シオンさんの鍛え上げられた拳が、鉄槌のようにスケルトンの群れを薙ぎ払い、骨が砕ける乾いた音が連続して響き渡る。一体のスケルトンがその隙を突いて背後から襲いかかるが、それよりも早く、風を切り裂き回転しながら飛来した一対のトンファーが、その頭蓋を正確に砕いた。
そして、街の門に近い正面では、グレンさんとミストさんが、決壊した濁流のように押し寄せる魔物の大軍と対峙していた。腐臭を漂わせるグール、骨を鳴らすスケルトン、粘液を撒き散らすスライム、重い足音を響かせるゴーレムまで混じっている。 「ミスト! いきなりの初共闘だが……こいつらまとめて薙ぎ払うぞ!」 グレンさんが炎を宿した剣を強く握りしめ、隣のミストさんに向かって叫ぶ。 「もちろんですとも!!! こういう派手なのは大好物ですからね!」 ミストさんは不敵な笑みをニヤリと浮かべ、ふわりと両手を広げた。彼の周囲の空間から、無数の宝石みたいにきらめく水滴が生まれ、意思を持っているかのようにうねりながら集まり始める。 「行くぜ、ミスト! タイミング合わせろよ!」 グレンさんが地面を強く蹴り、燃え盛る剣を天高く振りかぶる。次の瞬間、彼の剣先から灼熱の赤い炎が、龍のように一直線に魔物の群れへと走った。 ミストさんはその炎の軌道を冷静に見据え、静かに息を深く吸い込み、そして吐き出す。 「炎と水……真逆の属性がぶつかる時、そこに何が生まれるのか。さて、壮大な実験の始まりですよぉぉ!!」 彼女がパチンと指を鳴らすと、宙に浮かんでいた無数の水滴が一斉に集束し、巨大な津波となって、炎の龍を追うように魔物の群れへと牙を剥いた。 「俺の全力の炎、その目に焼き付けやがれぇぇ!!!」 扇状に広がった紅蓮の炎と、ミストさんの操る巨大な水の波が、魔物の群れの中心で激しく衝突した。 そして―― 目を眩ませるほどの閃光と、鼓膜を突き破るかのような轟音が戦場を支配した。 炎と水が互いを喰らい合い、莫大なエネルギーへと変換され、超高温の水蒸気爆発が魔物の大群を根こそぎ巻き込む。衝撃波が嵐のように地を走り、周囲の建物を揺るがし、魔物たちはなすすべもなく木の葉のように吹き飛ばされていく。熱風と蒸気が敵の群れを瞬時に焼き払い、断末魔の悲鳴が次々と夜空に木霊した。 爆心地には濃い土煙と白い霧がもうもうと立ちこめ、一瞬にして視界が完全に奪われる。 「あっはははは!! 見たか、これが俺とミストの合体技だぜ!」 「ふふふふ…!!予想以上の威力ですねぇ! これは素晴らしいデータが取れましたとも!」 土煙の中から、高らかに笑う二人の声が響いてくる――。 「き、規模がすごいし、二人とも何だか楽しそうだし……どこからツッコめばいいのかもうわからない……」 私は、そのあまりの破壊力と、二人の底抜けの明るさに、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。 (……なにをやってるんだ、こいつらは…。いや、結果的に敵を一掃したのは見事だが…) エレンも、その規格外の連携に、呆れ返っているような、それでいてどこか感心しているような複雑な気配を漂わせている…。 「お前ら……遊んでないで、周囲の警戒を怠るなよ…」 シイナさんが土煙の晴れ間から姿を現し、やれやれといった表情でぽつりと呟いた。 (……私だって、ただ見ているだけじゃないっ!!) 私は再び両手に聖なる光を集め、まだ立ちこめる蒸気に紛れてこちらへ迫ろうとしていた魔物の残党に、光の弓を引き絞り矢を放つ。一点の曇りもない光の矢が正確に魔物の眉間を捉え、魔物は断末魔を上げる間もなく、陽光に晒された闇のように溶けて崩れ落ちた。 その横では、シイナさんが街の奥へ一体たりとも近づかせまいと冷静に立ち回り、迫りくる魔物の頭部だけを、黄金色に輝くガントレットの一撃で的確に粉砕していた。 *** ──その後、どれほどの時間が経っただろうか。 