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第65話:記憶よりも大切なもの

작가: 渡瀬藍兵
last update 최신 업데이트: 2025-08-23 12:54:37

「……次は、ナヴィス・ノストラだ」

シイナさんが指した、地図の一点。

その地名に、私の心臓が、とくん、と小さく跳ねた。

「ナヴィス・ノストラ……」

ぽつりと呟いた私の声に、ミストさんが「おお〜」と声を上げる。

「さすがシイナ君。確かにそのルートなら、禁足地までの距離も縮まりますね」

ナヴィス・ノストラ。

私も、その名は知っている。歴史の影に、隠れるように存在する――小さな港。

そして、その海の先にあるのは……聖女の地下墓を擁する国。

「エレナ。察しはついていると思うが、ナヴィス・ノストラの先には“へレフィア王国”がある」

「うん……。私のお母様も、そこに眠っているから……」

その一言で、ほんの少しだけ、場の空気が澄んだように静かになる。

大丈夫。悲しいけれど、私はもう、それに縛られないと決めている。お母様は、その命を、祈りと共に国のために捧げたのだから。

その誇りを、私が受け継ぐんだ。

「ああ。道中、近くを通るなら……君もきっと、先代の聖女様のお墓参りに行きたいと思ってな」

シイナさんの不器用だけど、温かい気遣いが、胸にじんわりと染み込んでいく。

「……ありがとう」

私はそっと微笑んで、みんなの顔を見た。

「では、へレフィア王国が次の目的地……そして“隠れ港”は、そこへ向かうための中継地ということですね?」

シオンさんの確認に、シイナさんが頷く。

「ああ。準備ができ次第、出発するぞ」

その言葉で、私たちの新しい旅路が、確かに定まった。

***

メモリスの街を後にして数時間後――私たちは久しぶりに野宿をすることになった。

空が燃えるような茜色から、深海のような藍へと美しく移り変わっていく。一番星が、まるで希望の灯火のように瞬き始めている。

焚き火を巧みに起こすグレンさん。黙々と、しかし見事な手際でキャンプの準備を整えるシイナさん。夜の静寂に包まれた森で薪を集めるシオンさん。今日の食材を吟味し、丁寧に下ごしらえをするミストさん。

そして私は――この小さな、けれど大切な営みを守るため、周囲に四方結界を張り巡らせていた。

「よし……ここで、最後!」

私が最後の一角に祈りを込め、結界が淡い蒼白の光のドームとして完成した――その瞬間だった。

**――誰かに、見つめられている。**

敵意ではない。殺気でもない。ただ、静かで、理知的な、何かの視線。まるで古い書物を読むような、そんな冷静な観察の眼差し。

顔を上げ、結界の向こう側に広がる闇に目を凝らすと――

**――それは、確かにそこにいた。**

闇よりもなお深い夜色に溶け込む、美しい白銀の毛並み。まるで燃える宝石のような、鮮烈な赤い双眸。体躯は人ほどもあるだろうか。けれどその優雅な姿は、紛れもなく『狼』の形をした魔物。

目が合った――と思った瞬間。その魔物は音もなく、まるで夜の闇そのものに溶けるように、ふっと幻のように姿を消した。

「な、なに……?今の魔物は……」

私の動揺した声に、エレンの困惑した響きが重なる。

(ふむ……敵意は全く感じなかったが。随分と変わった個体だったな)

