Masukドシュ、という乾いた音が、地下水路の暗がりに吸い込まれた。
宙を舞う首。 緑色の皮膚をした頭部が、汚れた水面に落ちて波紋を広げる。 ──商業区の地下。人目に触れることのない、忘れられた水路。 染み出した汚泥が石壁を黒く染め、腐敗と湿気が混ざり合った悪臭が通路全体に澱んでいる。遠くから聞こえるポタ、ポタという水滴の音だけが、この場所に時間の流れが存在することを辛うじて証明していた。 その中でエレンは、返り血ひとつ浴びていない。 剣先をゆるく下げ、転がった首を一瞥することすらせず、ただ静かに前を見据えていた。 『エレンの言う通り、まさか地下水路にいたなんて……』 エレナの声が、意識の奥から小さく届く。 彼女は思い出していた。昼間、受付嬢から手渡された依頼書を。白いグールの目撃情報、商業区、要注意。そう記されていたはずだった。 しかし今、エレンの前に広がるのは白ではない。 薄暗い水路の奥から、緑色の皮膚をした影が五つ、じりじりと間合いを詰めてくる。牙を剥き出しにし、喉の奥から絞り出すような、ギィ……ギィ……という低い威嚇音。一匹が首を持ち上げてケェッと甲高く鳴けば、残りも呼応するように身を低くし、爪を石畳に立てた。 群れとしての本能が、腐った肉体をひとつの影のように動かしている。 「隠れていた、というわけではなさそうだ」 エレンは静かに言った。感情の起伏など微塵もない、事実を読み上げるだけの声だ。 「本能に引きずられ、ここまで流れ着いた。そう見るべきだろうな」 最初に動いたのは、グールの方だった。 二匹が示し合わせたように身を沈め、次の瞬間には水路を蹴って突進してくる。バシャ、バシャ、バシャ──汚水が激しく跳ね上がり、薄暗い通路に水飛沫の白い軌跡が散った。 最初の一匹が右の爪を振り上げ、エレンの首筋を狙って薙ぎ払う。 その軌道を、剣が真横から弾いた。金属と骨が弾き合う甲高い音。腕ごと外へ流されたグールが体勢を崩し、その喉元を、エレンの剣はすでに通り抜けていた。 首が落ちると、水面が赤く染まった。 しかし、それでもなお二匹目は止まらない。 首を落とした直後の、エレンの無防備な左肩へ──牙が迫る。 エレンは剣を引く動作すら省いた。 軸足を一瞬で入れ替え、片脚を真上へ振り上げる。迫り来るグールの顎の真下へ、踵が叩き込まれた。 骨が砕ける鈍い音が、水路の石壁に反響する。 グールは声も上げられずに四肢を投げ出し、無様にも汚水の中へ沈んだ。 エレンが、足元に倒れたグールを一瞥し、一歩を踏み出す。 その足が、倒れ伏したグールの頭蓋を、ぐしゃ、と踏み潰した。 (……さて、残り三匹だ) 次の瞬間、エレンは駆けた。 水飛沫が遅れて跳ねるほどの速度だった。残るグールの一匹が、引き攣ったような鳴き声を漏らしながら左腕を振り上げ、無意味な抵抗を試みる。 だが、その腕が振り下ろされるよりも早く、銀閃が走った。 甲高い音が響き、グールの左腕が宙を舞う。血飛沫が上がる間もなく、エレンの剣は流れるように次の標的へ向かっていた。 一閃。 続く一匹の胴体が、袈裟斬りにされてずるりと水面へ崩れ落ちる。最後の一匹が濁った悲鳴を上げようとした瞬間、エレンは手首を返し、剣を下から振り抜いた。 刃はグールの顎を正確に捉え、そのまま頭蓋を断ち割る。 「ふう……。よし、汚れ一つ付いていないな」 エレンは自身の四肢を、そして纏った衣服の隅々までを鋭い視線でなぞった。激しい立ち回りの後だというのに、その指先一つ、裾の一箇所にすら、グールの汚濁に満ちた返り血は付着していない。 エレナの清浄な肉体を守り抜くことは、彼にとって勝利よりも優先される絶対の命題だった。 『……さすがエレンだね。本当に一滴も汚れてない。あっ、でも──!』 意識の奥でエレナが声を上げた。 