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第2話 グールの捜索

ผู้เขียน: 渡瀬藍兵
last update ปรับปรุงล่าสุด: 2025-05-19 20:06:18

夜。

音という音が潜んだ街を、ただ静かに、月光だけが満たしていた。

建物の落とす影は漆黒の帯となって長く伸び、家々の窓から灯りが消え失せた路地裏には、もはや人の気配はおろか、野良猫一匹の息遣いすら感じられない。

まるで世界から色が失われたような、そんな静寂。

私はそっと目を閉じ、意識の深淵にいるもう一人の自分へと呼びかける。

(エレン……いつも通り、お願い。この街を、そこに生きる人々を守って)

(ああ――君は安心して休んでいてくれ)

彼の力強く、そしてどこまでも優しい声が応じる。それを合図に、ふわりと意識が心地よい微睡みへと沈んでいく。

自分の身体であるはずなのに、その感覚が次第に内側へと遠のいていく不思議な浮遊感。

その代わりに――静かで、鋼のように研ぎ澄まされ、それでいてどこまでも凛とした気配が、この器を満たしていくのを感じた。

私の金色の髪は、まるで月光を吸い込んだかのようにその色を急速に変えていく。

やがて、月の光を浴びて白銀にきらめく長い髪へと。そして、閉じていた瞼が再び開かれる時、その瞳には、血の色を淡く滲ませたような深紅の光が宿っていた。

ひとつ、深く息を吸い込み、そして吐き出す。もう、この身体は“彼”のものだ。

視点:エレン

夜風がぴたりと凪ぐ。

肌を撫でる空気が、まるで研ぎ澄まされた刃のように切り替わる。

そんな明確な感覚とともに、私は、エレナが閉じたのとは異なる意思を持って、目を開けた。

覚醒した意識は水鏡のようにクリアで、周囲のあらゆる情報を正確に捉え始める。

白銀に変わった長い髪を慣れた手つきでうなじのあたりで一つに束ね、外套のフードを深く、表情が窺えぬほどに被る。

腰に差した愛剣の柄に一度だけそっと触れ、

「……捜索を開始する」

静かに呟いた声は、夜の冷たい大気に触れると同時に吸い込まれ、誰の耳にも届くことなく消えていった。

まずは、夜警に回っている騎士団の巡回ルートを避け、

人通りの完全に途絶えた裏道を選んで進む。

特殊な歩法により、私の足音は硬い石畳にほとんど響かず、濃い影から影へと音もなく滑るように紛れていく。

闇に溶け込むことは、私にとって呼吸をするのと同じくらい自然なことだった。

(……やはり、隠れてる可能性があるのは下水道か。)

(うん。騎士団の人たち、表通りばっかり念入りに見回ってたもんね……。あっちのほうは、全然気にしてないみたいだった)

エレナの少し心配そうな声が、意識の奥で囁く。

(フン……私の言った通り、あの者たちは己の体面と鎧の輝きばかりを気にして、泥と臭気を避けたがる。実務よりも形式を重んじる騎士団の悪癖だな)

私は心中で短く応じると、一切の迷いを見せることなく、街の暗部へと続く地下への入り口へと足を向けた。

重い鉄格子の扉は、わずかな力を加えるだけで軋みもせずに開く。

***

ぽた、ぽたん、と水滴が壁面を伝い落ちる音が、湿った石壁に鈍く、そして不気味に反響している。鼻腔を刺すのは、吐き気を催すほどの腐臭。

汚泥と、錆びた鉄と、そしておそらくは腐敗した何かの有機物が混ざり合った、重く澱んだ空気。

これが下水道の常だ。

この閉鎖された地下空間は、いつだって人間の五感を鈍らせ、方向感覚を狂わせる。

だが私にとっては、幾度となく足を踏み入れた、もう慣れた場所の一つに過ぎなかった。闇も、悪臭も、私の感覚を阻害する要因にはならない。

(うぅ……やっぱりここの臭い、ちょっとキツいそう……。エレンは、大丈夫……?)

エレナが、少し顔をしかめているような気配で尋ねてくる。

(……問題ない。)

エレナと意識の片隅で言葉を交わしながらも、私の集中力は寸分も途切れることはない。

神経を研ぎ澄まし、一歩、また一歩と、闇のさらに奥深くへと慎重に進んでいく。

グールは、本来単独で行動することが多いはず。

しかし、昼間の男の話では「痕跡が少ない」と言っていた。それは、通常のグールとは異なる行動パターンを持つ個体がいる可能性を示唆していた。

その時――

ぴちゃり、と粘性の高い液体が床石を打つような、ぬめった水を引きずるような微かな音が、前方の暗闇から聞こえてきた。

それは、ただの水音ではない。もっと粘り気があり、重量感のある……そうだ、肉と皮が不快に擦れ合うような、生理的な嫌悪感を催させる音。

(……何かいる。それも、複数だ)