「エレナー!終わったかー?飯にするぞ~!」

遠くから聞こえるグレンさんの陽気な声に、私ははっと現実に引き戻される。

夜風が葉を揺らす音だけが、妙に耳に残っていた。私は一度だけ、あの神秘的な魔物がいた闇を振り返り、そして仲間たちが待つ温かな光の輪へと戻った。

* * *

焚き火が、ぱちぱちと心地よいリズムを刻んでいる。

シオンさんが丁寧に削った木の串に、ミストさんが手際よく川魚を刺し、丁寧に火で炙っていた。魚の脂が滴り、香ばしい匂いが夜気に漂う。

「ふふ、今日は大漁でしたよぉ」

満足げに微笑むミストさん。

「……変な薬剤は使ってないだろうな?」

「うぉ、やめてくれよ!?本当にやめてくれよ!?」

シイナさんとグレンさんが、まるで示し合わせたように、本気のトーンで同時に反応する。

「もう、失礼ですね~。仮に何か使ったとしても……せいぜい、ちょっとお腹を壊すくらいですよ?」

彼女はケロリと、いつもの天真爛漫な笑顔で言った。

しかしその言葉が空気に落ちた瞬間――焚き火を囲んでいた全員の動きが、まるで時が止まったように、ピタリと凍り付いた。

「…………こえーよ!!」

グレンさんが、ツッコミ半分、本気半分で叫びながら、明らかに身を引く。

「心臓に悪いからやめてくれ……」

シイナさんも額に手を当てて、深いため息をついた。

「……あはは」

私は、もう苦笑いを浮かべるしかない。

「ご安心を。今日は、水魔法で川の流れを操って、魚を浅瀬に打ち上げただけですから」

その説明に、全員が心の底からふぅっと、安堵の息を漏らした。

「なんだか、久しぶりの野宿って……いいものですね」

焚き火の揺らめく炎を見つめながら、私がぽつりと呟くと、グレンさんがもう一束の薪を豪快に投げ入れる。パチ……パチッと、オレンジ色の火の粉が夜空に舞い上がった。

「そうだな。ナヴィス・ノストラまでは、まだかなりの距離がある。この先も、あと数回は野宿が続くだろう」

シイナさんの声には、どこか心地よい期待感が滲んでいた。

しばらく、炎の音だけが夜の静寂を彩っていた。そんな中、グレンさんが突然、何かを思い出したような表情を浮かべる。

「そういえばよ、エレンって記憶を無くしてるっていってたよな?」

その言葉が、焚き火の周りにいた全員を、一瞬で静寂に包んだ。

そう、エレンが記憶を失っていることについて、私とエレンが同じ身体に存在している事を知った皆には、その事を教えたんだ。

そして私は、胸の奥がきゅっと締め付けられるのを感じた。

――あの日のことを、鮮明に思い出していた。

*** * ***

『――あの、領主様』

メモリスの応接室で、私は震える声で切り出していた。シイナさんたちとの正式な交渉が終わった後、一人だけ部屋に残って、私は勇気を振り絞って尋ねていたのだ。

『もしも……もしもですが、高名な戦士の記憶など、この街にはありませんでしょうか?』

領主の女性は、理知的な眼鏡の奥で目を瞬かせた。

『高名な戦士、ですか?それは一体……』

『私の知り合いには、エレンという戦士がいるですが……彼は記憶を失ってしまっていて』

私の言葉に、領主は深く考え込むような表情を見せた。

『なるほど……確かに、この街には過去の英雄や戦士たちの記憶も保管されています。調べてみることは可能ですが……』

その時だった。

(………エレナ)

心の奥で、エレンの静かな声が響いた。

(いまはいい)

(え……?)

(私は、記憶がなくても構わない)

エレンの声は、穏やかでありながら、確固たる意志に満ちていた。

(今の私には、君がいる。君を守るという目的がある。それだけで十分だ)

(でも、エレン……あなたの過去を知ることができるかもしれないんだよ?)

(過去がどうであろうと、今の私を形作っているのは、君と過ごした日々だ。君が私を必要としてくれる限り、私は私でいられる)