視線の先、片腕を断たれ、汚水に伏していたはずの一匹が、残された腕で傷口を押さえながら必死に水路を駆け出していた。逃走を図るその背中を、エレンは見向きもしない。 ただ、無造作に。 歩みを止めることなく、右手の剣をそちらへ放った。 ──ドシュッ。 肉を断ち、骨を砕く重い音が反響する。短い断末魔すら上げる間もなく、投げられた刃はグールの喉元を正確に貫き、その身体を冷たい石壁へと縫い止めた。 「これで終わりだ。さて、本命を探すとしよう」 エレンは絶命したグールの死骸へと歩み寄ると、その背を無造作に踏みつけ、壁から剣を引き抜いた。 一閃。 鋭く振られた刃から赤黒い血が飛び散り、銀の輝きが戻る。 カチリ、と静かな音を立てて剣を鞘に収めると、エレンは迷いのない足取りで水路の奥へと歩き出した。 「それにしても、不可解だな。通常個体のグールがこれほど数を揃え、地下水路をねぐらにしているとは」 『うん、それは正直、私も驚いたよ。目撃情報があったのは一匹だけだったのに……まさか六匹もいたなんて』 「ああ。だが、数など瑣末な問題だ。懸念すべきは、奴らがどのような経路でこの閉鎖環境へ辿り着いたか、だ。それを突き止めねば、根本的な解決にはならん」 エレンが淡々と言葉を紡いだ、その時だった。 ──ガァァァアアアアアアアアッッ!! 鼓膜を裂くような、悍ましい咆哮が地下全域を震わせた。 それは獣の叫びというにはあまりに巨大で、怨嗟というにはあまりに重い。水路の壁が、天井が、足元の汚水までもが共鳴し、淀んだ空気が圧力となって押し寄せる。 地下の闇そのものが、巨大な顎を開いて吠えたかのような叫び。 (……来たか。この震え、ただのグールではあり得ん) エレンの瞳から、先ほどまでの作業めいた静けさが消える。 そこに宿ったのは、敵を敵として測る、戦士の光だった。 『い、今の……!』 「ああ。例の『白いグール』の可能性が高いな。行くぞ」 ✦ ━━━━━━━━━━━━━━ ✦ 地下水路のさらに奥、澱んだ闇が凝縮されたような場所で、ソレは待っていた。 水路の突き当たり、何一つ存在しないはずの石壁を、一匹の怪異が凝視している。 微動だにせず、ただ無機質な壁を見つめ続けるその後ろ姿には、生物としての意思が欠落したような不気味さが漂っていた。 (何をしている……? 壁の向こうに何かあるわけではなさそうだが) エレンは呼吸を乱さぬまま、その異様な光景を視界に収めた。 一歩、水面を蹴る音が静寂を破る。その僅かな波紋に反応するように、白い影が緩慢な動作でこちらを振り返った。 剥き出しになった瞳は、焦点の合わない不気味な白濁に染まっている。 全身を覆うのは、病的なまでに白い皮膚。だが、その下で脈動する筋肉は異常な発達を遂げ、まるで膨れ上がった鋼のように逞しい。 浮き出た血管が全身を網目状に走り、そこを流れる血液の鼓動すら聞こえてきそうなほど、その肉体は生命の限界を超えて変貌していた。 『お、大きい……! 通常のグールの三倍はありそうだよ!?』 「……ああ。だが、様子がどうもおかしい。変異種という言葉では、説明がつかん」 エレンは眼前の怪異を静かに分析する。 自然界の摂理に従って生まれた色違いや特異個体とは、根本的な成り立ちが異なっている。 それは、生物として自然に変じたものではない。 どこかに、誰かの意思が混じっている。そう思わせるほど、歪に整いすぎていた。 (ただの突然変異ではないな。この禍々しさ……) エレンは腰の剣に手をかけ、一歩、また一歩とその間合いを詰めていく。 眼前の白い巨躯が、その喉の奥で、再び重低音の咆哮を燻らせ始めた。────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ







