Se connecterそして。
とうとう、シチューは完成した。 鍋肌の縁が、ことり、と最後の音を立てて静まる。立ち昇る湯気は白く、けれど芯のどこかに金の粒子をにじませて、天井へとゆっくり吸い込まれていった。 「……出来上がりました」 エレナは木べらを置き、両手を前で揃える。鍋の表面はゆるやかに揺れ、その揺れの一つひとつに、柔らかな金色の光が宿っていた。普通のシチューと違う。聖属性の名残が、鍋の中を浅く泳ぐように脈打っている。雰囲気だけで言うなら、レジェンダリー級の一品と紹介されても誰も疑わないだろう。それほどに、輝きは静謐で、そして場違いだった。 「ふ、ふぉぉぉぉ……!! す、すごいですねぇ……っ!」 ミストの視線が、完成したシチューへ吸い寄せられるように落ちていく。両手は胸元で握られ、爪先立ちになりかけている。瞳の奥で光が踊っていた。 「……お母様が教えてくれた、当時のように……できたと思うのですが……」 エレナの声は、語尾にほんの少し迷いを残した。鍋の縁に視線を落とし、木べらの柄を指先でなぞる。 「エ、エレナ様……! 失礼ですが、味見をしてみてもよろしいでしょうか!?」 ミストが半歩、踏み込む。距離感は相変わらずだ。 「そうですね。むしろ、そちらのほうがありがたいかもしれません」 エレナは小さく微笑み、木のスプーンを差し出した。柄を両手で受け取ったミストが、鍋の前にしゃがみ込む。恐る恐る、ほとんど祈るような所作で、スプーンの先を金色の水面に沈めた。 ――抵抗が、ない。 想像していた粘度がそこにはなかった。木のスプーンは、まるで澄んだ湖をすくうかのように、滑らかに鍋の中を泳いでいく。 「おや……?」 ミストの声が、素のトーンに落ちた。 「ど、どうされました?」 「シチューとは、ドロドロ……という言い方は品がないのですが、重みのあるスープですよね? ですがら……いえ、ですから、このシチューは……」 舌が一瞬もつれ、ミストはそのまま言葉を宙に置き去りにする。スプーンを持ち上げると、すくった金色は、しずく一つこぼさず、けれど糸を引かずに、さらりと鍋へ落ちていった。 「どうやら、そちらも聖属性の名残で……シチュー独特のとろみは、無くなってしまうようなのです。スープシチュー……といったところでしょうか」 エレナは小首を傾げ、自分の手のひらをそっと見下ろす。教わった通りに作ったはずの料理が、自分の身体を通り抜けるあいだに、形をひとつ変えていた。 ミストは、覚悟を決めるように一度だけ目を閉じ、それからスプーンを唇へ運んだ。 金色の液体が、舌の上に落ちる。 「ん、ん、んんんんんん……!!!!」 ミストの肩が震えた。声にならない呻きが、喉の奥で渦を巻いている。両手は鍋の縁に置かれたまま、指先がぎゅっと木肌を握り込んでいた。 「あ、あの……ミストさん……?」 エレナの声が、わずかに揺れる。木べらを胸の前で握り直し、ミストの背中をじっと見つめた。料理を口にした人の最初の反応がこれだ。もしかして失敗してしまったのか。そんな疑念が、胸の奥を一瞬だけ冷たくなぞる。 その、次の瞬間―― 「んまぁぁぁぁぁぁ!!!!」 爆発、と呼ぶ以外に表しようのない声量が、夜気を切り裂いた。村の外れまで届きそうな、いっそ清々しいほどの絶叫である。鍋の上で揺れていた湯気が、声の風圧でゆらりと崩れた。 「ひゃう……!!」 エレナは思わず肩を跳ね上げ、半歩後ずさる。胸元に手をあてた指先が、ぎゅっと布を握り込んだ。 ドタドタ、と地面を蹴る足音。 暗がりの向こうから、シイナとグレン、シオンが慌ただしく駆け寄ってくる。