音から伝わってくる気配の“重さ”が、明らかに違う。

この下水道に棲みついているただの害獣や、小型の魔物とは、その存在感が根本から異なっている。

私は即座に腰を落とし、全身のバネを使って跳躍し、音の発生源と思われる方角へ疾風の如く踏み込んだ――

が、その瞬間。私の鋭敏な聴覚が、すぐ近くで別の音を捉えた。

「きゃあああっ!!」

――甲高い、少女の悲鳴。

それは、恐怖に引きつり、助けを求める紛れもない叫びだった。

思考よりも早く、本能が反応する。即座に方向を変え、気配を正確に読み取り、悲鳴が上がった場所へと一切の迷いなく跳び込む。

闇に濡れた、わずかな月明かりも届かぬ閉鎖空間。

そこにいたのは、恐怖に腰を抜かし、へたり込んで震える細身の少女と、その少女に覆いかぶさらんとする一体のグール。

醜く腫れ上がった灰色の皮膚、白濁し光を失った目。

腐敗がかなり進んだ腕を、まるで熟した果実をもぎ取るかのように、ゆっくりと、しかし確実に振り上げていた。その爪先からは、毒々しい瘴気が立ち昇っているのが見えた。

(……なるほど。瘴気に当てられ、意識が朦朧としたところを引きずり込まれたな)

グール。

大地に染み込んだ淀んだ魔素や、生物の腐肉を喰らい、己の内に溜め込んだ瘴気によって進化と変異を繰り返す、忌まわしきアンデッド系の魔物。強烈な腐敗臭と瘴気で獲物となる人間の意識を鈍らせ、抵抗力を奪い、そして自らが縄張りとする暗がりへと引きずり込んで喰らう。

性質の悪いことに、一度“気に入った獲物の気配”を覚えれば、何日でも――必要とあらば地の果てまでも――執念深く、その獲物を追い続けるという。

もはや、考えるまでもない。一瞬の逡巡すら、許されない。

私は床を強く蹴り、少女と魔物の間に瞬時に割り込んだ。

腰の剣を抜くよりも速く、跳躍の勢いをそのまま乗せ、鋭角的な斬撃を横薙ぎに振り抜く。

空気が悲鳴を上げたかのような、鋭い風切り音。

――ズ、シュッ。

湿った肉を断ち切る生々しい感触が、剣の柄を通じて私の両手に伝わる。

濁った紫色の血飛沫が闇に舞い、グールの太い首が、まるで熟れすぎた果実のように力なく床へとごとりと落ちた。

胴体は数瞬遅れて、重い音を立てて崩れ落ちる。

私は息ひとつ乱すことなく剣を振り、付着した汚血を払い落としてから、背後の少女に静かに問う。

「……大丈夫か。怪我は?」

「は、はい……! あ、ありがとうございます……! た、助かりました……!」

まだ恐怖から抜け出せないのか、声はか細く震えていた。

それでも、意識ははっきりしているようだった。これなら問題ないだろう。

「お前も、気づいたらここにいたのか? それとも、何か特定の目的があって?」

「……はい。街灯の少ない道を歩いていたら、強烈な臭いがしたら急に目の前が暗くなって……気がついたら、この下水の中にいて、あの魔物が……すぐそこに……」

少女はそこまで言うと、再び恐怖を思い出したのか、ぶるりと身を震わせた。

私は軽く顎を引き、改めて周囲の気配に全神経を集中させる。

この今し方斬り捨てた個体――これは、ただのグールだ。知性も低く、動きも鈍重。私が探している“異質個体”とは、明らかに格が異なる。昼間の情報にあった、「痕跡が少ない」という特徴とも合致しない。

(エレン! 油断しないで! 正面、まだ来るよ! たくさん!)

エレナの切迫した声が、脳内に直接響く。

彼女の感知能力は、時として私の剣技をも上回る鋭さを見せる。

即座に身体を低く沈め、正面の、さらに深い闇へと剣の切っ先を正確に向ける。

闇の奥。依然として、完全な沈黙が支配している。

だがその静寂の中で、ぬちゃり、ぬちゃり、という湿った足音だけが、不気味に数を増していく。

ひとつ、またひとつ、と。

湿った石畳を粘着質な足裏で叩く、ぬるりと重い、聞くだけで不快になるような足音。

そして。

「グルルルゥ……」「グガァァァッ!」

獣じみた低い唸り声。そして、獲物を見つけた捕食者の咆哮。

重苦しい暗闇を力任せに破るように、数体のグールが一斉にその醜悪な姿を現した。その数は、五体……いや、六体か。

先頭の一体が、まるでその巨体で押し潰さんとするかのように、鋭く尖った爪を振りかざし、猛然と突進してくる――

私はその凶悪な爪を、まともに受けず、最小限の動きで流す。

受けた衝撃は腰の鋭いひねりへと変換し、コマのような高速回転を伴いながら、敵の背後へと滑り込むように動く。

「……ッ!」

一瞬の交錯。

銀色の刃が閃き、闇を切り裂く。

回転の遠心力を最大限に利用して振り抜かれた斬撃が、グールの太い右腕を、骨ごと容易く断ち切った。

ぼとり、と重い音を立てて落ちた腕が、汚れた地面を打つ。

生臭い血と、腐った肉片が、濡れた音を立てて石の床に無残に散らばる。

私はそれらを一瞥するも、感情を一切動かすことなく、深く被ったフードの位置をわずかに直しながら、静かに呟いた。

「……これはまた、随分と湧いたものだな。」

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