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#4:戦う者と祈る者

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-05-19 20:10:44

夜の闇に完全に順応した深紅の瞳が、眼前の異形を冷徹に捉える。

右手に長剣、左手に逆手の短剣。

二刀の構えは、流れる水のように静かで、かつ激流の予兆を孕んでいる。

立ち塞がるのは、先ほどまでの雑魚とは一線を画す、異質な瘴気の塊。

腐肉と異常発達した筋繊維が醜悪に重なり合い、皮膚の亀裂からはタールのような紫黒の体液が滴り落ちている。

石畳に落ちた雫がジュッ、と焼ける音を立て、鼻腔を焦がす悪臭が濃度を増した。

「……来るがいい。その首、私が貰い受ける」

挑発に応えるように、魔物が喉の奥で汚泥を煮詰めたような唸り声を上げ、巨大な爪を振り下ろした。

ヒュンッ!!

風を裂き、死の刃と化した爪が迫る。

エレンは最小限の体捌きで身を捻り、紙一重でそれを躱した。

直後、爪が石壁を豆腐のように砕き、礫が散弾となって飛び散る。鋭利な破片がエレンの頬を掠め、一筋の紅い線を刻んだ。

(……硬いな。だが、生物である以上、弱点は存在する)

(まずは視界を奪う)

着地と同時に踏み込み、全体重を乗せた刺突を放つ。

長剣の切っ先が、白濁した巨大な右目へと吸い込まれた。

──ブチリッ。

果実を押し潰すような不快な感触が、柄を通して掌に伝わる。

『ギョエェェェェェェェッ!!!』

魔物が絶叫した。湿った下水道の空気を震わせる音波が、鼓膜を内側から殴りつける。

苦痛に狂い、横薙ぎの暴風が襲う。

エレンは大きく跳躍し、空中で身を翻す。右目に突き刺したままの剣を強く握り、力任せに引き抜いた。

ブシャリ、と紫色の汚血が噴水のように散り、鉄錆と腐敗の混じった匂いが喉にへばりつく。

(……さて、次だ。もう一方も潰す)

左手の短剣を順手に持ち替え、残された左目へと、落下エネルギーを乗せた渾身の一撃を叩き込む。

刃が眼窩の奥深くへ沈み込み、グジュリとした、抵抗のあと、脳を抉る重い手応えがあった。

両目を失った巨体が、狂乱のままに暴れ回る。

丸太のような腕が壁を砕き、天井を削り、濁った汚水を激しく巻き上げる。

(……ふむ。脳の一部を破壊されても活動を止めないか。とんだ化け物だ)

動きは無秩序だが、その膂力と異常な肉体強度は依然として脅威だ。

暴れる巨体の隙を縫い、背後へ滑り込む。

剣を高く振りかぶり、脊椎を断つべく振り下ろした。

──ガギィッ!

刃が皮膚を裂いた直後、硬質な抵抗に阻まれて止まる。

まるで鋼鉄のワイヤーが埋め込まれているかのような、生物離れした手応え。

即座に剣を引き抜き、喉元へ刃を返すが、そこも分厚い骨のような組織が防壁となって弾き返される。

(エレン……もう、いいよ)

悲痛な響きを帯びたエレナの声が、意識の奥底から響いた。

(魔物といっても、これ以上苦しませるのは……見ていて辛い)

エレンはハッとして、剣を止めた。

……気づかぬうちに、彼はこの殺し合いを楽しんでいたのだ。

強敵をねじ伏せる戦士としての本能が昂り、剣を振るうこと自体に快楽を覚えていた。

だが、彼女は違う。

彼女の魂は誰よりも優しく、本来、血を見るには清らかすぎる。

(……すまない、エレナ。君の言う通りだ)

エレンは深く息を吐き、構えを解くことなく意識を内側へ向けた。

(終わらせよう。──君の力を、貸してくれるか?)

(……うん!)