その言葉に、私の目に涙が浮かんだ。

『あの……すみません』

私は領主に向き直り、深く頭を下げた。

『やはり、お気遣いは不要です。ありがとうございました』

領主は少し戸惑ったような表情を見せたが、優しく微笑んで頷いてくれた。

*** * ***

「……エレナ?」

グレンさんの声で、私は現在に引き戻された。いつの間にか、みんなが心配そうに私を見つめている。

「あ、ごめんなさい。ちょっと、考え事を……」

「メモリスで、何かあったのか?」

シイナさんが、優しい口調で尋ねる。

私は少し躊躇した後、小さく頷いた。

「実は……領主さんに、エレンの記憶について相談してみたの」

「おお、そりゃあいい考えだ!で、どうだったんだ?」

グレンさんが身を乗り出す。

「でも……エレンに断られました」

「『記憶がなくても構わない』って……」

私は炎を見つめながら、続けた。

「『今の私には、君がいる。それだけで十分だ』って、言われて……」

「……なるほどな」

グレンさんが、深く頷く。

「エレンらしいじゃねぇか。過去より今、か」

「でも、少し寂しくもあるんです。エレンがどんな人生を送ってきたのか……知りたいような、でも知るのが怖いような……」

私の複雑な心境を聞いて、ミストさんが優しい笑顔を向けてくれる。

「でも、エレンさんの気持ちも分かりますよ。大切な人がいるなら、過去より今を選びたくなるのは自然なことです」

「……そうですね」

シオンさんも、静かに同意する。

「記憶は確かに大切だが、今を生きることの方が、もっと大切なのかもしれない」

「ありがとう、みんな……」

私は、仲間たちの優しさに包まれながら、炎の向こうで微笑んだ。

記憶がなくても、エレンはエレン。そして私たちには、これから作っていく新しい思い出がある。

それで、十分だった。

* * *

焚き火の優しい温かさに包まれ、私は――ゆっくりと、深い眠気に引き込まれていた。

瞼が鉛のように重くなり、首がカクン……と小さく揺れる。意識が薄れゆく中で、仲間たちの穏やかな話し声が子守唄のように聞こえてくる。

そして、私の意識は――ふわりと雲に包まれるように、温かい魂の内側へと、静かに沈んでいった。

──────

エレンの視点

──────

「……ふむ」

静寂を破る、落ち着いた声と共に、意識の表層に浮上してきたのは――私、エレンだった。

エレナの意識が、安らかな眠りの海に沈んでいるのを感じる。このまま私も眠りに就いても良かったのだが……今夜は、それだけでは心残りがあった。

彼らに、率直な感謝を伝えたかった。ただ、それだけの理由で。

「エレンさん……」

誰よりも先に変化に気づいたのは、やはりシイナだった。その声に反応して、焚き火を囲んでいた全員の視線が、自然と私に集まる。

「皆……エレナを、そして私を、心から受け入れてくれて、ありがとう」

私は立ち上がり、深く、心を込めて一礼した。

「いえ……」

シイナが、月光のように穏やかな笑みで応える。

「まだパーティを組んで日が浅いですが、俺たちみんな、もうエレナのことが本当に大切ですから」

「そうだぜ!エレナはかけがえのない仲間だ!もちろん、お前もな、エレン!」

「そうですね~。お二人とも、とっても大切な存在です」

グレンとミストの、飾り気のない真っ直ぐな言葉。そのひとつひとつが、焚き火の温もりのように、心の奥深くまで沁み渡っていく。

私は、思わず微笑んでしまった。自分でも、頬が自然に緩んでいるのが分かる。

「ふふ……ありがとう」

「エレンさんからも、エレナさんが大切だということが、こちらにもひしひしと伝わってきます」

静かに、シオンがそう言った。

……全くその通りだ。

「ああ。私の命よりも、遥かに大切だ」

「エレンさん、エレナさんには随分甘そうですよね?」

なっ――

シイナの、痛いところを的確に突く一言。

「そ、そんなことは……ない」

そう言い返すと、周りから温かいクスクスという笑い声が漏れた。その笑い声が、なんとも心地よく響く。

(……こんな時間も、悪くないものだな)

私は再び立ち上がる。

「さて、お前たちは先に休んでくれ。私は念のため、周囲を巡回してこよう」

「……あ、ありがとうございます」

シイナが、丁寧に頭を下げた。

「危険は少ないと思いますが、お気をつけて」

「シイナ」

「はい?」

「私にも、敬語は不要だ」

静寂に包まれた夜の中に、その言葉だけが、澄んだ鐘の音のようにはっきりと響いた。

数秒間の沈黙。

彼は、ふっと息を吐いて、どこか安堵したように楽しそうに笑った。

「……分かった。これからは、そうさせてもらうよ、エレンさん」

その言葉に、私は小さく、しかし確かに頷いた。

「ああ。では、行ってこよう」

焚き火の温かな光を背にして、私は夜の深い闇の中へと、足音も立てずに歩き出す。

火の温もりが徐々に遠のき、夜風が頬を優しく撫でていく。

仲間たちの声、笑い声、焚き火の心地よい音――そのすべてが、まるで見えない翼のように、私の背中を確かに押してくれているようだった。

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