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#27:神の欠片が待つ先に

Auteur: 渡瀬藍兵
last update Date de publication: 2025-06-07 19:01:40

 賓客室の視線が、一斉に扉へ集まる。

 開いた先に立っていたのは、想像していた“所長”という肩書きとは、どこか結びつきにくい男だった。

 皺の寄った白衣の下には黒い衣服。淡いベージュのズボンはきちんと整えられているのに、肝心の本人がひどくくたびれて見える。頬はやつれ、顔色は今にも倒れそうなほど青白い。立っているだけで精一杯なのではないかと思うほど、全身から疲労が滲み出ていた。

「所長……。随分疲れてそうですね」

 シイナが半ば呆れたように言うと、男――ラヴィスは乾いた笑みを浮かべた。

「は……はは……。ここ最近忙しくてね……。変異体のグールに、熱源反応……。私の平和な日常は壊れてしまったよ……」

 その声音には冗談めかした響きがあったが、冗談にしては目の下の隈が深すぎる。エレナは思わず、その顔をまじまじと見てしまった。

 ラヴィスはそこで小さく咳払いをし、どうにか姿勢を正す。

「と、いけないいけない。エレナ様、お越しいただき、ありがとうございます」

「いえ、あの……。差し出がましいかもしれませんが、大丈夫ですか? お顔の色が優れてないように見えてしまって……」

 自然と口をついて出た気遣いだった。肩書きより先に、目の前の相手の消耗ぶりが気になってしまったのである。

 するとラヴィスは、少しだけ目を丸くしたあと、へなりと力の抜けた笑みを見せた。

「ははっ、ええ。エレナ様にそのように心配していただけただけで、元気が漲ってきますよ」

『こいつがこのマギア王立研究所の所長か。予想してたより随分弱そうだ』

 内側から飛んできた率直すぎる感想に、エレナはすぐさま返す。

『みんな、あなたみたいに戦えるわけじゃ……』

『違う。細々としていて、所長という立場に釣り合ってないと言っている』

『それはそれでダメでしょ……』

 エレンの評価はいつものように容赦がない。だが、たしかに拍子抜けするほど頼りなさそうに見えるのも事実だった。研究所の総本山を束ねる人物と聞けば、もっと威厳のある人間を想像してしまう。それだけに、この男の青白い顔色は妙に印象に残った。

 もっとも、その疲弊の奥に何があるのかまでは、まだ見えない。

 エレナは気持ちを切り替えるように、そっと問いを向けた。

「ところで、私が呼ばれた理由について伺っても?」

 その一言で、部屋の空気がわずかに締まる。

 ラヴィスも先ほどまでのくたびれた調子を少しだけ引っ込め、賓客室に集められた面々を見回してから頷いた。

「もちろん。他の皆には実は説明済みでして、昨日急遽エレナ様のお力を借りたいということになったのです」

「私の力……ですか?」

「ええ、つい先日の事です。禁足地にて膨大な熱源反応、及び魔力反応が検知されまして」

 ラヴィスの説明が続く中、エレナは黙ってその先を聞いていた。禁足地――かつての神、|万象神《パンテオス》が滅びたとされる場所。その名だけで、胸の奥に冷たいものが落ちる。神が砕けた地で、いったい何が起きているのか。想像しようとしただけで、不安がじわりと広がった。

「その反応は、大国一つを容易く飲み込んでしまうほどでして、我々は非常に危険視しています」

「そんな……! その近隣に住んでいる人々は大丈夫なのですか……!?」

 反射的に問い返すと、ラヴィスは頷きながら答えた。

「今のところ被害が出たという情報はありません。幸い、禁足地と日龍国には距離があります。なのでそちらは大丈夫でしょう……」

 そこまで言ってから、彼は疲れた顔に苦笑を浮かべる。

「ただ、まぁ……今その国は別の有事で大変なことになっているんですがね……はは……」

「は、はぁ……。何事もないのなら良いのですが……」

 どこまで深刻に受け取るべきなのか判断に迷う言い方だったが、少なくとも今すぐ民に被害が及んでいるわけではないらしい。そのことにひとまず胸を撫で下ろしかけたところで、ラヴィスの声が改めて場を引き締めた。

「エレナ様、単刀直入に申し上げさせていただきます」

 賓客室の空気が変わる。グレンも、シオンも、シイナも、先ほどまでのわずかな騒がしさを収めてラヴィスへ視線を向けていた。

「今この場にいる彼らと、日龍国……敷いては禁足地へ足を運んで頂きたいのです」

「……!」

 エレナの碧眼が大きく揺れる。

「実は、今回の接続者選抜戦では、あなたを守れると我々が判断した人材を探すという目的もございました。そして、かのエレンとまともにやり合うことが出来る彼らを、あなたの護衛役につけさせていただきます」

『なるほど、そういうことか。決闘中、やけに気になったのだ。人の視線……それも、興味だけじゃなく、まるで見定めるような視線が常に私や彼らに向けられていた』

 エレンの声音は低く、納得を含んでいた。あの戦いは、ただ勝敗を決める舞台ではなかったのだ。エレナを護るに足る者を選び抜く。その意図が最初から裏にあった。

 けれど、エレナの胸の内に浮かんだものは、別のところにあった。

『……』

『迷っているのか?』

『ううん。私が行かないといけないなら、そこに迷う必要はないよ。でも、なんか……怖いの』

『怖い?』

『ほら、私って生まれて一度もこの国を出たことがないでしょ? だから……怖くて』

 口にしてみると、自分でも少し情けなく思えた。禁足地の危険ももちろんある。けれどそれだけではない。知らない国へ向かうことも、見たことのない景色の中へ踏み出すことも、エレナにとっては初めてだった。

 するとエレンは、ごく自然な調子で言った。

『確かに。だが、案ずるな。君には私がいる。君に手を出そうなどという不埒ものには、私が剣を持って捌いてやる』

『エレンがそう言うと冗談に聞こえないんだけど……』

『冗談ではないが?』

『………』

 あまりにも真顔で返されてしまい、エレナは内心で言葉を失う。けれど、不思議とそのやり取りだけで少し肩の力が抜けた。

「エレナ様、如何でしょうか?」

 ラヴィスの問いかけに、エレナはゆっくりと視線を上げた。

 怖さはある。けれど、それだけで立ち止まるわけにはいかない。

「私は……何をすれば?」

 そう問うた声は、思っていたよりも静かだった。

 ラヴィスはその返答を待っていたかのように頷く。

「エレナ様には、万が一の為に備えていただきたいのです。万象神の復活……。それはありえない話です。ですが、かの神の残滓となると何が起こるかわかりません」

 神そのものではなくとも、その欠片、その残り香、その力の名残。そうしたものが禁足地に渦巻いているのだとすれば、たしかに常識の外にある事態が起きてもおかしくはない。

「そこで、二百年に一度の属性適正を持ったあなたなら、事態の収拾が可能でしょう」

 その言葉を受けた瞬間、エレナは息を呑んだ。

 自分が行く意味。

 自分でなければならない理由。

 それが、ようやくはっきりと姿を結んだ。

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  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第115話:立ちはだかる二人

    ────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第114話:行動開始

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  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第112話:リディアの交渉

    **────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第111話:届いた悲報

    (この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第110話:二人の目覚め

    **────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ

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