ぬ国。歩いたことのない街。その響きには、確かに胸を高鳴らせるものがある。けれどその足取りには、しっかりと背負うべき使命がある。

その重みを胸の真ん中に置いたまま、エレナは静かに、一歩を踏み出すのだ。​​​​​​​​​​​​​​​​

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