私たちの奮闘の甲斐あって、街に溢れていた魔物の群れは、ようやくその勢いを失い、掃討戦も終結へと向かいつつあった。 夜の街の人々と、その中から進み出た代表と思しき方が、静かに私たちのもとへ現れる。その姿は陽炎のように揺らぎ――けれど、その佇まいからは、確かに優しい温もりと、深い感謝の念が伝わってきた。 『街を救っていただき……本当に、本当にありがとうございました…。この御恩は、決して忘れません…』 彼は、そして彼の後ろに続く街の人々も、静かに、そして深く私たちに頭を下げる。その真摯な姿に、私たちはかけるべき言葉を失った。 「……いえ。当然のことをしたまでです。でも……私たちの力が及ばず、何名かの方が、あの最初の魔物に……」 シイナさんが、伏せていた目を上げることなく、悔しさを滲ませた声で絞り出すように言った。 あの謎の魔物――霊となった彼らでさえ、その魂ごと呑み込み、消滅させてしまう邪悪な存在。その光景を思い出すだけで、私の胸も、ぎゅうっと強く締めつけられるような痛みが走る。 『……ええ、辛いことです。ですが、あなた方が文字通り命を懸けて戦ってくれたから……この街全体が、そして多くの同胞が救われたのです』 そう語る代表の方の表情は、深い哀しみを湛えながらも、どこか吹っ切れたような――そして、限りなく穏やかな光を宿していた。 『だからこそ、私たちは心からの感謝を……ありがとうございました…。』 その言葉に、私は思わず、一歩前へ駆け寄っていた。 「……どうか、頭を上げてください」 私の声は、少し震えていたかもしれない。 (私は――聖女見習いとして、こんな時こそ、ちゃんと応えなきゃ。悲しみに寄り添い、そして希望を繋ぐのが、私の役目のはずだから) そう心の中で強く決意して、私は代表の方の、少しだけ冷たいけれど、確かにそこにある彼の手をそっと両手で握る。 「犠牲になった方々の魂には、私が……この身に宿る全ての力をもって、せめてその魂が安らかに光の中へ導かれるように、しっかりと祈りを捧げます。だから……どうか、安心してください」 私の言葉に、代表の方はゆっくりと顔を上げ、その瞳に微かな光を灯した。 祈りは、きっと届く。 たとえそれが、この夜の街に静かに生きる者たちの――声にならない、けれど切実な願いであっても。 そして、その祈りを力に変えて、私はもっと強くならなきゃいけない。この手で、もっと多くのものを守れるように。大神殿へと続く、長く、美しい石畳の道。その荘厳な雰囲気とは裏腹に、私たちの周りには今、冷たい緊張感が張り詰めていた。 「待て!!! 止まれ!!」 どこからともなく現れた屈強な騎士の一団が、私たちを取り囲み、その鋭い切っ先をこちらへ向けている。 「……これはどういうことだ?」 シイナさんが、冷静さを保ちながらも、警戒を露わにして問いかけた。 「すまないが、君たちの入国は許可できなくてね。この国へ通した手前、悪いが、君を幽閉させてもらう」 騎士団のリーダーらしき人が、無感情な声でそう言うと、その指はまっすぐに私を指し示した。 ど、どういうこと……? 私の頭は、真っ白になった。 「ま、待ってください!!! 私は何も悪いことなんてしていませんよ…!?」 「これから起きるのです。ですので、一度、あなたを捕らえます」 これから……? この人は、一体何を言っているのだろう。未来のことなんて、誰にも分からないはずなのに……。 「『これから……起きる』……?」 シイナさんが、怪訝な顔でその言葉を繰り返す。 「ちょっと待ってくれ、それはどういうことだ?納得のいく説明をしてもらいたい」 「そうだぜ!! なにもやってねぇのに、『これから起きるから』なんて訳の分からねぇ理由でエレナを捕まえるなんて、理不尽にもほどがあるだろうが!?」 グレンさんの怒声が、静かな街に響き渡った。 「これは『暗明の聖女』様からの、絶対なるご指示だ。