シイナは半身を低く構え、すでに右の拳に鉄属性の魔力を巡らせかけていた。 「どうした!? 火傷でもしたか!?」 駆け込みながらの第一声が、それだった。視線は素早く鍋とミストとエレナを順に検める。 「シ、シ、シ、シ、シイナ君!」 ミストはくるりと振り返るなり、ぱちん、と両手を打ち合わせ、即座に動いた。木の椀を手に取り、お玉でひとすくい――金色のスープシチューを、まるで聖杯でも捧げるかのような勢いで椀へ注ぐ。そしてその椀を、両手でずいとシイナの胸元へ突き出した。 「な、なんだよ?!」 「いいから!! 味見を!!」 言葉も交渉も挟ませない。詰め寄る勢いそのものが圧であり、命令であり、ほとんど災害だった。鍋の前で椀を構えるミストは、瞳をかっと見開き、口角を限界まで吊り上げ、ぐいぐいと椀をシイナの方へ押しつけている。 「すげぇ顔してんぞ……。今なら魔物も逃げ出すんじゃねぇか……?」 グレンが一歩あとずさり、引き気味に呟いた。シオンは無言のまま、ミストから視線をそらすように左目の前髪を一度撫でつける。 「わ、わかった……」 シイナは観念したように首を縦に振り、椀を受け取る。指先で空をなぞるような所作。その軌跡に沿って、銀の鉄屑がしゅるりと巻き上がり、見る間にスプーンへと編み上がっていった。鉄属性独特の、淡い金属光沢を帯びた一本である。 恐る恐る、シイナはスプーンを椀に沈めた。 ひと匙、唇へ。 「!!??」 動きが、止まる。 目だけが、見開かれた。視線が椀のなかの金色と、目の前で爪先立ちになっているミストとを、二度、三度と往復する。声は出ない。喉の奥で何かを言いかけて、飲み込み、また言いかけて、結局すべてが眉間の皺と口の端の引きつりに変わった。 「どうです!? どうです!!??」 ミストはもはや跳ねている。 「これは……凄いな! 味に奥行きがあって……普通のシチューとは比べ物にならないくらい、上質な甘みが来る……! さらに、その奥には……野菜の旨味が、層になって押し寄せてくる。一段、また一段。舌の上で味が解けていく速度すら計算されているような――いや、これは計算じゃない、調理そのものの密度が違う。スープの粘度を捨ててなお、これだけの厚みを成立させるとは……」 感想と呼ぶには分析が過ぎる感想が、シイナの口からとめどなく流れ出す。普段の戦闘指揮で見せる思考の速度が、そっくりそのまま味覚の言語化に振り向けられていた。椀を掲げる手は微動だにせず、視線だけが何度もスープへ落ちては、また持ち上げられる。 その横で、グレンが「……お、おい」と呟き、シオンと顔を見合わせた。 ふと、家の前に人の気配が増えていた。 ぞろぞろ、と表現するほかない緩やかな足音が、夜の村道を埋めていく。子を背負った母親、杖をついた老婆、寝間着の上に羽織を引っかけただけの男――先ほどのミストの絶叫を聞きつけて、ただ事ではないと察した者たちが、自然と集まってきたのだ。窓から覗くだけでは収まらず、皆が皆、玄関先まで足を運んでいる。 「み、皆さん! 一度落ち着いてください!」 エレナが両手を軽く挙げ、声を張った。聖女らしい柔らかさのなかに、わずかに焦りが滲む。 「はっ! あ、あまりの美味しさについ、正気を失ってしまっていました……!」 ミストが胸に手を当て、神妙な顔で頭を下げる。直前まで椀を空へ突き上げそうな勢いだった人物とは思えない切り替えだった。 「いつも正気のないような奴の正気を吹っ飛ばすスープ? なんだそれ、とんでもねぇな……」 腕を組んで眺めていたグレンが、半笑いで呟く。 