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第3話:得意個体のグール

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-05-19 20:09:56

**────エレンの視点────**

(エレン……大丈夫? 数が多いけど……)

 エレナの、隠しきれない不安が意識の深層でさざ波を立てる。私は夜の静寂に溶けるほど小さな声で、しかし揺るがぬ自信を乗せて短く返した。

(エレナ、問題は数ではない。司令塔を潰せば、残りはただの烏合の衆だ)

 フードの端をかすかに引き、深紅の瞳が捉える獲物──奥にいる「司令塔」へと焦点を絞る。その手前にいる四体は、単なる障害物にすぎない。

 予備動作なく、跳んだ。

 石畳を強く蹴り、身体は放たれた矢のように敵陣の中央へ滑り込む。

 最短距離で一体目の胴を袈裟懸けに裂き、その勢いのまま手首を返して二体目の首を刎ね、身体の捻りを加えて三体目を心臓ごと貫く。一息も置かない。三つの命を摘むための、ただ効率的な連続動作。

 ズシュッ、グシャリ、ドチャッ!

 生々しい断末魔が重なり、鮮血が闇夜に三日月の軌跡を描いた。

 数瞬前までの喧騒が嘘のように、動きはぴたりと止まる。

 残る二体のグールは、仲間が一瞬で肉塊に変わるのを見て戦意を失った。じりじりと後退するその瞳には、もはや原始的な恐怖だけが宿っている。

「悪いな。これ以上の被害は出せない」

 逃げ出した一体に向け、右手の長剣を躊躇なく投擲する。回転しながら飛んだ剣は肉を貫き、胸から血に濡れた銀色の切っ先を覗かせた。

「グエェッ!」

 断末魔と共に崩れる敵へ疾駆し、背に突き刺さった剣の柄を掴んで力任せに引き抜く。最後の一体が恐怖で硬直した瞬間、その重心が浮いたところへ反転し、渾身の蹴りを叩き込んだ。

 ──鈍く重たい衝突音。顔面一点に集中させた一撃で、グールは宙を舞い、硬い石壁に叩きつけられて崩れ落ちた。

 足元には虫の息の二体。ためらいなく、その首を正確に斬り落とす。再び、完全な沈黙が訪れた。

 鼻を刺す血の匂い。剣先から滴る血を一瞥し、剣を大きく払うと、刃にこびりついた肉片が血と共に飛び散った。

(よし、エレナの身体は汚れていない。返り血も最小限だ)

 そのときだった。

「うわぁ……! す、すごいです!」

 背後から慌ただしい足音。先ほど助けた少女が駆け寄ってくる。恐怖で震えていた姿は消え、瞳を爛々と輝かせていた。

「あ、あなた……もしかして、エレン様ですよね!? あの有名な、“夜だけ現れる教会騎士”の……!」

(む。これは嫌な予感がする)

「少し落ち着け。今は状況が──」

(エレン、有名になってきたね)

 心の奥で、エレナが楽しげに、少しからかうように笑う。彼女はこういう場面を面白がる癖がある。

 少女は私の内心を知らず、目をきらきらさせて距離を詰める。その勢いは、先ほどのグール以上だ。

「夜の闇に現れる謎の剣士! S級冒険者にして、教会にも籍を置く聖なる騎士! 教会騎士エレン様!」

 あまりの剣幕に、私は思わず後退しかける。

(エレナ……変わってもいいだろうか?)

(ダメだよ、エレン! 入れ替わってるなんて、それこそ大問題になっちゃうでしょ!)

(この手の対応は専門外だ……。魔物の方が、よほど扱いやすい……)

「とにかく落ち着け、まずは深呼吸を──」

「あ、申し訳ありません! つい興奮してしまって! 私、魔法研究所の研究員で、ミストと申します!」

 勢いよく頭を下げる彼女。癖のある青い髪がさらりと揺れた。

(……魔法研究所か。魔法。私には縁のない力だ)

「エレン様は魔法を一切使わず、その剣技だけで戦うと! 本当に興味深いです! その動き、常人には不可能です!」

 子供のように純粋な瞳で、頭の先から爪先まで遠慮なく観察してくる。居心地が悪い。

 ──その時だった。

『グォォォォォォォォォォッ!!』

 下水道の奥深くから、先ほどとは比べものにならない咆哮が轟いた。空気が振動し、鼓膜が圧迫される。音が質量を持って押し寄せるようだ。

 間違いない。本命が来た。

(……ようやくか。これで彼女からも離れられる)

 ミストの顔色が、興奮の赤から恐怖の青へと変わる。

「ひっ……! な、なんなんですか、今の……!?」

「目標の異常個体だ。ここから先は危険だ。お前はすぐに地上へ戻り、騎士団に報告してくれ」

「は、はいっ! わ、わかりました! エレン様、どうかご無事で!」

 彼女は一目散に走り去る。その背中を見送ることなく、私は前方の闇へ意識を集中した。

 ***

 ぬちゃり、と粘着質な音を立て、目の前に異様な姿がゆっくりと現れた。

 通常のグールより二回りは大きい。白く膨れ上がった醜い肉塊。皮膚はぶよぶよと垂れ、ところどころ裂けて筋肉がむき出しになっている。破裂寸前の肉袋のようだ。

 何より生理的嫌悪感を催すのは、白目が剥き出しになった両眼。焦点の合わない瞳が、意思なく蠢いている。

(あれが今回の異常個体……。すごく気持ち悪いよ、エレン、大丈夫?)

 エレナの声が心配と嫌悪で震える。

(ふっ……相変わらず心配性だな、エレナ)

(当然でしょ!? あれ、普通のグールとは全然違うよ!?)

 彼女の声が、不思議と私の感覚を研ぎ澄ませる。小さく、だが確かに笑いを含んで、私は剣を中段に構えた。やることは変わらない。

 グールが私に気づき、咆哮する。

 その巨体からは信じられない俊敏さで駆けてくる。床が振動し、壁から塵が落ちる。

(……間違いない。あの一撃は、この身体では耐えきれん)

 私は突進に合わせて踏み込み、衝突寸前で低い姿勢に滑り込む。奴の太い脚の下を紙一重で潜り抜け、すれ違いざまにその脚を狙って鋭く斬りつけた。

 だが、剣先に伝わる手応えが異常に重い。硬質なゴムを切り裂くような、粘る抵抗。切ったはずの肉からは出血もなく、傷も浅い。

(なるほど。脂肪の層が異常に厚く、刃が通らんか)

 脚への痛みを察したのか、グールが怒りの咆哮を上げる。

『グゥゥォォォォォォォ……!!!』

 音圧で石壁が震える。私は即座に距離を取り、腰のもう一振りの短剣――投擲と接近戦に用いる特殊な得物へと、左手を伸ばした。

 これは確かに骨が折れそうな相手だ。

 だが、手強い相手ほど狩り甲斐がある──。私の口元に、無意識の好戦的な笑みが浮かんだ。

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