『金髪の女性……いや、聖女見習いがこの国に来たら、捕らえろ』とね」 「あの方様には、未来が見える。『未来予知』の力をお持ちなのだ。そして、『金髪の聖女が、この国に厄災をもたらす』と、そう予知なされた。」 私が、聖女見習いであることが知られてる……? それに、私を……捕らえる? 暗明の聖女という人の、命令で? 一体、何がどうなっているのか、全く理解が追いつかなかった。 (暗明の聖女の指示……? それに未来が見えるだと?) エレンの、鋭い声が心に響く。 「ちょっと待ってください」 ミストさんが、すっと一歩前に出た。いつもの彼女からは想像もできないほど、真剣で、知的な光を宿した瞳だった。 「何故、エレナさんが捕らえられなければならないのか、せめてその理由を、論理的に説明していただけませんか」 「『暗明の聖女』様には、未来
へレフィア王国へ向かう船旅は、驚くほど穏やかだった。海は陽光を受けて宝石のようにきらめき、波は柔らかく船体を持ち上げては下ろす。その規則正しい揺れが、心臓の鼓動と重なって、妙な安心感を与えてくれる。潮風は冷たく、けれど鼻を抜けるとどこか甘さを含んでいて、これから訪れる新しい土地の匂いを運んでくるかのようだった。しばらく進むと、視界の先に大きな船影が現れる。白銀の装飾をまとい、陽を浴びて輝くその姿は、海の上を行く巨大な聖堂のよう。あれが、へレフィア王国の騎士団の船――。私たちの船が近づくと、操舵手さんが甲板に立ち、胸を張って声を張り上げた。「騎士団の皆さん! お疲れ様です!」その呼びかけに、鎧を着込んだ騎士が姿を現す。鉄靴が甲板を打つ音さえ、威厳を帯びていた。「お疲れ様でございます。……そちらの方々は、見ぬ顔のようですが?」「彼らはナヴィス・ノストラのギルド受付嬢の推薦を受け、へレフィア王国へ向かっているところです!」操舵手さんが誇らしげに言うと、騎士団の人たちは一瞬だけ視線を交わし、そして私たちに柔らかな笑みを向けてくれた。「なるほど。あの方の推薦であれば、何も問題はございません。――へレフィア王国への上陸を許可します」(やっぱり……エレン、あの受付嬢さん、すごい人なんじゃない?)(ああ。ギブソンにも物怖じせぬ胆力、そして王国騎士団すら動かす信頼。ふむ……市井に埋もれさせておくには惜しい人材だ)エレンの声が、少しだけ感心を含んで響く。私は胸の奥で頷き、改めて、あの受付嬢さんに助けられたことを深く感謝した。「では、失礼します!」「皆様も、王国で実りある日々を」騎士の言葉に見送られ、船は再び速度を上げる。風が強まり、白い飛沫が甲板に散った。***やがて船着き場が近づき、仲間たちは次々と下船していった。私は最後に、木の板を踏みしめて石畳の港へ降り立つ。潮の匂いに混じって、どこか清冽な空気が流れ込んでくる。深呼吸すると、胸の奥に冷たさと同時に清らかな熱が広がるようだった。顔を上げた瞬間、言葉が喉に詰まった。――空が、狭い。正確には、空を覆い隠すかのようにそびえる建物のせいだ。天を貫くほどの巨大な大聖堂。その壁はクリーム色に近い温かな白で築かれ、どこまでも高く伸びている。首が痛くなるほど見上げても、その頂は霞に隠れて見えない
**────エレナの視点────** いくつもの船が停泊する港町。その一角にあるギルドの内部で、私たちは今回の依頼の完了報告と、捕らえた海賊たちの引き渡しを行っていた。 「この度は……本当に、本当にすみませんでした……!」 カウンターの向こうで、依頼をくれたあの受付嬢さんが、深く深く頭を下げていた。その声は、申し訳なさで震えている。 「い、いえ!大丈夫ですっ!どうか、頭を上げてください……!」 私は慌ててそう言った。彼女が悪いわけじゃないのに、そんなに謝られるとこっちまで恐縮しちゃう。 「いえ……今回の不備は、完全に我々ギルドの不手際によるものです。まさか、あの『紅の海蛇』の内通者が、ギルド所属の操舵手に紛れていたなんて……」 「確かに、それはそちらの不手際だ」 今まで黙っていたシイナさんが、厳しい声でそう言った。ピリッ、と空気が少しだけ緊張する。でも、彼の言葉はすぐに和らいだ。 「だが、結果として依頼は達成できた。今後はこのようなことが無いよう、人員管理を徹底してくれればそれでいい」 「……お言葉もありません。そのお詫びと言ってはなんですが、皆様をへレフィア王国へ渡れるよう、こちらで手配いたします」 受付嬢さんの口から、思いもよらない言葉が飛び出した。 「な、なに!?それは本当だろうか!?」 シイナさんが、思わずといった様子で声を上げる。 「ええ。私、へレフィア王国の出身ですから。そのくらいの融通は利かせられます」 「きっと、明日にはへレフィア王国へと渡れるでしょう」 彼女はそう言って、少しだけはにかんだ。 へレフィア王国へ……。 その言葉が、私の胸に温かく染み渡っていく。 もうすぐ……もうすぐ、お母様に会えるんだね……。 ずっと張り詰めていた気持ちが、ふっと軽くなるのを感じた。 今まで、一度もへレフィア王国へいったこ (エレナ……二人で、君の母君に挨拶を済ませよう) エレンの、優しくて力強い声が響く。 (うん……) 私は、心の中で強く頷いた。 「そういえばなのですが」と、受付嬢さんが思い出したように付け加えた。 「あなた方が連れてこられた、ギブソンという海賊ですが……彼は船の器物破損、及びギルド所属船への無断乗船の罪で、現在、地下牢に幽閉中です」 (そ、そうなんだ……) あの人のことを考えると、正直、少
エレンがマリーたちを捕らえてくれた後、私たちは船内の物陰でそっと入れ替わった。荒れた甲板の中心で、マストに縛られている大海賊マリーさんと向き合う。さっきまでの喧騒が嘘のように、船の上は静かだった。 ふと、一つの疑問が浮かぶ。 「そういえば……他の海賊船はどうしたんですか?」 私の問いに、グレンさんがニカッと笑って答えてくれた。 「おう!俺が派手に一隻沈めてやった後、ギブソンの奴が潜って、もう一隻の船底に風穴開けてやったのさ!」 (そんな事になってたんだ……) エレンとマリーさんが戦っている間に、そんな激しい戦闘が繰り広げられていたなんて。グレンさんは、さらに得意げに言葉を続ける。 「残りの一隻は、シオンの奴が一人で静かに潰してたぜ」 「ああ。だが、最後の船は勝ち目がないと見て逃走した。……詰めが甘かったな」 冷静に補足してくれたのはシイナさんだった。それを受けて、ギブソンさんが吐き捨てるように言う。 「海賊なんてそんなもんさ。裏切りは日常茶飯事よ。どうせまたどこぞのバカと手を組むだけだ」 逃げた船もいるんだ……。でも、それよりも気になることがあった。 「あの、沈没した船に乗っていた海賊の方たちは……?」 (悪い事をした人達だけど……命が失われることは、やっぱり嫌だから……) 私の心からの祈りにも似た呟きに、エレンが優しく応えてくれる。 (そうだな。君のそういうところは、美徳だと思う) その時、ミストさんが「ご安心を!」とでも言うように、ぱっと明るい声を上げた。 「エレナさんが心配すると思って、全員きっちり捕獲済みですよ!」 (良かった……) ミストさんの言葉に、私は心の底からほっとした。 その声で意識が戻ったのか、マリーさんが呻きながら顔を上げた。 「くそ……この私が、こんな奴らに捕まるとはね……」 その悔しそうな声を聞き、それまで黙っていたギブソンさんがズカズカと彼女の方へ歩いていく。 「よォ、マリー。随分と派手にやってくれたじゃねえか」 「……ギブソンか。今更何の用だい」 「決まってんだろ。俺から奪っていったモンを、きっちり返してもらうだけだ」 ギブソンさんはそう言うと、どこからか取り出した巨大な斧をその手に構えた。危ない! 「待ってくれ!俺たちの依頼は海賊の掃討だ!捕まえたのなら命まで奪う契約ではない!