「そこ!! 失礼ですよ!?」 間髪入れず、ミストの拳がグレンの脇腹へ軽く突き入れられた。グレンが「いてっ」と肩をすくめ、口の端を吊り上げる。 「出来たのなら、配膳しましょう。村人の皆さんが、もう首を長くして待っていますよ」 静かな声が、騒がしい一画にすうっと差し込んだ。シオンである。鍋へ視線を流し、それから集まった村人たちの方へ目を向ける。眼差しの動きだけで、場の温度が一段、整った。 「そうですね。皆さんにも用意できるくらいの量を作りましたので――どうぞ、召し上がってください」 エレナがそう告げると、シイナの拳が小さく握られた。 「っし!」 「やったー!!」 ミストの両腕が万歳の形に跳ね上がり、そのまま勢いで一回転しかける。シオンが片手をすっと差し伸べ、襟首を寸前で押さえた。 ✦ ━━━━━━━━━━━━━━ ✦ 村全体が、香りに包まれていた。 家々の煙突からではない。各家の前で、玄関で、井戸端で、村人たちの手のひらの上から、金色の湯気が静かに立ち昇っている。香りは甘く、深く、それでいてどこか澄んでいて、夜気にゆっくりと溶けていった。 幼い子の小さな手にも、両手で椀を支えてようやく、という具合に。働き盛りの若者の節くれだった指にも、しっかりと。それらを見守る老人の、皺の刻まれた手のひらにも、同じ一椀が乗っている。村のすべての灯りが、椀の縁で一度ずつ反射していた。 「これは、伝説級の一品です!! 皆さん! こんなものは、生涯に一度食べられるかどうかですよっ!!」 ミストが片手で椀を高く掲げ、もう片方の手を腰に当てて声を張った。なぜか領主の演説じみた構え方である。胸を張りすぎて、わずかに後ろへ反っていた。 「お、大袈裟ですよ……ミストさん」 エレナが頬に手を添え、控えめに苦笑する。 「いや、断じて、あれは大袈裟なんかじゃないですよ。断じて」 すぐ隣で、シイナが妙に据わった眼差しのまま頷いた。普段の冷静な研究者の口調なのに、瞳の奥にだけ、別種の熱が灯っている。 『よりにも寄って、こいつらがこんなふうになるシチューだと?』 内側で、エレンの声がぽつりと落ちた。皮肉でも嫉妬でもなく、純粋な驚きが滲んでいる。 『エレン、あなたはこの場で食べることができないから……あとで、私が作ってあげるね』 エレナが心の内側で、そっと微笑む。 『ふむ。これは、役得だな』 返ってきたのは、満足げな声。声音だけで、口の端がわずかに上がっているのが分かる。 「それでは!! いただきますっ!!」 ミストが両手で椀を構え、勢いよく頭を下げた。次の瞬間にはもう、彼女はそれは美味しそうにスープを啜り始めている。 その合図を待っていたかのように、村人たちの喉が一斉にごくりと鳴った。 子は、母の膝の上で。母は、子の頭を撫でながら。老人は、孫の小さな両手に椀を支えさせて。若い男は、立ったまま豪快に。それぞれの作法で、それぞれの口に、金色の一匙が運ばれていった。 ――そして。 あちらこちらの家々から、歓喜の声が上がりはじめた。 「うっ……うまい……!」「な、なんだこれは……!」「お母さん、お母さん、これっ!」「あぁ……生きてて、よかった……」 絶叫と呼ぶほかない歓声が、ひとつ、またひとつと積み重なっていく。それは波のように広がり、村のすべての軒先を撫で、夜空へ抜けていった。 歓喜の声は、夜が白々と明けていくその時刻まで――村のどこかで、絶えることがなかった。────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