二つの意識が、境界を溶かして重なり合う。

次の瞬間。

血と汚泥にまみれていた二振りの剣が、ふわりと黄金色の光に包まれた。

夜明けの太陽のように温かく、しかし一切の穢れを許さぬ清冽な輝き。

その光は下水道の闇と瘴気を押し返し、エレンの周囲だけを聖域のように浄化していく。

神の遺した属性──【聖】。

慈悲と奇跡の残照……最も謎に満ちた属性。

(やはり、エレナの力は素晴らしいな)

剣が、羽毛のように軽くなる。

エレンは両手で長剣の柄を握り直し、静かに息を吸い込んだ。

暴れる巨体が放つ死の気配など、もはやそよ風ほどにも感じない。

鈍り始めた巨体の首筋へ、迷いなく。

慈悲の一太刀を振り下ろした。

──ヒュン。

鋭い風切り音の後、カァン、と澄み渡るような音が響いた。

聖なる光を帯びた刃は、さきほどまで鋼鉄のようだった強靭な組織をバターのように断ち切り、醜悪な首を宙へと跳ね上げた。

胴体は糸の切れた人形のように崩れ落ち、泥水に沈む。

二度と動くことはない。完全なる沈黙。

それは──剣を振るう私と、祈りを捧げる彼女。

殺戮と救済。

相反するはずの互いの魂を重ね合わせて初めて放てる、至高の一閃。

(……終わったぞ。大丈夫か、エレナ?)

(……うん、平気。でも、やっぱり……命が消える瞬間は、胸が痛むね……)

震えるエレナの心の声。

(……すまない、無理をさせたな。すぐに代わろう)

(うん、お願い……)

エレンは剣の血を払い、鞘に納めると、静かに意識を沈めた。

主導権を、あるべき持ち主へと返すために。

ふわり、と水面へ浮上するようにエレナへと意識が戻る。

視界の色が変わり、金色の髪がさらりと肩にかかる。

深く息を吸い込むと、自分という輪郭が戻ってくるのを感じた。

「……っ、うぐッ!」

瞬間、鼻腔を強烈に突き刺す腐臭と血の匂いに、エレナは思わず口元を押さえた。

胃の腑がひっくり返るような悪臭。

エレンの時には「戦場の匂い」として処理されていた情報が、エレナの感覚に戻った途端、暴力的な不快感となって襲ってくる。

(大丈夫か? やはり、この惨状は君には毒だ)

「な、なんとか……。でも、やっぱりこれだけは……慣れないね」

涙目になりながら呼吸を整え、エレナは泥水の中に倒れた亡骸の前に、静かに膝をついた。

服が汚れることも、床がぬかるんでいることも構わない。

ただ、この悲しい怪物を、独りで逝かせるわけにはいかないから。

エレナは両手を胸の前で組み、静かに天を仰ぐ。

心の底から、祈りを紡ぐ。

「──彷徨える魂よ。その苦しみが終わり、安らかなる眠りにつかんことを」

「たとえ姿を変えられ、人を襲う魔物と成り果てたとしても……その源に、どうか神の導きがありますように」

掌から、蛍のような金色の光の粒子が溢れ出し、巨大な亡骸を優しく包み込んでいく。

腐臭と湿気が支配する冷たい下水道の中で、その光だけが温かな陽だまりのように揺らめいた。

シュゥゥ……と、魔物の身体から黒い霧が抜け、光に溶けていく。

まるで、長い悪夢から覚めた子供が、ようやく安心したかのように。

やがて光は静かに天へと昇り、天井の闇へと吸い込まれて消えた。

〜*〜*〜*〜

エレナは周囲に転がる他のグールたちの亡骸ひとつひとつにも、同じように祈りを捧げて回った。

鉄錆のような血の臭いが染み付いた空間で、祈りの光だけが確かな清浄をもたらしている。

剣で命を断ち、祈りで魂を救う。

それが──剣を振るうエレンと、祈り続けるエレナ。

ひとつの身体に宿るふたりが選んだ、唯一の生き方soulLink

「……行こう、エレン。報告に戻らなきゃ」

エレナは立ち上がり、汚れを振り払うと出口へ向けて歩き出した。

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