私は再び剣を構え、マリーへと踏み込んだ。「はっ!!!」踏み込みと同時に、刃を振り下ろす。「甘いな!!」マリーは後退しながら、あの奇妙な銃を私に向けて連射する。赤い宝石が、唸りを上げて空を切り裂いた。一発目を身を翻して避ける。二発目は背後の船のマストを盾にする。直後――凄まじい衝撃と共に、盾にしたはずの柱が内側から弾け飛んだ。木片が、雨のように降り注ぐ。「……!」私は目を細める。「柱を貫くか……!とてつもない威力だ」正直に認めざるを得ない。「当たったら耐えられんな」だが、脅威はその程度だ。「放つ武器と理解したら」私は、マストの残骸を蹴りつける。「そこまでだ」煙幕のように舞い上がる木屑の中から、私は飛び出した。予測通り、マリーは再び銃口をこちらへ向ける。引き金に指がかかる。しかし――もう遅い。迫り来る宝石の弾丸。私は腰に差していた短剣を抜き、その側面を叩き斬るように弾いた。甲高い音を立てて、弾丸は明後日の方向へと飛んでいく。海の彼方へと消えた。「はっ!??」マリーの目が、大きく見開かれる。「斬っただと!?」彼女の顔に、初めて純粋な驚愕が浮かんだ。その一瞬の硬直が――命取りだ。「隙を見せたな!!」一気に距離を詰める。風が、頬を撫でた。「そんなモノに頼っているからだ!!」がら空きになった胴体へ、容赦なく膝蹴りを叩き込む。「ぐぅぅ……!!」マリーは苦悶の声を漏らし、くの字に折れ曲がって吹き飛んだ。船の甲板を転がり、マストにぶつかる。だが――それでも体勢を崩しながら、執念で銃を向けてくる。二発、三発。赤い閃光が、立て続けに放たれた。「ふっ!!」一発目を剣の腹で受け流す。「はっ!!」二発目も同様に。巧みに軌道を変えてやった。狙いは――彼女が守るべき背後の部下たちだ。「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」仲間が放った弾丸に太ももを貫かれ、海賊が倒れる。「がぁっ……!!」もう一人も、肩を押さえて崩れ落ちた。その無様な光景を眺め、私は周囲の敵を見回す。「さぁ」剣を軽く振る。「お前たちも掛かってくるといい」挑発の言葉。案の定、効果は覿面だった。「くそ!!バカにしやがって!!」逆上した海賊たちが、やみくもに斬りかかってくる。素人じみた剣戟。力任せの振り下ろし。私はその全てを最小
ギブソンの怒号が、炎と煙の渦巻く甲板に響く。 「船の炎を消せぇぇぇぇ!!!」 だが、その声は空しく、火勢は衰える気配もない。状況は最悪だ。その絶望に追い打ちをかけるように、巨大な船影が波を割って迫る。その船首には、おぞましい蛇の紋様が彫られていた。 「ひゃひゃひゃひゃ!!! 俺たちに喧嘩を売るとは、馬鹿か!? しかも、そのザマじゃあ、海の上での戦いは素人のようだなァ!!」 敵船から飛んでくる下卑た嘲笑。その声の主を視界に捉えた瞬間、全ての状況が一本の線で繋がった。 「そういうことか……!あの操舵手め!!」 敵の甲板で不快な笑みを浮かべているのは、つい先ほどまで我々の船の舵を握っていた男だった。どうりで動きが鈍いと思った。初めから、我々をここに誘い込むための芝居だったというわけだ。 (つまり……さっきの人が情報を流してたから、孤島から姿を消してた…ってこと!?) エレナの驚きに満ちた声が、思考に割り込んでくる。私は内心の舌打ちを隠しながら、静かに肯定した。 (ああ……。そのようだ) 裏切り者は、隣に立つ屈強な女海賊へ向き直り、大声を張り上げた。 「姐さん!!! 大砲の準備、完了したぜ!!」 「よし……。――放て!!!!」 女――あの船団の頭だろう――は、短い命令を下す。無駄のない、冷徹な声だった。 「おい!!マリー!!いくらなんでもこれはひでぇだろうが!!!」 ギブソンが女の名を叫ぶ。知り合いか。だが、マリーと呼ばれた大海賊は、一切動じることなく言い放った。 「黙れカスめ……!お前たちにはここで死んでもらう」 あの瞳、あの声。交渉の余地はない。純粋な殺意だ。 「ちぃ!!」 覚悟を決めるしかない。この状況、予期すべきだった。 「やはり私が付いてきて正解だったようだな……!」 こうなる可能性を考えれば、戦力は一人でも多い方がいいに決まっている。私は即座に傍らのシオンへ指示を出す。 「シオン、頼みがある」 「わかりました……!して、何をすれば…!」 話が早いのは、何より助かる。 「私に、風属性を纏わせてくれ!私があの大海賊の元へ直接殴り込みに行く!」 「しかし、それは非常に危険では…いえ、あなたの強さは我々がいちばん知ってますね…!了解しました」 一瞬の躊躇の後、シオンは力強く頷いた。それでいい。頭を潰すのが、この状